カテゴリー:美味しいお店

第48回 石窯ナポリピッツァLUMBERMILL(ランバーミル)新子耕平さん 栄美さんご夫妻

一歩前へ踏み出せたこと。すべてはそこから・・・

この度、五條市住川町の木材団地で石窯ナポリピッツァのお店「LUMBERMILL」を2019年4月13日にオープンされます株式会社 玉木材の新子耕平さん、栄美さんご夫妻にお話を伺ってきました。

日々の筋トレ?と仕事終わりのお酒の美味さは人一倍

―まずは新子さんのご職業の林業についてですが、どういうお仕事をされているんですか?

(新子耕平さん 以下耕平さん)主に山へ行って木を切りそれを市場で売るっていうのが僕たちの仕事です。買ってもらった木はその後、製材所さんや建築業者さん達によって柱や梁など用途に応じて加工され使われます。そして、木を切れば当然、山に木はなくなっていきますので、植林していかないといけません。植林し、それを大きく成長させるために、草を刈ったり枝打ちしたりといった手入れ、そういったことも仕事のひとつです。

―植林してから柱などに使えるようになるまで成長するにはかなりの年月がかかりますよね?

耕平さん)そうです。野菜や米の様に春植えて秋に収穫という訳にはいかない・・・、僕達の場合はスパンがとても長いんですよね。樹齢100年の木を切れば、同じような木が育つには当然100年かかる訳ですからね。

僕が今植えている木々は自分の代では絶対切れないですし、逆に言えば僕らが今切ってる木も50年前100年前に植え、手入れしてくれた人がいたから切って出せるっていうことですからね。ありがたく思っています。

 

―山へは毎日?やはり天候によって左右されますよね?また山へ行かれると1日、作業ですか?

耕平さん)斜面での仕事、そしてチェーンソーなどを扱いますので、足元の悪い中での作業は非常に危険です。ですから、基本的に雨の日は行かないですね。
朝は8時くらいから作業始められる様に現場へ行って、暗くなる前に降りてきます。明るい間での作業ですので、「残業」はないですね。 

―ご主人の仕事を日々支えてらっしゃる奥様、毎日、お弁当を?

(奥様、新子栄美さん 以下栄美さん)
はい、山にはもちろんお店もないですから、朝起きて必ずお弁当だけは作って、あと夏場は特に水分を切らすことのない様にお茶やスポーツドリンクなどたっぷり準備します。やはり、危ない仕事なので、常に心配はしていますね。

 

―何歳頃から現場へ?また当時の思い出などありますか?

耕平さん)山へ行って「仕事の手伝い」をするようになったのは中学生の頃からですね。ま、夏休みになると、連れて行かれた・・・ていう感じですかね、その頃は。
なんせ、しんどかった・・・。車を降りてから30~40分、チェーンソー等の道具20キロ近くを担いで現場まで登ることもありますので、なんてしんどい仕事やろう・・・とは思ってましたね。杉の皮むき(杉皮は屋根下に敷いたりして使われる)とそれを運ぶ作業、これはもうかなりのもんでしたね。夏だと1日4キロくらいは普通に体重が減りますから。担いで降りてはまた登るの繰り返しで、真夏はもうほぼ熱中症ですよ。

―その当時山へ行きたくないとか、またその後辞めたいとか思ったことは?

耕平さん)うーん・・・どこかで、山の仕事なんだし、そんなもんだろうと思う気持ちがあったんでしょうか、辞めたいとは思わなかったですね・・・何故でしょうね・・・。

そうそう、ある時、これを筋トレやと思ったらえぇかなと、しんどいしんどいって思い始めたらほんまにしんどくなるんで、筋トレと思うか、20歳超えてからは、帰ってからのお酒が人一倍美味しく飲めるなっていう風に切り替えていこうと思ってやってましたね。ま、そう言い聞かせてたんでしょうね、自分に(笑)

 

―仕事をする中で、やりがいを感じるときはどんなときですか?

耕平さん)切った木が価格に反映するとやっぱり嬉しいですね。
傷を付けずにうまく切る・・・。200年製とか、過去に390年製の木を切ったことがあるんです。そのときはやっぱり緊張しますし、上手に切れたときは嬉しいし、達成感があります。 木を切る時にはどこに倒してもいいという訳ではなく、必ず倒す方向を決めます。決めないとダメなんです。これがあそこに倒れるから、それに対しどこにいれば安全かを見極め、狙ったスポット向けて倒すんです。斜面での仕事ですし、重心などの把握はもちろんケガだけはしないように気をつけないといけないんです。

 

将来なりたかったものにもうすぐなれる・・・もうなれた・・・?

―家業を継ぐことに対しての迷いや他になりたかった職業があったりとか?

耕平さん)僕は長男で、妹がいるんですけど、好きなことしてえぇよって育ててもらっても結局はそういう訳にはいかんっていうか・・・継がなあかんもんやと思ってましたね。祖父から父へ、そして従業員さん達もいてくれてる・・・。そこで僕はこの仕事したくないのでやりません、じゃ、責任感なさすぎるなと。
小さい頃から父と従業員の方達の姿をずっと見て育ってきましたので。
長男だからという理由はもちろんありますけど、継ぐのが当たり前、そういうもんだと思ってましたし、かといってやらされてるとか、嫌々やってるってことは全くないですね。

―林業をされてきた新子さんがこの度、ピザのお店「ランバーミル」を始めるということですが、どういった経緯から?また店名の意味も教えてください。

耕平さん)木を植えてから30年後、50年後、70年後にならないと価値が出ないって状況が続く中で、材木だけでは正直厳しい、他にも何かやっていかないと・・・何かできないかと考えてきた中のひとつが「きこりが作るナポリのピッツァ」です。
ランバーミルは、ランバー(木材)をミルする(ひく)要するに「製材所」という意味です。

―なぜピザを?

栄美さん)元々夫婦でピッツァが好きっていうのはあったんですけど、「製材所の敷地内にあるピッツェリア」という、木、製材所、ピッツァの組み合わせのめずらしさ、あと窯に入れる薪なども製材所だからすぐに補給できるといったいろんな意味での「融合」みたいな、何かおもしろいお店ができるんじゃないかなと思ったんです。

耕平さん)そう、基本的にはピッツァが好きだから・・・ですけどね。美味しいピッツァを食べたいけどなかなか近くに美味しいお店がない、でも食べたい・・・じゃ、自分達でできないかな・・・、やってみようか・・・ということで。話を聞いた永井製材さんがこの製材所で場所を貸してくれるってことになったんです。

―奥様は飲食関係のお仕事をされてたとか?それでピザを焼かれるということでしょうか?

栄美さん)はい、昔アルバイトをしていた時代からずっと飲食業に携わってまして、カフェでも働いていました。飲食、そして接客を通してお客様と触れ合える空間というのがとても好きなんです。ピッツァは主人が焼いて、私は接客と調理補助です。

―えっ!ご主人が!?
耕平さん)僕が作って焼きます。

―では、ご主人、ピザ作りを習いに?
耕平さん)ええ、そりゃもう、イタリアには毎年・・・笑笑 ていうのは冗談で、イタリアで修行してきた方に教えていただいたりしてます。1年以上前から生地作りの練習を始めて、友達がイタリアから取り寄せた窯で焼くピッツァの移動販売をやってるんです。それで生地を作ってはその友人のところへ持っていって焼いてもらったりしました。

―ピザの生地を?イタリア製の窯で?
耕平さん)僕らがやりたいのは「ピザ」じゃなくて「ピッツァ」なんです。

―「ピッツァ」ですね! すみません笑 ここからはピッツァと・・・笑
耕平さん)ま、僕はイタリア人なので(笑)、必然的にそう発音してしまうだけで・・・笑。宅配ピザのようなアメリカのピザをやりたいわけではなくてナポリのピッツァをやりたいんです。

―ピザではなくピッツァ、そしてお店はピッツェリアですね。

そうですよ~。ま、僕はイタリア人なので意識しなくても必然的にそんな感じですけどね笑

栄美さん)笑笑、結婚してから主人の部屋掃除してたら「イタリア人になる方法」っていう本が出てきて笑 びっくりしました!笑 なんちゅう本見てるねん!って、本気なんや、この人!って笑

耕平さん)昔からイタリアが好きで。サッカーも好きですし、車なんかもイタリアのが好き・・・新婚旅行もイタリア行きましたしね。

栄美さん)その頃はピッツェリアをするとは全然思ってもみなかったですけど。

耕平さん)漠然とイタリアが好きだったんです。イタリア人に憧れてる?なりたい?というか・・・何故でしょうね~

栄美さん)こういう形でイタリア人になれるとはね~笑

一歩前へ踏み出せて本当によかった・・・

ーこれまでどんな準備を進めてこられたんですか?

耕平さん)ピッツァは窯が重要なんです。窯の温度が重要。ナポリピッツァを作るには400℃から500℃くらいの温度が必要なんです。1年くらい前、自分達で窯造りに挑戦したものの結局思い通りのものができず、かといってイタリアから取り寄せる(大体、日本のピッツェリアではイタリア製の窯を輸入して使ってるんです)とかなりの費用がかかる上に、炉床が割れるといった今後必ず起こり得る故障時の修理業者がいないんです。どうしようかと思っていた時、日本でピッツァ専門の窯を造っているというすごい方を紹介してもらえることになって・・・。

―それで窯を造ってもらえることになったんですね。

耕平さん)はい。ただ、注文して完成後納品・・・ではなく、僕は、その窯のレンガを自分自身で組んでみたかったんです。どんな風にできていくのかという工程を見たかったし、あのドーム状になってるところだけもさせてほしいとお願いし、愛知県に泊まり込みで行って教えてもらい作ってきました。 それが今ここにある窯です。僕は本当に運がよかったです。

 

 

 

 

 

栄美さん)私達だけでは到底できなかったことがたくさんありましたけど、いろんな方に助けてもらってお店ができていってるって感じです。窯造りもそう、お店のインテリア関係や、材料の仕入れ先、本当にたくさんの方とのめぐり合わせに感謝しています。

―窯、温度が重要・・・ピッツァは生地が決め手ということですか?ピッツァはチーズっていうイメージもあるんですけど・・・。
耕平さん)はい。生地が命、生地で決まります。材料は小麦粉、水、イースト菌、あと塩。基本的に使ってる材料はそれだけですけど、混ぜ方や配分、種類によって仕上がりは全然違ってきます。好きなものができるかどうか・・・。そこでもうひとつ重要なのがミキサー。これも取寄せると高額。スパイラルミキサーが多いなか、手で練ってるような動きをするダブルアームミキサーを格安で買ってきてばらし全部オーバーホールして組み上げました。 

栄美さん)生地はほんと大事ですから、こだわってます。実は私達が好きでよく食べるのがチーズ無しの、トマトソース、にんにく、オレガノのピッツァなんです。生地の美味しさがとてもよく分かるんです。美味しいですよ、ほんと。うちのお店でもメニューに取り入れます。

―いろんなピッツェリアに食べに行かれたり?

耕平さん)行きます行きます。必ずオープン前に行くか、予約して窯の前の席をとって、それでお店の人とお話ししたり教えてもらったり・・・。気さくにお話ししてくださる方が多くて、いろいろ勉強になりました。

―どんな種類のメニューをお考えですか?

耕平さん)わざわざこの五條に食べにきてもらうんですから、他のピッツェリアとは違う「らしさ」というか、やはり五條産、地元の食材を使ったものにしたいですね。地元には水、小麦粉、豚、ジビエ、野菜や果物・・・すばらしいいろんな食材がありますので食事やお酒のあてとしても楽しんでもらえる様なものを、思考錯誤を繰り返し作ってきました。そしてだいだい完成しました。

 

栄美さん)季節限定メニュー、ドリンクやトッピングで梅や柿、フルーツも取りいれたいと思っています。フルーツはピッツァと相性がいいんですよ。

 

―五條市に、そして製材所にピッツェリアができる・・・とても楽しみです。

耕平さん)ピッツァを食べに来てもらうこと、美味しかったって言ってもらうのが一番ですが、食べてすぐ帰るのではなく、敷地内には倭人の家建築のモデルハウスもありますし、木を見て触れてもらいたい、知ってもらえたらという思いがあります。他にも例えば木工教室を開いたり、家を建てる時やリフォームの参考になるようなこと、木のテーブルや椅子を見てもらう、そして買っていただくこともできる・・・理想ですけど、やりたいなって思ってることはたくさんあります。

※倭人の家建築とは

―五條市についてどんなことを感じてらっしゃいますか?

耕平さん)僕らが小さい頃は隣の橋本市より五條市の方が発展してると思っていたんですが、今は逆転。残念ながら正直どんどん寂れてきてる感じがします。
そういうのも含めて五條市に足を運んでもらえるきっかけになればと色々考えてきた中の第一弾がこのピッツェリアなんです。大きく言えば人の流れも変えたいって思ってます。まだまだ第二弾、三弾、四弾・・・としていきたいです。

栄美さん)おもしろい場所・・・こだわった店とか、流行りを取り入れたり、なんか生き生きしてるのが伝わる・・・そういうお店が五條市にあったらなって常々思ってました。なので、これからお店を始めるにあたって、常に好奇心をもってアンテナをはって、若い子たちやいろんな方にきてもらえるように、そして来てもらったお客さん達からも刺激をうけたいなって思っています。

―今までの道のりを振り返っていかがですか?

耕平さん)お店をやろうと思ってから2年・・・。ずっとこの街で育ってきて材木だけを扱ってきて・・・やっぱり1歩踏み出すのは怖かったんですよね。
最初は怖くて何もできなかったんですけど、人間て前に歩こうと思ったらちょっとでも足を前に出さないと歩けないじゃないですか・・・ちょっと踏み出せばあとは惰性で動きだし歩幅も大きくなる・・・そんな感じで僕も一歩前に踏み出したことによっていろんな人とつながれたし、その後はパズルのピースがうまくはまるように物事がどんどん進んでいったり・・・本当に踏み出してよかったなって今、思っています。

栄美さん)めぐり合わせ、ご縁、つながり・・・、お店づくりが進む中で、つまづいたり、悩んだりしたときもたくさんの方に助けてもらって完成できたこと、本当にありがたいなって思います。

―これからの目標や夢は?

耕平さん)とりあえずは来年もお店があること、ですね。

栄美さん)五條で食べる場所といえば「ランバーミル」ってくらい、ここに来たら美味しいピッツァとおもしろい、楽しいことがあるって思ってもらえるお店にしたいですね。

 

本日はありがとうございました。

 

石窯ナポリピッツァ ランバーミル  

住  所 五條市住川町888-22
電  話 0747-22-1461
営業時間 11:00~18:00(火~木・日)
11:00~21:00(金・土)※
定休日 毎週月曜日・第3日曜日
駐車場
☆テイクアウトOK☆

※しばらくの間18時までの営業となっています。(2019/4/16現在)

 


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

一歩前へ踏み出すこと。

その一歩がものすごく勇気がいることだけど、踏み出さなければ始まらない。
踏み出せば、必ず経験する失敗やつまづき・・・でも踏み出したからこそ
得られる、踏み出した者しか得られないものがある。
そんなことを教えてもらった今回のインタビューでした。

 

 

 

 

 

 

第47回 株式会社 山本本家 山本 隆さん

 

古き良き時代の流れを感じられる・・・そんな歴史のつまった伝統ある酒屋さん

創業300年以上を誇る老舗酒造。
時の流れがここだけ実にゆっくりと流れているような雰囲気の、酒蔵兼酒造所の10代目ご主人にお話しをお伺いしました。

伝統と技術 確かなものを

―ずいぶん歴史があると思いますが、まずはお店の歴史を教えてください。

うちは創業300年を越えておりまして、江戸時代の宝永年間・・、はっきりとはしないのですが、宝永7年の1710年創業と聞いております。

そのころに、奈良県の當麻町の當麻寺近くに、うちの先祖と言いますか、元々のルーツがありまして、そちらの方からこの五條の新町に出てきたのが始まりですね。

なので当時はその當麻町の名前を取って『當麻屋七兵衛』っていう名前でここで商いを始めたんです。

初代の方が當麻屋七兵衛・・?  

そうですね。
それから酒造りを始めまして今日に至るわけですね。

そうなんですね。1710年から創業300年ていうのはすごいですね。

そうですね、まあ、300年経っている蔵はそこそこあるんで、特別自分のところが古いとは思ってないんですけど・・。

ただまあ、江戸時代からずっと商売をしておりまして、今でも商売が出来ているということは有り難い事やと思ってます。

最初、當麻からこちらに来られたとのことですが、それは初代の方がこちらに蔵を作られたということですか?

当時こちらが、江戸時代の中期くらいで、商業的にもここはかなり栄えていた時期で、二見にお城があったそうです。今は城跡で看板が立っているくらいなんですけど。

城下町だったという事ですか?

天領という、幕府の直轄地だったそうです。伊勢街道がここ通っておりまして・・。

本陣のところに石碑がありますよね?

ありますね。

江戸時代っていったら私なんて教科書レベルの歴史なので、そこからっていうのがほんとにすごいなと思います。

今はご主人で何代目ですか?

今の社長が9代目で私がその息子にあたるんですけど、次10代目になる予定ですね。

まあこのあたりで酒蔵を始めたのも、物流が結構よくて、川も流れておりますし、今でこそ小さな町ですけど田んぼも多かったところなんで、米と水が良い所で物流もあると言う事で酒蔵を始めたと思います。

お酒をを造るに適した条件がそろっていたという事ですね。

当時は川の水でしたが、現在は井戸を掘って地下水を使っております。この辺だと金剛山の伏流水の系列になるんじゃないかなと思っています

会社を設立されたのが昭和25年となっていますが・・。

「株式会社」として設立したのが昭和25年なんです。
それ以前にお酒の製造、販売という事で商いを続けておりまして、そこで株式会社になったということですね。

お店の名前の由来は?

ここで300年近く商いと暮らしをしておりますと、親戚ができまして、親戚からは本家と呼ばれますので、『山本本家』とそのまま付けたのではないかと聞いております。

ここで生活も仕事もしていく上で自然についた名前じゃないかなと思います。

この名前は創業300年前から?

當麻から出てきたときは『當麻屋七兵衛』と名乗っておりまして、『七兵衛』を襲名して個人名で商いをしておりました。明治の『七九郎』の代から襲名しなくなったと聞いております。『山本本家』になったのはその後だと思います。

 

従業員の方は何人くらいおられますか?

3名です。

杜氏(とうじ)と呼ばれる方もいらっしゃる?ということですよね?

そうです。

HPを拝見させて頂いたら事業部が分かれていましたが・・・。
酒造部と林業とINET事業部となっていますが?

お酒がメインなんですけど・・・まあ林業の方は、昔はお酒の方でかなり蓄えができたので、副業とういうことで山も買いましょうという事で・・先に酒が始まり林業もする事になったんです。

西吉野の方に少し山林がありますのでそちらの方でちょっと山の仕事もしております。

現在も?

昔から山守と呼んでいる地元の方に、管理を委託しております。
必要な時には山に入って作業をいたします。

主に酒造部メインと言う事ですよね?

そうですね。
後はインターネットの方は今は社長の趣味で・・・。

そうなんですね

はい、パソコンをよく昔からやっておりまして。

今はインターネットのプロバイダーって大手さんがたくさんありますけど、インターネットが始まったころの初歩の方はあんまりサービスがなくて。
だったら自分で立ち上げましょうってとういことで・・・五條のローカルのプロバイダーをやっておりまして。それが今も続いているということですね。

プロバイダー・・・というのは?

大手さんから回線を借りて来て、それで五條でユーザーさんを集めて運営していると言うところですね。だからHPのサーバーは自社にあります。

委託していないと言う事ですね・・それをお父さんがしてらしゃっると言う事ですね?

そうです。
あとは他の会社のHPだったりもうちのサーバーにありますね。

へー!すごいですね!

HPの管理とか、メールサーバーもあってメールの管理もうちでやってますね。それがこのINET事業部なんですね。

楽天でのネット販売もやっておられる・・・?

しております。今はネット販売も主流という中で、去年から楽天も開設いたしまして販売しております。

それはやっぱり全国から注文ありますか?

そうですね。主に関東の方からが多いですね。
比較的柿ワインがよく出ます。

そうなんですね。でもネット販売となるとなかなかお客さまの顔が見えないですが、そう言ったところで特に気を付けていらっしゃる事はありますか?

やっぱりネットだと口に出して言うわけじゃないので、書いたことがそのまま向うに伝わってしまうので。だいたいメールなどの返信の内容は決まっていますが、失礼なところがないかっていうのは気をつけてますね。

そうですね、文面だけではニュアンス違ったりしますからね。

その辺は手直ししたりしますが、直接連絡取ることもありますね。

お客様が直接買いに来られる事もありますか?

ありますね。今はネットで調べて遠方からも買いに来られますね。

先程ネット販売で柿ワインがよくでますと言う事でしたが、「柿ワイン」はどういった経緯で作られたんでしょうか?

だいたい今から・・・平成が始まったくらいですかね・・30年弱くらい前から奈良県の方で”柿の副産物をいろいろ作りましょう”ということで、パートナーを探されていて。
五條は柿がたくさん採れるもんですから、”その柿でお酒を作りませんか?”ということでうちに共同開発をというオファーがありまして。それで3年間研究して商品化したのが始めですね。

それに携わられたののは・・?

県の工業試験場っていうところがありまして・・今は工業技術センターていうところなんですが。そちらの方とうちと共同で研究して柿ワインを造ったと言う事ですね。

どんなお味ですか?

味としましてはどちらかというと、白ワインに近い感じですね。白ワインに近くて、ちょっと酸味と渋味がありますね

やっぱり渋味があるんですね

そうですね。柿の渋味だと思うんですけど、その辺は柿の特徴をうまく使った柿ワインとしての特徴ですね。

ただ柿の果実を食べた時の味とはちょっと違います。だからどっちかっていうと白ワインに近いと言う感じですね。

商品のお話がでましたが、お店の看板商品でもある「松の友」について教えてください。

うちは「松の友」という銘柄でずっとやっておりまして、昔はもっと銘柄もあったんですが、今はメインが「松の友」ですね。

”松”っていうのは年柄年中、緑の葉っぱがつきますよね?
あとは”松竹梅”で言いますと縁起の良い樹木の”松”でもありますし・・。
そういったところから「松の友」っていう名前を付けたと聞いております。

あとは先ほども申しあげましたが、山も少し持っておりますので、そういった関係で山と関係のある”松”と付けたと聞いております。

「松の友」以外にも種類は・・?

あとは、「神代杉」っていう銘柄のお酒を、十津川村にある世界遺産の熊野古道の一部になっている玉置神社っていう神社があるんですが、そちらでも「神代杉」というお酒をお神酒として扱って頂いてます。

そこにも”杉”の樹木が名前として使われていますね。

玉置神社さんにはそのまま「神代杉」っていう名前の御神木がたくさんあるんですけど、樹齢が1000年を超えるような木がありまして。そちらの名前をいただいて「神代杉」ということで、お神酒を納めさせて頂いてます。

ほかにもそういう風に納められている神社もありますか?

頻繁に納めさせて頂いているのは、玉置神社さんが一番なんですけど、年に数回くらいでしたら橿原神宮の御祭りにも出させて頂いておりますし、あとは野原の霊安寺町の御霊神社にもうちのお酒を使って頂いております。あと辯天さんの会合にもお酒を使って頂いております。

そうなんですね。歴史が古いから信頼があってそれだけの繋がりがあるんでしょうね。でも長く続けると言う事は、すごく難しいじゃないですか?

そうですね。

途絶えてしまいがちな歴史ですが、300年という本当に長い期間続けてこられた秘訣といいますか・・?

今はそんなにお酒にしても山林にしても、昔のようにはそんなに景気が良いと言うわけではありませんので、なるべくその時代時代にあったものを作っていって、少しでもお客様に良い商品を届けるように・・・と考えております。

酒の味にしましても、昔は主に奈良県の南部で林業が結構盛んだった時期がありまして。その方達のためにかなり甘いお酒を造っていたそうです。

今は時代としてそんなに甘いお酒ではなくて、どっちかっていうとちょっと辛口のお酒の方が人気ですね。

今、うちの主力商品の「松の友」はやや辛口ですね。だから味もちょっとずつ変わっておりますね。

時代に合わせてと言う事ですね。

なかなか難しいですけどね。

働いている環境とか時代の流れも考えて、ちょっとずつ変えてこられたと言う事ですけども、特に”これだけは守ってきたよ”っていう何か教えというかあれば・・・。

まあ社訓というかそういうのは特にないんですけども。
やっぱり長く続けていく上で、こだわっていいものを作っていきたいっていうのは当たり前の事で、それはうちの方ではよく言っておりまして。
いろんな商品がありますけども、ひとつひとつこだわって良いものを作りたいと思ってやっております。

そうですね。こだわる条件として、お酒造りに欠かせないお水やお米もすごく大事だと思うんですけど、その辺も五條は恵まれていますよね?

そうだと思います。

先程、杉の木のお話が出てきましたが、いっぱい吊ってありますよね?杉玉。表に飾ってないから、ないと思ってましたが中にこんなにたくさんあるんですね!数とか大きさは何か意味があるんですか?

特にないです。
でも、あの明るいちょっと緑色の杉玉・・わかりますか?あれが一番新しい杉玉でいつも毎年11月に桜井の三輪明神様から杉玉を頂くんですけど、他の蔵でしたらだいたい軒先に吊るしているんですが、うちはなんでか入ったところに吊るすような習わしというか・・。

この部屋もいっぱいありますよね。

私が思うに、せっかく三輪さんから頂いた有り難い杉玉なんで、すぐに捨ててしまうのは忍びないと思って、かける所をどんどん増やしていったらこういう風になっていったんじゃないかなと。

杉玉は毎年もらえるんですか?

いつもだいたいお酒のシーズンが11月12月、なので11月の頭くらいに頂きます。三輪明神はお酒の神様なので良いお酒が出来ます様にとお祈りをして頂くんですが、その後にそれぞれの蔵にひとつずつ頂いて・・。しるしの杉玉ということで毎年必ずひとつ頂きます。

じゃあどんどん増えていきますね!

そうなんです!
もうすでにかける所がこれ以上増やせない状態になっておりますんで・・。
実はここの敷居が外れてフォークリフトが家の中を通れるようになっているんですが、これ以上増やすとフォークリフトにひっかかって危ないので・・・だけどこの部屋もこれ以上梁に穴を開けたくないので、まあだいたい20数個くらいはかかってると思うんですけど・・。
「こんなにたくさん杉玉あるところはめずらしい」とよく言って頂けます。

最初は緑色ですが、枯れてきてだんだん茶色になっていきます。
三輪さんの境内にもたくさん杉の木があるんですけども、その杉の葉っぱから作られているらしいです。

だからだいたい新酒ができた頃は緑色で・・新酒が出来る頃は実際は12月頃ですが、新酒が出来るときに青々としてまして、熟成の具合を表しているんだと・・そういうふうに言われることもありますね。

(しんまち通りに)手まりも吊っていましたよね?
それと相まってさらに雰囲気が良い通りになってましたよね。

そうですね。なにか楽しめる事はないか?っていう事で、しんまち通りで「手まり街道」をやってました。夏は風鈴を吊ったりすることもありますね。

 

お酒を造る工程について

私も実家の近くに酒蔵がありまして、冬場はいつも忙しそうだなと思いながら小学生の頃は通学しておりましたが・・

寒い方がお酒は造りやすいので、冬場は適していますね。といいますのは、お酒を造る上で温度管理が大切なところでございまして。温める方は楽なんすけれども、冷やすのはなかなか難しいです。

お酒って造る上でだんだんと熱を持って温度が上がってくるので、暑い時期にお酒を造ってしまうとお酒の温度が上がりすぎてしまって、美味しくないお酒になってしまうんです。

作る工程で味が決まってしまうと言う事ですか?

そうですね。
ご存知のとおり、お酒はお米を蒸してそれにお米を糖分に変える麹というものを付けまして、それからその糖分をアルコールに変える酵母という菌を付けまして、それでお酒が出来ていくわけなんですけども・・。

麹も今すごくブームですよね?

そうですね。いろんな麹がありますね。
最近は塩麹とか甘酒も結構でておりますし、やっぱり化学薬品とかではなくて天然の微生物で甘味を作ったり、人の体に役に立つものを作っていく、ということで今すごく注目されているんだと思います。

塩麹も時々買いますけど、お肉に塗るだけで焼いても柔らかくなったりしますよね。
余談ですが「こうじ」って二つの漢字ありますよね?
米(編)に花と書いて「糀」の漢字もありますが、麹を作る段階で花が咲いているように見えるから、米(編)に花って書く糀があると聞きましたが・・・

ああそうですね。元々のお米に麹がだんだん増えていきまして、増えていく段階で米の表面に麹菌がついて「もさっ」とした感じになるんですよ。それが麹の花が咲くといったりします。
だいたい酒造りは米のついた「糀」を使う事が多いんですけどね。

杜氏さんの手や肌がきれいなのは麹が関係しているからだと聞いた事がありますが?

あれは麹を触っていると、麹って手に付いたら結構さらさらした感じになるんですけど、そのあと水で手を洗うと”ぬるっ”とした美容液とか乳液とかを付けたような感じになるんです。

それは麹の持っている力・・?

そうですね、麹は色んな酵素を持っているので、実際甘酒が出来るのも麹菌がでんぷんを分解して糖にするっていう働きもありますし、麹菌が持っている酵素の働きでどんどん甘くなっていくらしいんです。
だいたい麹菌自体は、40℃超えると動けなくなるんですけど、実際甘酒を作るときは60℃近くまで上げるんでその場合は酵素の働きで60℃まで上げていいと聞いてますね。

なんか微生物とか酵素とか聞くとすごく美容にも良い感じしますが・・
ついつい選ぶときも「米ぬか」とか「麹・・」っていう『酒』というワードが入っている商品は絶対買いますね!

実際に体に良い成分ですし・・。
ただまぁね、杜氏さんの手が綺麗なのは雑用していないからだと思いますね・・笑

冬場に盛んに造られるという事ですが、年間のスケジュールを教えて頂けたら・・

だいたい秋の・・10月くらいまでにまず米が入って来ます。

それは新米ですか?

そうです。その春に作付をして秋に収穫したお米・・・一般の食べるお米ではなくてお酒専用のお米があるんですけれども、それを精米してそれが蔵にやって来ます。それがだいたい10月11月くらいですね。

そこから酒造りが始まるわけなんですけども、蔵によって色々ありますけど、だいたい10月、11月から3月、4月くらいまでが酒造りのシーズンです。

そうなんですね。

結構今は長く造られているところもあります。蔵によっては4月までのところもありますね。やっぱり寒い時期のほうが造りやすいのでメインになるのは12月、1月、2月位ですね。

だいたい、ひとつのお酒を造るのにひと月くらいかかるんですよ。ですので、酒造りのシーズンでたくさん造りますので、11月くらいから始めて同じ様な工程をそのシーズンで何回も繰り返す事になります。

入ってきたお米でそのシーズンのお酒を造るんでしょうか?

お米が入ってきてお米を蒸します。蒸したら麹米と掛米というものを蒸すんですけど、それは元々同じ物なんです。蒸したお米に麹を付けて、麹を繁殖させて麹の花が咲いたものが糀ですね。

麹米を作りまして仕込むタンクですが・・・昔は木の桶でしたが、今はだいたいホーローの大きいタンクになるんですけども、そちらの方にまず、仕込みの水を入れまして、先ほどの麹の花が咲いたものを入れまして、掛米と言って麹を付けない米ですね、それを入れて、温度の管理をすると酒になっていくんです。

 

2種類のお米を入れると言う事ですね?

そうですね。

じゃあ、何で種類を変えたりするんでしょうか?
アルコール度数とか・・・。

おおまかに言うと米だけで造ったお酒と、その米だけで造ったお酒に、後から調整のためにアルコールをいれた純米じゃないお酒の二つに分かれるんです。

あと純米の細かい話を致しますと、お米の種類によって変わって来ます。最初入ってきたお米は精米してと言いましたが、そのお米がどれだけ削られてるかっていう事によって変わって来ます。

お酒って冷たいまま飲むお酒と、燗で温かくして飲むお酒があると思うんですけど、燗で飲むお酒の場合はだいたい、元々とれたお米の形が100だとすると3割くらいを削ったお米で作る事が多いです。
それはただの純米酒として出てきますけれども、それをもう4割くらいに削ると、純米の「吟醸」だったりになります。
4割削るとなると結構お金のかかる事ですので、特別な純米と言う事で「特別純米」ていう名前を付けたりしますね。

さらにお米を5割だったりもっと削って6割削ったり・・ほとんど半分以上捨ててしまうと言う状態になりますと「大吟醸」になってきます。

たくさん削る方がいいお酒に・・?

そうですね。
お米っていうのは、もともとこういうラグビーボールのような形をしてますが、中心の方が純粋というか、お米が詰まっておりまして、真ん中の方が澄んだ味のお酒が出来るんですよ。

外側の方を使いますと、まあ雑味というか、いろんな味が混ざると言うふうに考えてもらうと分かりやすいんですけども。真ん中の中心部を使えば使うほど澄んだ良いお酒ができると言われております。

じゃあお米の削り方で種類も変わってくるということですね。

そうですね。
削れば削るほど高いお酒になるっていう・・・。

手間掛かる分だけっていう事ですね。

では1日のスケジュールはどんな感じでしょうか?

だいたいお米を蒸す場合は、朝起きてすぐに蒸します。9時くらいからとかですね。その蒸しあがった後は、お米をまず冷やしまして、だいたいお昼くらいまでに冷やして、昼から麹室っていう麹を作る為のあったかい部屋があるんですけどそちらの方に米を入れて作業します。

後はその麹とかが出来上がって、次の仕込みという作業でタンクに原料を入れるのは午後にすることが多いですね。

なんか朝が早いイメージだったんですが。

それは蔵によっていろいろあるんですが、早い所だと朝の4時とか5時くらいから・・たくさん造るところだとやっぱり昼までに終わらないので朝は早いですね。

あとは麹が出来て来ますと、麹の状態を常に見ながら麹を増やして行かないといけないので、場合によっては寝ずの番をすることもありますね。2時間とか3時間おきに麹の状態をみながら、ちゃんと麹が増えているかどうか確認して、それでまたちょっと仮眠して又起きるっていうこともありますね。そういう場合は3時間4時間おきくらいに麹の状態を見て、それが朝の6時くらいまで続いたりとかします・・。

新生児と一緒ですね!

そうですね!笑
やっぱりちゃんと見てあげないといけないもんで、・・と言いますのも
麹も増えるのに適した温度・・それも温度管理なんですけども麹を増やすのに使う部屋が「麹室(こうじむろ)」っていったり「室(むろ)」っていったりするんですけど、麹も増えてる時にだんだん温度が上がってくるんで、温度が上がりすぎると逆にその麹がダメになってしまうんですよ。

だからギリギリ高い所まで温度が上がるようにして、そこを越えたらゆっくりと冷やすという・・原料を入れた後もそうですし麹を増やす段階でも温度管理が非常に繊細な作業になりますね。

適している温度は何度くらいですか?

場合によっていろいろ違いますね。

その温度管理についてですが、サッカーの元日本代表の中田英寿さんも日本酒の会社を設立されていて、マイナス5℃の低温で管理ができる”世界初の日本酒セラー”を開発されたということですが、家での温度管理も大切でしょうか?

そうですね。
出来上がった後でもやっぱり温度管理は大切ですね。
マイナス5℃と言いますのは、だいたい冷凍が出来るくらいの温度なんですね。お酒の品質が変わらずに一定の品質でずっと置いておけるので、マイナス5℃が良いと言われていますね。

だいたいそのお酒が出来まして、たとえば大吟醸とかのすごく高いお酒だったりすると、絞ってからすぐにビンに入る訳ではなくて、いったん大きいガラスの「とびん」と言われるビンに入れまして、しばらく低温で・・・それこそさっきの中田さんの話みたいに、マイナス5℃やったり、氷点下の温度だったりするくらいの低い温度でしばらく寝かせて置くと・・・そういった造り方をするお酒もあります。

温度を下げるっていうのは、お酒の品質を保ったまま保管するために重要なことで、逆に低ければ良いというわけでもなく・・難しいといいますか、すごく繊細なところなんですけども・・。

それと普通その酒を絞ったばかりを新酒と言うのですが、日本では新酒が人気があってよく出るんですけど。新酒が出来てその後、新酒ではない・・と言うとちょっと語弊がありますけれども、古酒と言って漢字にしますと古いお酒って書くのでイメージが悪いっていえば悪いんですが・・。

逆にいうと、今熟成肉とかあるじゃないですか?

ワインとかも熟成ワインっていいますよね?

日本酒でもある程度熟成したほうが美味しくなるお酒がございまして。
どんなお酒でもそうなんですけど、新しいときは新しい時の美味しさがあって、熟成するとまた味が熟成されてきて、一般的に味が丸くなってきて・・。

深みがでたり・・。

そうですね、コクが出たりしておいしくなるっていうのはありますね。

結局は温度管理なんですけれども、温度管理をしていかに美味しい状態でお客さんに飲んで頂くか、っていうところを気をつけているような業界ですね。

鮮度を重視するお酒と、熟成させてっていうお酒もあるよっていう事ですね。

そうですね。うちではしてませんが逆に加熱させて熟成させて出すような蔵もありますね。

中田英寿さんも日本酒のイベントを開催されてますが、そういった日本酒のイベントへの参加は?

地元でイベントがあるときに、たまに出させていただいておりますし、イベントによって行ったり行かなかったりはあるんですけど・・。
年に1回、10月1日に「日本酒で乾杯」っていうイベントが奈良市の近鉄奈良駅前であるんですけど、それは必ず出ておりますね。
一般にどれだけ認知されているかわからないですが、10月1日に”日本酒で乾杯しましょう”っていうのを業界で謳っていてPRしているんです。
そのときは近鉄奈良駅前でハッピ着て、みなさんにお酒を配ってますね。

出店数も多いですか?

県の酒蔵は29件あるんですけども、だいたいほとんどの蔵はいらっしゃいますね。

先程、日本酒の種類をたくさん教えていただいたんですが、私は全く飲めなくて・・・。味は種類によって違いますか?

かなり違います。

違うんですか?

高いお酒は香りが良いお酒が多いですね。お米をたくさん削ってその芯の部分だけを使っている方が、独特の果実に例えられる事が多いんですが、メロンであったり、桃であったりっていうふうに例えられることが多いですね。

じゃあ甘さが強いという事ですか?

甘味はお酒によって違いますね。香りは強いお酒の方が多いですけども、辛くしたり甘くしたりっていうのは蔵によって違います。

うちの大吟醸の「一献」っていうお酒はうちの代表の銘柄ではあるんですけども、少し甘い目に仕上げてあります。

そうなんですね。
では日本酒の美味しい飲み方があれば教えていただきたいのですが。

そうですね・・・。

山本さんはお酒は飲まれますか・・?

それなりに・・・そうですね、いろんな飲み方があるとは思うんですけど、よく言われるのはあっさりした日本食と一緒に、ちょっと冷やして頂いて吟醸だったり香りの良いお酒を飲んで頂くっていうのが良いですね。

それこそお酒の種類もいろいろありますので・・もう温かくなってきましたので、燗で温かくして飲むと言う事もあんまりないのかなと思うんですが、温かくして飲んで頂くとお酒の香りがすごく立つようになりまして、もともとあんまり香りが強くないお酒でも香りがすごく立って美味しく飲んで頂けます。

あっさりした日本食とあうよ!と教えて頂きましたが、日本酒とベストマッチイングな食べ物はありますか?

焼き魚とかですね。あんまり塩をしていないちょっとあっさり目の物だったりすると香りの強いお酒にはすごく合いますね。逆に、みそ漬けだったり味が濃い魚だったりすると、純米の燗にして飲んで頂くとすごく合います。

 

魅力ある五條市について

五條市の魅力について教えて頂ければと。
特にこの辺は「しんまち通り」という五條を代表する場所にお店を構えていらっしゃいますが・・・。

やっぱり、雰囲気がとてものんびりしているところがいいなぁと思いますね。

私も学生の頃、外にいたことがあるんですけど、子供の頃からずっと五條におりますので、外の方からはちょっとのんびりしすぎだって言われる事はあるんですけれども・・・。

よく観光の方に言われるのは、地元の方はとてもフレンドリーだって言われます。しんまち通りは古い町並みで、ちょっと昔の街並みとのんびりとした雰囲気がとても暮らしやすい所だなと思います。

私も大好きなんです、この通り。
しんまち通りから盛り上げて五條市を盛り上げていこう、っていう風に私は感じるんですが、しんまち通りについてはどう思うわれていますか?

しんまち通りはおかげさまで、観光地として認められるようになってきまして、うちの社長もかなり力を入れてきまして今のような感じになって・・・。すごく頑張ってもらってありがたいなと思ってるんですけど、一番難しいのが古い建物を保存するのが一番難しいですよね。

おかげさまで”重要伝統的建造物”・・・たまに噛むんですけど 笑。
そちらの方に指定されまして、これ以上はそんなに建物は減らないように保存されてはいますけども、私が子どもの頃はもっと古いお宅もいっぱいありましたし、その頃に比べるとそのお宅がなくなって、空地になったり駐車場になったりして寂しい思いはありますね。

なので古いのもを守っていって・・・。
今ね都会の方はこういう古民家が好きな方が多いので・・・。
今はこの通りもあまり観光化はされていないと思うのですけれども、逆にそれが良い所だと思いますね。のんびりした古い町並みがあって、のんびり歩いていただけますよ、っていうところをアピールしていきたいですね。

もちろん商売の事を考えるともっとお店が増えてにぎわいが出て来てくれた方が・・・。昔かげろう座やっていた頃みたいに人が集まってもらえると商売としてはこの上なく有り難いんですけどね。

バランスが難しいですね。

私は今の、のんびりした雰囲気も好きなので・・・。

そうですね、今日みたいなお天気の時にこの通りを歩くだけでも・・ね。

そうですね。

これからのビジョンを教えてい頂ければ。

さっきもお客さんを呼んで、っていう話をしましたが、うち自身がお客さんを呼べるような所に変わらないといけない、と思っていますし変わって行きたいと思ってます。今はここ(店の)の入り口だけしか見て頂けないんですけど。春から秋の間は、蔵の見学自体も申込みがあって、まとまった人数であればしております。

うち単体でお客さんを呼べるようになろうと思えば、売店だけだとなかなか難しいと思いますけども、お客さんに蔵の見学もしやすい様に変えていけたらと・・・。後はこの通りって駐車場も少なくて、車で来る方には結構不便な思いをさせていたり、交通機関もJRしかなくて1時間に1本もないという難点はありますね。

先程おっしゃった”のんびりしたところも残しつつ”というところで、バスツアーなんかの観光客が増えてしまっても意に反するのかなって思ったりしますし・・。

そうですね。今だと、春と秋は結構ツアーのお客さんも多くて・・多かったら・・どうでしょう・・?その全部がうちに寄って頂ける訳じゃないんけど・・一番多かった時で20人が3、4組くらい前の通りを通る事がありましたね。

酒蔵の見学もされているとのことですが、蔵はここからは見えないんですよね?

(この通りの)後ろ側になります。江戸時代の街並みにはよくある事なんですけども、昔は税金が間口の広さで決まっておりましたんで入口って結構狭いんです。だからずっと後ろの川を越えて蔵があるんです。今は川の向こうの蔵はあんまり稼働していないんですけど・・。

この通りからは蔵が見えることもなく「どこにあるんやろう?」って思って歩いてたんですけど・・・煙突・・ありますよね?

煙突があるあたりから奥の方にありますね。

蔵はいつ頃建てられたんですか?

改築を繰り返してまして正確にはいつ建てたかわからないんです。うちは300年を越えてここにおりますけれども、うちの母屋の住居はだいたい250年前らしいです。蔵は・・古い所で100年くらいですかね?一番新しい所だと昭和になってからのところもあるんで3、40年くらいなんですけれども・・。

250年!すごいですね!
やはり、歴史が深いです!

 

最後に山本さんが思う日本酒の魅力とは?

なんといっても米を使っているので、ごはんに合うっていうのが一番いいところだと思います。私達が普段食べているお米で造っているお酒なんで日本の食文化にすごく合っているのだと思いますね。

 

 

江戸時代中期から現存するどこかなつかしい町並みと、それに合わせたかのようなお店の佇まい。
ある意味タイムスリップしたかのような・・・そんな雰囲気さえ感じられる空間でした。
山本さん、本日はありがとうございました。

 

 

株式会社 山本本家

☆ 住所 ☆  奈良県五條市五條1-2-19
☆ TEL ☆   0747-22-1331
☆ FAX ☆     0747-22-3366
☆ 営業時間 ☆ 8:00~17:00
☆定休日☆ 土・日曜日 その他              不定休
★HPはこちら 株式会社 山本本家★

 

 

 

☆スタッフ森子のつぶやき☆
300年前・・・元号は『宝永』。
今春、元号が改正されることが決まり新しい元号が『令和』と発表された。
今や元号は日本独自のものとなったが、新しい元号の発表はやはりみんなが注目し待ちわびていた・・・そんな日本独自の元号。
とはいえ、『宝永』とはどんな時代だったのか興味が湧き調べてみると、”江戸時代初期の頃で宝永年間の江戸幕府の将軍は徳川綱吉(5代)、徳川家宣(6代)。生類憐みの令や、貨幣改鋳による物価高騰など混乱が続く中、幕政の刷新を行った” とある。
江戸時代・・・わたしも数十年前の学校の勉強でしか知り得ない知識の中の話。
そんな300年以上経つ時代の空間を少しでも感じられる『山本本家』さん。
時間軸がそこだけやけにゆっくりと流れているような・・・とても穏やかな空間。
そんな穏やかな空間の店先を訪れた時は、たくさんの観光客の方が訪問されていました。
『宝永』から『平成』まで元号改正という、新たな時代の幕開けを27回も繰り返してきた『山本本家』さん。
この『令和』の時代をどのような空間にしていくのか・・・楽しみである。

 

 

第44回 喜久家(きくや) 久保 喜継さん

祖父から継いだ思いと店。忙しき良き時代を経て・・・

 

JR五条駅前にお店を構える「喜久家」さん。店主の久保喜継さんにインタビューしてきました。

喜久家さんの歴史を聞かせてください。
入口に「旅館」とありましたが・・・。
そう、旅館してました。今はやってないけど、昔は旅館と食堂、両方やってました。昭和28年創業やから、もう65年になるんかな。当時は板場さん、女中さんをつかってやっててね、旅館も食堂も大忙しやったんです。

 

 

ご主人は何代目になるんですか?
ここは私の祖父が始めたお店なんやけど、そのあと、親父が手伝った時期、いとこが手伝いに来てくれた時期もあったんで、2.5代目かな。本格的に継いだのは私になるんやろうけどね。

ご主人は子供の頃からここで旅館や食堂のお仕事を見て育ってきたんですよね。
そうやね・・・でも、子供の頃、私はここに住んでいなくて、同じ五條市やけど、岡(大字名・寺之前)に住んでて、親父は百姓してたから、私はそのせがれやし、子供の頃は百姓の手伝いしてました。

そうなんですね・・・ここでお住まいではなかったんですね。
そう、ここは祖父の家やったから。でも、自転車でよく来ては遊んだり手伝いしたりしとってね・・・。せやからお店とか旅館の仕事はやっぱりずっと見てきてたのもあるし、高校生くらいからは見よう見まねで本格的に手伝いはじめたんかな。小遣い稼ぎっていうのもあったけど笑
それで自然と料理とか好きになったんやろなぁ。魚とかもおろせるようになってたし、調理師の専門学校(辻調)に進んだのも、やっぱりその影響やと思います。

 

調理師の学校へ進まれたんですね。やはりそちらの職業を目指してということですよね。そこからどういう経緯で継ぐことになったんですか?
そうやねぇ。やっぱり料理は好きやったから。
継ぐきっかけっていうか、祖父の具合が悪いって電話かかってきて・・・。ちょうどその頃、調理師専門学校の先生にならへんかって誘ってもらってたんやけど、「あかんわ、おじいが具合悪いから帰ってこいって言われたわ」って、誘いを断って帰ってきて。それで当分は親父といとこと僕とでやってたけど、必然的に自分が継がなあかんなって感じで、本格的に自分がこの店やるようになったっていう訳です。

それに、祖父が亡くなるときに、私の手をつかんで「喜継(よしつぐ、私の名前なんですけど)ってなんでつけたかわかるか?」って言うんです。
祖父は「喜一(きいち)」で、親父は「豊一(とよかず)」っていうんですけど、私は「喜継(よしつぐ)」。
祖父「喜一」を継ぐということで「喜継」やでって言いたかったんやろね。
え?!そうなん・・・って感じでしたけどね。

おじいさんから受け継いだ思いとお店。継いだ頃の喜久家はどんな様子でしたか?
当時はほんま忙しかった。その頃旅館もまだしとって、ほんま忙しかったんですよ。私が24歳か25歳のころやったんかな。まぁよー流行ってましたな。忙して忙してご飯も立って食べたほどでしたよ。

このままやったら億万長者になるんちゃうか思ったくらい笑 出前もやってたし、弁当の注文も多かったしね。

それから、平成元年にこのお店改装して今の状態にしたんですけど、その数年後には、景気も悪くなって一気にお客さん減ってしもて・・・。残念ながら、億万長者にはなれんかったですわ笑

 

このあたり、旅館が多くありますが、駅前ということもあるのですか?
まぁ、それもあるかもしれんね。昔はもっとあったんやけど。
乗降客もようさんおったしね。それと、宿場町やったから、五條は。昔は川を使って奥から筏で木材を運搬して二見の貯木場へ運んできとったから。流れ着いて、その人らが泊まるっていうのが多かったんやろね。それと、猿谷ダムとか、ダム建設の時はその関係の人の宿泊も多かったなぁ。

昔、旅館組合の副会長させてもろてたとき、33件あったんかな、旅館。35~40年ほど前やけどね・・・今も継いでやってはるとこもあるけど、辞めはったとこも多いからだいぶ減ったなぁ。

 

時代と共にずいぶんこの駅前周辺も変わってきたんでしょうか?
そうやなぁ、私、今このあたりの商店街、「商栄会」の会長させてもらってるけど、今でお店33件ほどですわ。昔はこの辺りでも、喫茶店やら、お好み焼き屋、スナックもあったし、下駄屋、駄菓子屋、天ぷら屋・・・今の倍以上のお店あったけどなぁ。
でも最近、こういう食堂自体少なくなってきたのもあって、夜に忙しなったりもあるし、最近やったら外国人観光客の人も来てくれるようになったんで。それに何よりずっと来てくれてる常連さんがいてくれるおかげで続けていけてるし、ありがたいことやな。

メニューがすごく多いですね。どんなメニューがよく出ますか?
おまかせ弁当とか、焼きそば定食、カレー、オムライス、おかずも何種類か作ってあるんで、それも出るし色々やな。朝はモーニングもしてるし、夜は一品、お刺身もあるし。「喫茶店」兼「食堂」兼「居酒屋」やな笑
最近、オムライスにサラダ付けてるんやけど、それが男の人に人気で・・・。カレーも材料、調味料いろいろ調整して自分で煮込んで作ってます。 値段も30年近く上げてないねん。ずっとそのまま。やっぱり安くて美味しかったっていうて帰ってくれるのがいちばん嬉しいから。あと、おでんも自慢やねん、鶏ガラからだしとって・・・特にうちのおでんはすじ肉が絶品やで笑              

↑お友達が作ってくれたという手作りのメニュー
かわいい「まことちゃん」のイラストがあるところが五條ならではです♪

木の葉丼?が名物とか?
あー、俳優の火野正平さんが番組(NHK「にっぽん縦断 こころ旅」)でお昼に立ち寄ってくれたときに食べたのが「木の葉丼」で、それで口コミとかで広がったんかなぁ。かまぼことか、しいたけとかを卵でとじた丼ぶりやね。

↓こちらが木の葉丼♪ 自家製の漬物もついてきました♪美味しかったです!!

 

 

 

 

 

きつね丼って?きつねうどんは知ってますけど・・・
それは「刻みあげ」を卵とじした丼ぶりやね。

しのだうどんって?初めて聞きますけど・・・
それも「刻みあげ」・・・普通のきつねうどんは甘いあげやろ?これはあじの付いてない刻んだあげが入ったうどん。

↓おかず類も数種類あって、好きなのをとって食べるのもオススメ

 

 

 

 

喜久家を継いでから今まで・・・振り返って印象にのこってることはどんなことですか?
そやなぁ、なにがおもしろかったって、印象に残ってるかって言われたら、そのころ、客がたえへんかったっていうことがいちばんの印象になるかな。
朝から晩まで、ひっきりなしに。それをうまいこと回転させながらこなして忙しくしてたっていうのが。40代はほんま休みなし、正月の半日だけやったな。
忙しかった、けど、おもしろかったし、やりがいあった。若かったし体力もあったしな。嫁と一緒に、それから親戚や友達にも来てもらって手伝ってもらってやってたのがすごい印象にのこってるな。忙しき良き時代っていうんかな。 

仕事をするうえで大切にしていること、やりがいは?
さっきも言いましたけど、安くて美味しかったっていうて笑顔で帰ってもらったときがいちばん嬉しいし、良かったって思える。そのために頑張ろって思うしな。
それと、最近は特に「おふくろの味」みたいなのを大事にしていきたいって思うようになったなぁ。煮ものでも、味噌汁でも・・・「基本」を大事にして。
今はもう主婦になってる子やけど、こっちに帰省した時は寄ってくれてカレー食べてくれるんやけど、「そうそう、この味この味。昔と変わらん。美味しいわ」って言うてくれるねん。嬉しいしな、そういうの大事にしたいなって思う。 

ご主人のご趣味は?また休日は何してますか?
趣味・・・今は競馬かな笑
休みの日は・・・だいたい仕入で半日でつぶれるけどね。
昔はよく大阪とか行ったけど、この頃行かんようになったわ。
食べ歩きとかもしたけど、歳とってきたら、だんだん行かんようになって。

五條市でずっとお仕事をしてきて思うことってどんなことですか?
少子高齢化問題とか空き家対策、いろいろあるけど、なんかメインになるような、人が集まるようなはたらきかけのようなものがあればなって思う。やっぱり人が増えないと・・・っていうとこが、これからの課題やと思うな。

最後に、これからの「喜久家」について思うことを聞かせてください。
今いてくれてるお得意さんが元気でいつまでも来てくれることを願うってことかな。そして、自分達も健康でいること、もうそれだけやね。

ご主人、奥様、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

喜久家

住  所 五條市須恵3-5-7
電話番号 0747-22-2438
営業時間 AM8:30~PM8:00
定 休 日 日曜日・第3月曜日
駐 車 場

☆スタッフHのすぽっとwrite☆

ご主人は昔体操部で器械体操をやっていて、学生さんにも教えていたそうです。
さらには、その後なんとボディービルをやっていたというではありませんか!!
ビックリです。!(^^)!

休むことなく、昼ごはんも立って食べるほど多忙だったことを振り返り「良き時代」と言える、・・・とても素敵なことですよね。必死に・・・一生懸命・・・壁を乗り越えた・・・からこそ、こころに残るものや得られるものってあるんですよね。

初めての訪問の時から、ご主人、奥様、気さくにいろいろとお話してくださり、
ありがとうございました。

 

 

第43回 ナイトスポット メイト マスター 山下 哲司さん

 食べて笑って元気になれる。「実家のような」スナック

ー マスター、本日は貴重なお時間ありがとうございます。まず、お店を始められたきっかけを教えてください。

私は、元々はコックをやっていました。出身は三重県ですので、三重県に始まり、大阪、姫路と渡り歩き、五條には、五條レストランがオープンした時、オープンが1965年(昭和40年)12月25日だから…その1か月前から五條に来ていましたね。

ー 元々はコックさんをされていたのですね。

そうです。五條レストランで勤めさせていただいた後、エトワールさん(旧五條座)でもお世話になって、その後、5年くらい大阪の方で勤めていたんです。そこでちょうど、お見合いの話が出てきまして、昭和47年に結婚をしました。その時ちょうど、五條レストランより、また仕事をしてほしいとの話があり、2年半ほど勤めさせていただきました。そこで一緒に働いていた人が、今ここの場所で、中華料理のお店をしていたんですが、その人が、橋本市のほうでお店をすることになったんです。それで、ここの場所が空いたんで、何か店をやったら?ということで、僕もいつまでも雇われではダメだということと、当時年齢も32~3歳だったので、ここにスナックをオープンすることにしたんです。ですから、今年の11月28日オープンしてから44年になります。

ー それでは、昔はここは中華料理店だったんですか?

そうそう。カウンターが12人くらいで、狭いスペースをいかに多くの人に入ってもらうか、ということと、当時はといえば、五條には怖い人も多くいたので、そういったかたにも靴を脱いで入ってもらったら、「家に帰ってきた」みたいな気持ちで行儀がよくなるかな、ということで、床はじゅうたんにしました。お客さんには、靴を脱いだり履いたり…というのは大変だったでしょうけど、「靴を脱いだらクツろげる」ということで。まあ、シャレじゃないんですけど(笑)、「家に帰ってきた」気持ちになるんではないかと。また、席を詰めれば、一人でも多くのかたに(店に)入ってもらえると思いまして。

ー そうですか。当時はマスターも色々と苦労、工夫をされてきたわけですね。

「靴を脱いで」ゆっくり、「クツろげる」店内。現在に至るまで、6回もの改装を行ったそう。整然とされた店内は「お客様を少しでも満足に」というマスターのこだわりが感じられます。

 

ー あと、元々コックさんをされていたという事ですが、五條に来られて、レストランでもなく、洋食店でもなく、お昼のお店でもない…この、夜のスナックにしようと思われたのはなぜですか?マスター自身、各方面でお料理の修業も多く積まれて、様々な料理をこなせると思うのですが…

そうですね…まあ、たまたまここのお店が空いたのと、食堂にしては狭いかな、ということと、かといって本格的なレストランにしようとすれば設備などにもお金がかかります。でも、当時の私はと言えば、お金を借りる担保もなかったわけで…しかし家内は料理も好き、(お酒を)飲むのも好き、歌うのも好き、ということなのですが、当時は五條にもカラオケ店はありませんでしたので、スナックが一番手っ取り早いかな?ということですかね…

ー マスターはもう若い頃より、その道(料理)を志されてこられたのでしょうか?

はい。最初の頃は、大きなレストランでの見習いから始まりました。それからは、料理の腕を磨くため、いろいろな所で修業しました。

ー それでは、大変厳しい修業をされてこられたのですね。

当時は、誰も教えてはくれませんし、何せ、「見て覚えろ」の世界です。先程も申したように、私の出身は三重県なのですが、津市で見習いをさせてもらっていた時は、フライパンをふる練習でも、本物のご飯は使わせてもらえないんです。そこで、周りは海辺でしたので、よく、砂浜の砂を材料代わりにして、練習していましたかね…当時はこんな感じが当たり前でしたから、まあ…厳しいとも思いませんでしたけどね。

ー そうですか…今のマスターのお話だけでも、当時の料理人の修業というものの厳しさが垣間見えます。では、次の質問なのですが、この「メイトさん」ならではのお店の特徴、ここだけは他にはない、ということと、あと、「メイト」というお店の名前の由来についても教えてください。

どうですかねぇ…まぁ、普通のスナックでしたら、おかきやスルメといった、所謂「乾き物」を出していらっしゃるところが多いんでしょうけど、うちの場合は一品料理や、お肉を提供させていただいております。その中でも一番のメインは、やはりお肉(ヘレステーキ)ですね。お店としては一番儲からないんですけども(笑)。お店の名前の由来は、クラスメイトの「メイト」です。来店されるお客様がお友達みたいになれるように、という意味を込めています。

ー そうなんですか!メイトさんのステーキが食べたいがために、お店に足を運ぶお客さんも多くいらっしゃると各方面で耳にします。メイトさんの名物的な感じで。 

                                                        

メイトさん名物の「ヘレステーキ」。一度食べればやみつきになるそのお味は、多くのファンがいることも頷けます。是非ご賞味あれ。

 

いや~、別に名物でもないんですけどね(笑)。でも、ステーキのタレやドレッシングといったところは実は全て手作りなんです。お店のオープン当時はマヨネーズも作っていたんですよ。レストランで勤めていた経験を生かしてね。でも、今も毎日が勉強だと思っています。人間、これで終わり、というものはないと思いますんで。自分で、「これは美味しい!」と思っても、お客さんの口に合わないとダメですし、お客様一人一人にも当然、好みがありますしね。お肉の焼き加減においても、ミディアムが良いとか、ミディアムレアとか…お肉の調理も簡単なようで実は難しいんです。調理場にいる時でも、お客さんのお顔を拝見させてもらって、この人の好みはこうだな、とか、女性のお客さんならば、お肉でも生焼きはダメだな、ということを考慮したり、他にも、いわゆる「通」のお客さんには、あらかじめ、うちの料理の特徴を伝えておいて…本当にいろいろなお客さんがいてるんですが、特にうちは、おかげ様で、いいお客さんに恵まれてまして、その「良いお客さん」が「良いお客さん」を呼んでくれるんです。でも、やっぱり客商売というのは難しいですし、数あるお店の中からうちを選んできて下さる訳ですから、常にお客様の立場に立って、少しでも満足いただき、次も「また来たい」と思っていただけるように心がけています。

ー でも、「良いお客さん」が来られるということは、やっぱりマスターの人柄によるものが大きいと思います。どんなに美味しい料理を提供されていても、やっぱりそのお店の店主の人柄が悪いと、次また行こうとは思わないですし。

いやいや、そんなことはないですよ(笑)。僕も気が短いんで、どこへ行ってもあまり勤まりませんし、何せ昔気質の職人ですから(笑)。でも、お店というのは働いてもらっている従業員の仕事ぶりにもよりますよね。お金を使うのは簡単ですけど、「人」を使うのは難しいですからね。でも、おかげ様で、この歳になっても商売をさせていただいている、という事は、本当に有り難いことなんです。ですから、先程も申したように、やはり、毎日が勉強ですね。

ー そうですね…これだけ長年、お店をされて、まだまだ勉強、というマスターの向上心、私どもも見習わなければ、と思うところです。

でも、昔と比べてずいぶんお店をとりまく環境は変わりました。特に飲酒罰が厳しくなってからはもう大変で。よく巷から、「メイトさんはよう流行っとるし、よう儲けとる」なんていうことを聞くんですが、先程の飲酒罰が厳しくなったことによる、お客さんの送迎もあったりで、運転代行が出来ない時間ともなれば、(お店の)近所のお客さんならば、息子と2人で運転代行をしたりします。でも、人の車を運転する、ということはやっぱり気を遣いますね…これからも、可能な限りのサービスは続けていきたいと思います。

ー ありがとうございます。(店内を見渡して)こちらに大変趣のあるイラストの、メニュー表があるのですが、おすすめのメニューはやっぱりお肉(ヘレステーキ)なのでしょうか?

 

 

全て手書きのイラストのメニュー。いろいろと想像もかきたてられます。

 

 

そうですね…よく出るのは、お肉、だし巻きたまご、ピザ、焼きそばですね。時々、オムライスやドライカレーとかも。

ー マスター、やはり何でもお作りされるのですね。

いえいえ、まあ一流じゃないですけども(笑)。

 

 

ハムエッグにピザにドライカレー…飲んで歌ってお腹いっぱいになれます。

 

 

 

 

 

 

 ー ちなみに、このメニューのイラストはどなたが描かれたものなのでしょうか?

家内が描いたものです。数年前に亡くなってしまったんですけども…家内はこういった絵を描くのが好きだったんです。この間も、YAKKOさん(すぽっとらい燈 第29回に掲載)に行った時、メイトさんは、メニュー表の絵が上手に描かれてますね、なんて話をしてたんです。

ー 何か、心が和んでいくような絵ですね。メニューの想像もかき立てられます。「どんなのが出てくるんやろ?」って。

ありがとうございます。家内も喜んでいると思います。

 

大人気の個室ブース。仲間同士で、気兼ねなくゆっくり過ごせます。ご家族でのご利用もOK!

 

                                   

—  ところで、お肉に関してなのですが、マスターの目利きは確かであると思うのですが、お肉の仕入れに関して、こだわりはありますか?

いや、特にこだわりというのはないのですが、もちろん、いいお肉をできるだけ安く、ということは心がけています。でも、1本で3~4万円が相場ですからね。だからいかに原価を削るか、ということですね。寿司店のウニやトロと同じようにね。

ー 次のご質問なのですが、開店された直後の苦労話などをお聞かせいただければ…

う~ん、当時の五條はと言えば「怖い人」が沢山いてて、そういう点では苦労しましたね…。今ではいい思い出となっている話もあるんですけどね(笑)。

ー そうですか…想像に余りあります。それでは、次の質問です。このお仕事(スナックのマスター)をされていて、得たことはございますか?

やっぱり、一番はいろいろな人にお会いできたことでしょうか。例えば、市長さん、県議会議員さんや学校関係のかた…でも、そういった方々も仕事から離れれば、我々ももちろん、お客さんの一人として接していますし、他のお客様と分け隔てたりはしません。だから「いいお客さん」が、「いいお客さん」を呼んできてくれるんです。それと、学校関係のかたには、学校の運動会の打ち上げは、みんなうちでしていただいて。特に、五條市の中学校の運動会は、日取りがどこの学校さんも同じなので、取り合いになるんですよ(笑)。でも、本当に有り難いことなんですよね。

ー そこはやはり、マスターの人柄と心意気、ということなのでしょうね。

いやいや(笑)、僕もいい加減な人なんで(笑)。

ー ありがとうございます。次に、マスター個人のことについてお聞きしたいのですが、お店以外の地域活動にもすごく熱心にされておられるということは、存じ上げておりました。そのお話についてお伺いしたいのですが…

そうですね…学校の役員については、子どもが二人いましたから、幼稚園から高校まで、18年間連続でさせていただいておりました。ボーイスカウトも、今年で38年目になるかなぁ…もう今年で、ぼちぼち引退させてもらおうと思っているのですけども。

ー そうですか、小中学校の役員はといえば、すごく大変な役回りであるとは思うんですが、マスター自身はやはりこういった活動は「好き」でやっておられるのでしょうか?やはり好きでないと、ここまで長年やってこれないのではないかと思うのですが…

それはよく言われます(笑)。平成元年に、五條小学校のPTA会長をさせてもらったんです。その当時で児童さんの数が850人くらいだったかな…その年の役員を決める時、僕は仕事上、昼は空いているんだけど、サラリーマンのかたは普通は平日は活動ができないじゃないですか。そこでもう、「僕がやります」って言ったんです。いずれ、誰かがやらないといけない訳ですからね。でも、口下手でしたし、大人数の前でしゃべったこともないんですけど、他の皆様に助けていただけるなら、させていただきます、といった感じで。それからずっと、高校まで、子どもがお世話になっていた間は、ずっと役員はさせていただきました。あと、ボーイスカウトにかんしても、最初、2泊3日で研修所へ行って、資格を取らさせていただいてからは、それから38年間ずっと続けています。他に、五條市の雪中登山のお手伝いは、35年間させていただいております。でもここ2年は、周りから、「もうそろそろ…」と言われてて、その代わりに、炊き出しや荷造り等は全てさせていただきました。でも昨年は風が強くて、ロープウェーが動かなくて大変だったんですが(笑)。それと、公民館での料理教室も、38年間させていただいています。

ー 改めてお話をお伺いすると、本当に、お店の仕事以外に、精力的にいろいろな活動をこなされているのですね。

いえいえ。他にも、23年前の神戸の大震災のときも、ボーイスカウトで、3日間、被災地で炊き出し等をさせていただいて。でも僕自身、37年前、自宅の火事で、いろんな方に本当にお世話になって。そのおかげで、命も助けていただいたんです。でも、住む家も失い、お金もなくし、まあ、元々(お金は)なかったんですが、この、「いただいた命」を世のため人のため…そういう思いでいろいろな地域活動をさせていただいております。

 

 

 

 

 

店内のところどころに、「相田みつを」さん。心に沁みます。

 

 

 

ー ありがとうございます。本当に頭が下がる思いです。次は、再びマスター個人のことにかんする質問なのですが、前にお話しいただいた、地域活動のほかに、お休みの日はどのようにお過ごしでしょうか?特にたしなまれている事や、趣味など…

まあ…若い頃はゴルフもよく行ってたんですけど、腰を痛めてからは行かなくなりましたね。あと、観劇とか。映画も好きなんですけども、なかなか一人で行けないんですよね(笑)。あとは…年に3~4回、食品衛生協会や、飲食店組合の研修旅行に行くくらいですか。まあ、時には息子と、知り合いがやっているお店へ食事に行ったりするんですが、家内が亡くなってから、今は何もかも、炊事や洗濯とか、自分でしないとあきませんし。

ー では、次の質問になるのですが、本業(スナックのマスター)において、これから先、実現したいことや、目標はありますか?

難しい質問ですね(笑)。まあ、僕も歳ですから、こうやって元気にしている間は、「生涯現役」のつもりで、頑張っていきたいと思っています。ただただ、皆に愛され、親しまれ、「来て良かったな」といつまでもお客様に思ってもらえる事ですね…ただ、お店の従業員が人手不足なことや、他に家賃のこと、特にカラオケの維持費だけでも月数十万円要りますし…だから、自分の車の話になるんですが、今の車も、もう16年半乗り続けているんです。いつかはクラウンに、と思っていたのですけど、やっぱり無理でした(笑)。

ー そうですか、でも同じものをずっと大切に、というのも大事なことだと思います。

まあ、「細く長く」ということですね。でも、僕自身、お客さん、お店のスタッフには、本当に恵まれてきたんだな、と感じています。

ー そうお感じになるのも、やはりマスターの人柄ですね。さっきから何回も同じフレーズなんですが(笑)。

そんな事ないんです。こっちも、さっきからお話しするように、僕もいい加減な男なんで(笑)。

ー 今回、こうやってご主人といろいろお話をお伺いさせていただいて、何か、商売人という感じ?が全くされないんですよ。やっぱり、お商売をされておられるかたは、少しでも儲けよう、といった姿勢のかたが多いと思うのですが…あと、地域活動や、学校等の役員も、「やらされている」感が全く感じられないんです。ですから、そういうところが、マスターの人柄であり、それが、良いお客さまを呼んでいる、ということにつながっていると感じます。

僕は、商売人のそういったところが嫌いなんです。やっぱり、お客さんあっての店だし、店があってのお客さんということで、高いお金を払って、数あるお店から選んでいただいている訳ですから、少しでも楽しく、満足して帰ってもらえるようにですね。あと、お客さんどうしでふれ合って、仲良くしていただくのは一番いいですね。だから、うちで知り合ったお客さんどうしが、何組か結婚した事例もあります。年賀状に子どもの写真をつけてくれたりとか…嬉しいですね。

ー 心温まるエピソードですね。聴いているこちらも何か嬉しくなってきます。

他に、親子4代で来ていただいているご家族もおられます。お爺ちゃんからひ孫まで。だから、毎日毎日が勉強のつもりでいてますし、体が元気なうちは、まだまだ頑張らなあかんな、と思います。

ー 次の質問なのですが、逆に、マスターから五条ガスに聞きたいことはありますか?

すいません、別にないんですが(笑)。五條レストランで勤めさせていただいているときから今までずっとお世話になってますし、安全、安心で日夜頑張っておられる印象です。あと、災害時の対応等においても、大変なお仕事をされていると思います。まあ…仕事に楽なことはないんでしょうけどね。でも、中には僕の仕事(スナックのマスター)は楽そうでいいなぁ、とか、夜4~5時間の仕事で家まで建てて…とかいう人もいるんですけどね。

— でも、今までのご主人の苦労話などをお聞きして、とてもそんな、楽そう、とかは考えられないですよね。

まあ、楽そうに見える仕事ほど大変、というのもありますしね。

ー そうですね。マスターのおっしゃる通りだと思います。私どもも、今回のインタビューを通じて、本当に多くのことを勉強させていただきました。マスターの、この仕事に対する心意気に、少しでも近づくことができるように頑張ります。

ー それでは最後に

僕自身、流れに流れてこの五條に辿り着いて、学校の役員やボランティア、地域活動、もちろんお店での仕事を通じて、「人もうけ」ということはたくさんさせていただきました。お金儲けはあまりできませんでしたけど(笑)。そういうことから、一時期、五條市の市議会議員の選挙に出ないか、と薦められたことがあったんです。私は五條出身ではないのですが、五條出身の人以上に、五條のことをよく知っているということでね。まあそういったお話は嫌いじゃないんですけれど。あと、お店の運営に関しては、このまま末永く愛され親しまれ…というところでしょうかね。

ー マスター、本日は貴重なお時間、本当にありがとうございました。

(編集後記)

今まで、プライベート、会社の飲み会等で、メイトさんを度々ご利用させていただいておりましたが、マスターと、じっくりお話をお伺いさせていただいたのは今回が初めてです。何か、スナックのマスターはというと、自分の印象では、寡黙でちょっと近寄り難い、一見さんお断り的な雰囲気があるという感じでしたが、山下さんは、とても気さくでなじみやすく、物腰も丁寧に、じっくり語ってくれる様は、どこかシンパシーを感じるものがありました。同時に、今に至るまでの苦労は、多くは語らないものの、マスターの人生の年輪というものも感じました。マスターが、やりたいこと、周りに喜んでほしいことをどんどん積み重ねてきた結果、ここまで続けてこれたのだなあと頷けました。

 

ー 余談ですが、マスターはお酒を飲むのも好きなのですか?と聞くと、「いや、僕も息子も飲まない」とのお答えが意外でした(笑)。

 

第41回 かぎおか 鍵岡信孝さん

食材を見極め、食材の持ち味を引き出す、自然を手本に生まれる美味しさ

 

—まず、「かぎおか」さんの、創業や歴史、お店をはじめたきっかけについて教えてください。

僕の親の話やけども、戦後まもない頃、今のこういう店の形じゃなくて、玄関の前に野菜を並べて売っていたことが始まり。堺のほうにも行商によく行っとったって聞いたなあ。その頃は今井に店があったんよ。

ーそうなんですか。元々は今井でお商売をはじめられた訳なんですね。

元々、ここ(今のお店の土地)は、NTTさんから、いちごはうすさん辺りまで、天理教の建物やった。そして、その土地を、商売をするんやったら貸す、ということで、最終的にはその土地をうちが譲り受けた、というのがここで店をはじめたいきさつになるんかな。

ーもともとは天理教さんの土地だったのですね。

そうそう。あと創業は親の代からで、自分が料理人として勤めているのが20歳からで、そこからは料理人一本でやっているな。

   商栄会通りにおいても際立つ、品格の感じられるお店構え

 

ー次に、お店についてお聞きします。「かぎおか」さんは色々なメニューがあるのですが、一押しのメニューはありますか?

う~ん、うちは魚屋やから、メニューというよりも、美味しい鮮魚をお客さんに、っていうのでやってる。忘年会の料理も、魚メインで提供しとる。それぞれのお店に、得意料理っていうのがあるかと思うんやけど、当店では魚を主とした料理を提供しとる。

—実は私、魚が苦手なのですが、魚のおいしい食べ方ってありますか?

そうやな…とりあえず、骨を取る。今は高齢者や子供向けに、まず骨を取って、煮るなり焼くなり。ソテーにするとか…。あと、それと大事なのがもちろん、「新鮮さ」やな。当たり前かも知れへんけど、魚は新しいもの、鮮度が一番やな。

—調理方法とすれば、やはりお刺身が一番ですか?

まあ、好き嫌いもあるし、別に生で食べて何もかも美味しい訳ではないからね。

—やはり、その魚に合わせて、というところですね。

そうそう。から揚げにしても良い魚もあるし、塩焼きに合う魚、煮つけに合う魚もあるし。

—そうですね…ご主人の今のお話をお聞きして、ちょっとは魚嫌いを克服できる気がしてきました(笑)。

うちは魚でも、「一匹」で魚が置いてあって、それをお客さんが、ああして、こうして、というのを、例えば、切り身にしてとか三枚におろしてとかを伝えてもらって。だからスーパーみたいに、切り身をトレイに入れて、並べて置いてある訳ではないんで、若い人はどうしても入って来にくいと思うんやけども、そうしないと、トレイに置いてしまうと傷みやすいんでね…。まあ、トレイは保温する役割もあるからね。昔からのお客さんでしたら、一匹の陳列してある魚を、3枚におろしてとか、骨を取っといてとか、切り身にして、とかを魚をさばきつつ、世間話をしながら買うてもらう。これは炊いたほうがええで、とか、この魚は塩焼きしたら美味しいで、とか…。

—そうですね。そういった会話は魚屋さんならではですものね。

でも、そういう会話ができるお客さんはおれへんなったなぁ。どうしても、核家族になって、そんなに食材も大量にいらんから、若い人たちは、車でスーパーへ行って、何なと買うてきますから。それが今の若い人たちの「魚嫌い」が始まってしもたんちゃうかな(笑)。

ーでは次に、お店のことについてお聞きします。お店は年中無休で営んでいらっしゃるのですか?

いや、不定休やわ。

—あと、「かぎおか」さんにしかできない「強み」のようなものはありますか?

やっぱり、さっきも言うたように「魚」やろな。刺身にしろ、何にしろ…。

—そうですか。主にはやはり和食メインのお店でおられますが、ご主人が他に得意とする料理はありますか?

まあ… 自分たち家庭用では和食以外に作ったりするんやけど、お客さんに提供するのは和食1本やな。

ー五條でお店を営んでおられて、苦労されたことや、乗り越えてきた「壁」みたいなことはありましたか?

う~ん、難しい質問やな(笑)。乗り越えてきた、というより、流れで…かな。最初は魚の小売りだけでやっていたのが、小売りが減ってきて、仕出し料理、法事のさいの弁当、その他の色々なお弁当をすることになって…まあ、時代の流れで、忘年会をするように世間がなってきたので、2階を宴会場にして、忘年会や歓送迎会をするようになった。だから、その流れに流されて…ということやな。まあ、お金もかかったけど(笑)。

—こちらでお店を営んでおられて、五條以外から、お客さんは来られるのでしょうか?

法事で、近辺(御所や橋本)の人らが来てくれる。五條の人から、「かぎおか」はいいよ、っていう話を聞いて、法事の後の食事で、来てくれるお客さんは増えてきとるなぁ。まあうちは、「食べる店」やなくて、予約専門でやっとるから。

—1日平均、どのくらいのお客さんが来られますか?

宴会の大小によってそれはバラバラやな。ただ、魚の小売りは配達が多くなっとる。高齢者向けって言うんか、今はコンビニで宅配もやっとるやろ?これからはそういうのが増えてくるやろなぁ。でも配食弁当っていろいろな所がやっとるけど、あれって食材の原価が抑えられとるから、美味しくないっていう人がやっぱりおって。それでうちの食材を配達する、っていうのが増えてきとる。

ーこれから、新しいことをやってみよう、というのはありますか?

商工会の人たちとも話していることなんやけど、「補助金制度」っていうのがあって、うちは、「経営持続化のための補助金」で、折込チラシや、販売促進のためのグッズや封筒、お年寄り向けのメニュー設定を作り、それを伝えるための手段として、チラシやパンフレットを作った。今度はまた補助金で設備のほうを、というのを考えてはおるんやけど…

—それはどのような設備においてでしょうか?

年配の人には、階段を登られへん人もおる。宴会場を椅子にしたのも高齢者を考慮してのことや。だから、エレベーターを設置することとか、これから先は高齢者向けの対策をせなあかん。うちは、宴会場は2階やから、よく、お客さんに、「エレベーターはないの?」ってよう言われるし。他に、仕出し料理やったら、どうしても年配の人が多いんで、なるべく固いものを出さんように、煮ものを出したり、お年寄りの方に好まれる食材を、っていうことを、徐々には変えてきとる。法事等では年配の人から、若い人までおるんやけど、そういった所のメニューも、やっぱり年配の人向けのメニューも考えんとあかんなあ。さっきも言うたけど、やっぱり高齢者対策やろなぁ…人口も減るし、子どももおれへんなるしなぁ。

    ご年配の方に配慮された、心地の良いテーブル席

 

ー我々ガス事業でも同じです。五條で商売を継続していくのなら、やはり、ご主人のおっしゃられた高齢化対策ということは、どの事業でも同じ課題ですね。

 

ー次に、ご主人の個人的なことについてお聞かせください。ご主人は、料理の道へ進まれる前に、行っておられたお仕事はあるのでしょうか?

新日鉄堺で、サラリーマンを1年ちょっと。五條高校から、野球でスカウトされた。そやけど、親が病気になったんで、ここ(五條)に帰ってきて、ここの仕事をするようになったんや。

—すごいですね!新日鉄堺はというと、現在も社会人の野球チームで有名ですよね。そこに野球でスカウトとなると、ご主人は相当野球が上手だったのですね。

いやいや、そんな大したことはなかったんやけど(笑)中学、高校と野球をやってきて、中学では外野をやっとって、高校のときはファーストやっとったんや。

—恐れ入りました。では、次のご質問です。ご主人の、お休みの日はどのようにお過ごしでしょうか?お店が不定休で、なかなかまとまったお休みをとられるのは難しいと思うのですが…

基本的に、そんなに休みはないから、年に何回かは、従業員の人らと一緒に食事に出かけたりするくらいかなあ。場所は…京都が多いかな?

ー京都へですか!京都に何か特別な思い入れでも?

いや、特別な思い入れというのはないんやけど、京都の料理が好きでね、「食べに行くなら京都」と思うからやな。

ー京都の料理がお好き、というところもやはりお仕事に生かされているということなのですね。お休みの日でも、料理の研究に余念がない、という感じで。

そうそう。まあ、その為に行っとるのもあるしな。

ーでは、次のご質問です。今まで、料理人をやっていて、大変だったことはありますか?

そんな大変なことはなかった…かな?(笑) 最初は魚の仕出し屋をやっていたのを下働き、いわゆる手伝いの形で徐々に覚えていった。父親以外にも、当時は職人さんもいてて、いろいろ教えてもらっとった。その時も、特に厳しい、っていうことはなかったかな。そして僕が24歳の時に、辻調(辻調理師専門学校)に入って、そこで1年料理の勉強をして、本格的に料理人への道を志したんやわ。

—辻調というと、あの有名な辻調理師専門学校ですよね!主にどんな内容を学んでこられたのでしょうか?

日本料理。結構有名な先生方もいっぱいおって、授業で使う食材も、一番いいものを使って、一流の料理法を教える。そやから授業料もものすごく高い。中途半端な食材で、中途半端に教えるよりも、「一流の職人が、一流の食材で」ということをコンセプトにしとるみたいやな。

—辻調を出られて、それからお店を構えられる、というご主人の進んでこられた道は、わりと王道ですよね。どこかのお店で修業を積んでこられた、とかじゃなくて。

まあ、元々店があってそこで仕事せんな、っていうのもあるし、当時はまだまだ人手も足らんかったんやわ。そやから、辻調に行っとったころは、学校から帰ってきて、夜から仕事しとったなあ。とりあえず、この店ありきで、その為に辻調へ行って、料理を覚えてきて、っていう感じで。

ーありがとうございます。次にご家族についてのご質問なのですが、現在は、ご家族総出でお店のお仕事をされていらっしゃるのでしょうか?

そうやな。家族全員とパートの従業員で。息子は3人おるんやけど、長男だけ、ここで仕事しとる。

ーそれでは、長男さん(インタビュアーと同級生)が、やはり将来ご主人の後を継がれる、ということなのでしょうか?

もう今も十分店の仕事しとるし、いずれはそうなるやろな。今はJC(日本青年会議所)の活動とかで忙しいらしいけど(笑)。

ーそうですか…私も長男さんに負けないよう、分野は違えど、仕事に邁進していきたいですね。

ーでは、最後のご質問となります。「かぎおか」さんの、これからの展望や目標などをお聞かせください。

継続…なんとか「継続」していくことかな。あとは、料理とか宴会とか、法事とかでもっともっと使っていただけることをアピールしたいよね。そこをさっきの補助金制度を使って何とかならんかな…と、今はそんな事ばっかり考えとるな。やっぱり新聞の折り込み広告に出したら反応は違うしな。あとは、さっきも出たけど、ここで商売する限りは、高齢者向けの何かを…ということやろな。

ーでも、ここ(商栄会通り)はまだ人通りがある…気がするのですが?

いや、夕方、1人この前を歩いたら、まるで道が貸切りやなぁ、っていう感じで。それくらい人通りがないからね、この辺は。車で通っとったら分かりにくいんやろうけど、実際歩いてみたらよう分かると思うわ。今でも歩いとるのは、朝の小学生の子供の通学だけやね。買い物で歩いとる人っていうのはほんまにおれへんし。それを歩かそう、っていうのも今さら無理やろうし。今、こんだけ歩かへんのに、これから商店街を買い物で歩いてくれる人が増えるか、っていうこともまずあり得ないんで、その先をどないか、っていう事を考えていかなあかんわな。

そうですか…私どもの親世代(70歳台)が子供の頃は、商励会通りや、商栄会通りは、お盆や年末ともなると、人で溢れかえっていた、という話は聞いたことがあるのですが…

そうやで。あの頃は夜8時くらいまで、みな店を開けとったし、吉野川祭りの日とかやったら、帰りのお客さん目当てに、ほとんど店を開けとったな。

ー現在では考えられないですよね。

いや、あの頃は、お客さんがおったから、(店を)開けとったんか、開けとったから、お客さんが来たんか、どっちか分からんけど(笑)。今やったら、みな夕方4時か5時で、シャッターを閉めてしまうしなぁ。

ーでもまだ、この通り(商栄会通り)は、お商売をされておられる方もまだまだ残っておられる感じですが…

まあ、他の商店街通りと比べたらな。だいぶ減ったけど。

ーでも、ここの近くの、「商励会通り」は、シャッターを下ろしているお店が多いですね。

あちら(商励会通り)のほうが1つ世代が前やねん。年齢層も高齢のかたが多い。こっち(商栄会通り)が10~20年若いかな。

ーそんな歴史もあるのですね。全然知りませんでした。

ちょっとだけあっち(商励会通り)が早いんで、その分終わるんが早いんやろなぁ。こちらもいずれは終わってしまうんやろうけど(笑)。でも、それを終わらさん為に、さっき言うた「経営持続化を推進するための補助金」っていうのを、国が一生懸命宣伝しとるんやけど、それを申し込む人がなかなかおらん言うて…でも、やっぱり「継続」していくこと。これに尽きると思う。

ーご主人、本日はありがとうございました。

 

 

(編集後記)

美しく整然とされている店構え。そして店内は、人通りのめっきり少なくなった商栄会通りの景色とは一変して、上質な空間が広がっています。また、美しい器に盛られて運ばれてくる端正な料理は、どれも1つ1つが繊細で、ご主人の料理にかける思いや自信が伝わってくるようでした。インタビュー中のご主人には、ジョークをたびたび交えた、軽妙な語り口で楽しくお話いただきました。サービス精神があり、飾らない人柄に、日本料理に関する豊富な知識と経験に裏付けされた技術で腕を振るう。今回のお話をお伺いして、「五條にもこんなに美味しい魚料理を提供してくださるお店がある」そう強く感じました。

 

五條 かぎおか(仕出し・懐石料理)

  五條市須恵2-3-28

  ℡ 0747-24-2800

  定休日  不定休 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第39回 chitarraキッタラ 岩永 博美さん

やりたいと思ったらとりあえず「やる」
失敗も多かったけど、得たもの学んだものはそれ以上。

 五條市田園にあります生パスタのお店「キッタラ」の岩永博美さん。昨年度からは「みずたまクレープ」としてイベントなどでの移動販売も始められました。
起業のきっかけ、開店にまつわるエピソードなど聞かせていただきました。

―キッタラを開店したきっかけを教えてください。
もともと、飲食店、喫茶店とかしたいなっていうのが昔からあったんです。
それで友達に一緒にお店しない?って誘われたのがきっかけでした。結局友達は仕事が忙しくなってしまって、私ひとりでするかたちになったんです。

―お店を始める前は何をされてたんですか?
介護施設で働いていました。

―介護のお仕事から飲食業への転身されたということですね。
はい。でも調理師免許は持っていたんです。

―それは飲食店開業に向けての準備として取得されたということですか?
いえ、介護施設で働く前に保育園で働いてた時代があったんです。そこで、調理の方も手伝ったりしてました。そのときに、「調理師免許とったらどう?」って言われて・・・。「あ、じゃぁ取ります」みたいな感じで・・・。

―パスタのお店にしようと思ったのは?また、店名「キッタラ」について聞かせてください。
最初はカフェをメインにしたお店にしようと思ってたんですけど、その当時、パスタを教えてもらう機会がたまたまありまして・・・。それに自分もパスタ好きっていうのもあってパスタのお店にしました。
店名は、パスタには種類がたくさんあって、タリアテッレ、リングイネ等・・・そのひとつが「キッタラ」なんです。麺の名前を見ていたとき、「キッタラ」の響きが気に入ってすぐにこれだって思って決めました。

―この場所での開店の経緯は?開店して何年ですか?
カフェしたいなって思ってから、住宅付店舗を探してた時、この物件と出会いました。実家も近くてとても気に入って決めました。開店して5年です。

―どんなイメージのお店にしたいとかありましたか?いろんなお店見に行ったりとか?
イタリアンとかパスタとか、ちょっと敷居が高いようなイメージあるんですけど、気軽に来てもらえるようなアットホームな感じのお店を目指してやってます。子供さん連れでも気兼ねなくきていただけるように個室もあります。

お店は結構見に行きましたね。 雰囲気とか接客とかメニューとか・・・。いいなって思うことを取りいれたりしています。

―では「キッタラ」の特徴について教えてください。
麺もソースも、パンのバターも結構種類があって「選べる楽しさ」っていうのが特徴です。
生パスタは7種類、ソースは10種類、バケットに塗るバターもアンチョビ、ガーリック、メイプル、明太子・・・10種類以上の中から選らんでもらえるようになっています。

―なぜそのスタイルにしようと思ったんですか?
女性って「選ぶ」のがすごく好きじゃないですか・・・迷うのも楽しいし、どれにしようかなって悩んでもらえるような感じにしたいなって思ったんです。

―オープン当初からこのスタイルですか?
はい、ちょっとずつ期間限定のものなんかも入れたりしているうちにパンのバターの種類もだんだん増えてきたりしてます。

―私は冒険心がなくて、迷った挙句、結局いつも同じものを注文してしまうタイプなんですけど・・・


結構そういうお客様も多いですよ笑。トマトバジルが好きな人はやっぱりいつもトマトバジルご注文いただきますし笑。でも具材はその日によって違いますので、そこで変化を楽しんでもらえますしね。

←私はいつもホワイトソース 😛

 

 

―「生パスタ」にした訳は?
試食でいろいろな麺を食べた中で生麺っていうのはやっぱりすごくもちもちしていて・・・。乾麺には乾麺の美味しさがあるんですけど、自分が生麺に魅かれてしまったっていうのが一番ですかね。それでお店では生パスタでいきたいなって思ったんです。

―サラダ、パスタ、バケット、デザートがランチセットだそうですが、このスタイルも最初からですか?


はい。バケットを出してるお店はあるんですけど、焼き立てを出したいっていうのがあって・・・。パスタにバケットに・・・となるとボリュームもあって、ちょっと女性の方には多めかもしれないんですけど、もう残してもいいからお腹いっぱい食べていただきたいっていうのがあるんです。

―デザートも手作りですか?
はい。お菓子作りは昔から好きだったんです。まだまだ勉強しながらですけどできる範囲で手作りで出させてもらってます。毎日朝から、ケーキ焼いてます。

 

 

 

―パスタ以外にドリアもあるんですね。考案中のメニュー、企画などありますか?はい、ピザランチもありますよ。あ、ソフトクリームも今日から始めたんで!!ワッフルはしたいなって思って機械買ってあるんですけど、なかなか手回らなくて・・また、追々♪

―営業時間は現在お昼のみですか?夜の営業をされるご予定は?
はい、11:00~16:30です。子供が落ちついてきたら、夜も開けたいなって思ってるんですけど、昼も夜もってなると、家の事何もできなくなってしまうんで、まだ、今は無理ですね。

―やはり女性のお客様が多いですか?
そうですね、女性のお客様多いですね。住宅街ということもあり、主婦の方も結構きてくださってありがたいですね。ですけど、土日になるとご夫婦でのご来店も多いので、割と男性客の方も来ていただいてますよ。

―やっぱり、お若い方が多いですか?
いえ、そうでもないんですよ。結構年配の方もパスタ食べに来てくださって。でもちょっと量多いかなって・・・

 

やりたかったお店。だけど正直「勢い」もあった・・・
1年ほどたってから、じわじわ出てきたんです・・・「こわさ」っていうんでしょうか・・・不安や大変さ、そして「やりがい」

―したかったお店の実現から5年。いかがですか?
最初の頃はやっぱりすごく不安で不安で・・・
オープン直後はまだお店を知ってくれてる人も少なく、初日で4人。それが8人に・・・10人に・・・って感じで増えてきて・・・。それで一回チラシを入れたんです。その時わーっと一気に来てくださって。フロアに1名、厨房に私と計2名でやってるんで、対応できないくらいになってしまって正直大変でした。
やっぱり私も慣れてない、バイトの子も慣れてないってこともあったんだと思います。分からないまま何とかやって来たって感じですかね。

―お話しをしているととてもほんわりとした優しいイメージの岩永さんなんですが、起業のパワーはどこからですか?
いえいえ、友達にもぼーっとしてるってよくいわれるんです笑笑
お店しようと思った時は割と簡単に考えてて、オープンしてから経費のこと税金のこととか色々分かってきて、1年目くらいで、「こわっ(汗)」てなって笑
でも、自分で何かしたいっていうのは昔から思ってて、ただ漠然となんかしたいなって。で、あかんかったら、実家近いし、すぐ戻ろうって思ってました笑。借金してまでしたくないっていうのがありましたし、結構気軽な感じで始めたのは始めたんです、勢いもあって笑

―岩永さんは、何だか私が思う「理想的なお母さん」のイメージです!
優しく包み込んでくれそうな・・・。ガミガミ怒ったりしないんでしょうね笑??
いや、もう怒ってもきかないし、子供達は何でも自分でしてくれるから、逆に放ったらかしで申し訳ない感じですよ笑

いやいやいやいや・・・私なんて子供たちにたまに「鬼」て呼ばれてますから笑
余談でした笑・・・質問に戻りまして・・・

―開店から現在まで・・・乗り越えてきた壁は?
お客さんの波ってやっぱりあるんで、お客さんが減ったりすると、何か新しいこと考えたり取りいれたりってことですかね。
近所に新しいお店がオープンしたりすると、正直不安になったりしましたね。
でも、自分は、自分のできることを精一杯、自分らしく・・・と思ってやってきました。

―得たものは?
お客様とのふれあい、また来るよって言ってもらえたときの「やりがい」ですね。

―表に停まっているかわいい車。移動クレープ販売をされてるそうですが、それはいつからですか?

1年くらい前ですかね。クレープもやっぱり昔から興味があって、覚えたいなっていうのはあったんですけど、ちょっとお客さんが減ったときに何か新しいことしないといけないなっていう思いがきっかけというか、それで習いにいきまして。今となったら、自分もクレープ焼いて楽しいし、イベントなんかに出店するのもとても楽しくて大好きなんです。

―「移動クレープ販売」にしたのはなぜですか?
なんか、あのかわいい車に魅かれたというか笑 それに、イベントごとって何か楽しそうっていうのがあって笑 あんなかわいい車でイベントに参加して、クレープ売ったりしたいなってずっと思ってたんです。丁度今から一年前に初めてイベント出店させてもらったんです。吉野山でのイベントでした。

―「キッタラ号」って勝手に呼んでおりました(汗)あのかわいい販売車。正式名は?
「みずたまクレープ」です。結構横文字のオシャレな名前とか、かっこいいなとも思ったんですけど、とりあえず覚えやすい名前で、誰が見てもすぐ読めるような名前でってことで。単純なんですけどね。

―どれくらいのペースで、またどんなところに出店されてますか?
ネットで調べると移動販売募集とかあって、そういうので探して出店したりとか、あとお客さんから紹介いただいたりして出させてもらってます。
お店の営業(キッタラ)もあるのでしょっちゅうもいけないんです。
お店休んでいくことになるので、月に1~2回行けたらいいなって思っています。

クレープの方を任せる人がいてたらいいんですけど、まだそこまでは・・・
バイトの子もほぼ全部やってくれるんですけど、やっぱり、まだひとりじゃ不安っていうのもあるので、徐々にまた考えていきたいですね。慣れてもらって行ってもらえたら、幅も広がっていいんじゃないかなって思っています。

―イベントに参加していかがですか?
そうですね・・・何回かイベントなどに行かせてもらううちに、同じ移動クレープ販売の方と知り合うこともあって、コラボしようみたいなかたちで呼んでくださったりとか、どこかでイベントあるときに、うちは行けないけど、よかったら行きませんか?って声かけてくれたりとかもあって・・・。交流やつながりができてほんとうれしいです。

―同業者同志、ライバルではなくシェアしたりコラボしたり。素敵ですね。
クレープはお店でも食べれるんですよね♪でもこのボリュームたっぷりのパスタランチの後だとさすがにクレープを頼まれる方はいないのでは?
いますいます笑!ランチが終わってお話が弾んで何時間も経つと、ちょっとお腹減ってくるんですよね笑 その時ご注文いただいてます。11時から17時までやってるので、時間を気にせず楽しんでいただけます。

スイーツは別腹ですしね笑。

―定休日に「ハーバリウム教室」というのをされてるとか・・・?
あれは、私がたまたま友達に誘ってもらって習いに行ったのがきっかけで。1回体験で行ったのが楽しくて・・・先生が4人集めたらお店に来てくれるって言ってくれたんです。お客さんの中にもしてみたいっていう方がいらして、4人集まったんで来てもらったんです。またしたいなって思っています。

 

―定休日は何されてますか?
ゆっくりしてる時もあるし、友達と遊びに行ったりですね。
まぁ、仕事の買い物と兼ねてってこともありますけどね。

やってみたいと思ったら即実行 あかんかったら即中止
家族はいつもヒヤヒヤです笑

―開店から、今までのお話しを伺った中で、なかなかしたいことを行動にうつすっていうのは難しいかと思う反面、岩永さんはすぐ行動されるってすごいですね。思いつき、インスピレーションのようなものあるんですか?
あぁありますね、これやってみよう!っていう思いつきが。で、思いついたらすぐ行動にうつすみたいなとこ。やらないと気が済まないたち。その分失敗も多いんですけど笑笑 で、あかんかったらすぐやめるみたいな笑 あとさき考えないんですよね・・・

―でもやっぱりそんな感じに見えない・です・・笑
ぼーっとしてるってよく言われるんで笑
―いえいえ、やんわり、ふんわりした雰囲気で、私には絶対持ち合わせてないところです笑 うちの子供達が私に求めてる部分です笑  
もうほんとやらんと気が済まないタイプなんですよね。だからもう子供達はいつもひやひやっていうか。仕事辞めた時も、介護の仕事はやはり安定してましたし、それを辞めて、「辞めてん」っていったら「え!何で辞めたん!!」って。

―え?!「事後報告」ですか?
 ハイ・・・

仕事を辞めてから
「お母さん、喫茶店しよと思うねん・・・」って言ったら
「なに考えてるん!」って。「たいした経験もないのに!」って・・・笑

―まぁ、普通はそうなりますわね笑
だから自分の親にも言い出せなくてね・・・
仕事辞めてだいぶ経ってから言いましたね。

―でも正解だったという結果が今ここにありますね
まだまだ、これからです・・・

―近い将来、実現したいこと、目標などは?
とにかく店を継続すること。それが開店時からの目標でしたので。だから無理しないで、長く続けることが目標です。大きくすると、手も回らなくなる・・・だから今の状態を続けていけたらなって思ってます。

―岩永さんにとって「私にしかできないこと」または、いつもこころがけてることって何でしょうか?
例えば嫌いな具材があったら交換させてもらったり、レンジであっためてって言われたら温めたり、極力お客様に添えるように仕事をしているつもりです。それは忙しくても続けていきたいと思っています。とにかく笑顔で帰ってもらえるようにって思っています。忙しくなってくると私自身が険しい顔になってくることもあるんですけど、なるべく気持ちよく帰っていただけるように心がけたいと思っています。

―最後に
最近地域活動によんでいただいたりする機会が増えてきたんですけど、それがすごく勉強になってたくさんの地元の人たちとのつながりもできてうれしいんです。これからも、自分にできることを自分らしく、お店を続けていけたらなって思います。

chitarra~キッタラ~

住  所 五條市田園4丁目9-3
電  話 050-1319-9323
営業時間 11:00~17:00(L.O.14:00)
定休日 水曜日
駐車場

 

岩永さん、本日はありがとうございました。


スタッフHのすぽっとwrite☆

癒されました 。岩永さんから出る、何ていうんでしょう・・・優しいオーラというか、雰囲気に。なのに、すごいパワーをお持ちで・・・。
インタビューを終えたその日は・・・その日くらいは・・・私も岩永さん効果で優しい母になれそうな気がした・・・だけだったようで、ついつい出てしまう小言から、いつもの母VS娘 口げんかに 😕
きっと、そんな時「鬼の形相」になってるんでしょうね・・・
だけど、先日の(だいぶアピールした)母の日に、ドーナツを買ってきてくれた娘に、スタッフH「鬼の目にも涙」?でした。

 

第37回 カレー&パンケーキのお店 QUESERA ケセラ 澤村真美さん

 「なるようになる」・・・でもそこにあった 強い信念

第37回 カレー&パンケーキのお店 QUESERA ケセラ 澤村 真美さん

「なるようになる」・・・でもそこには強い信念があったからこそ

 

閑静な住宅街にたたずむ 『カレー&パンケーキのお店 QUESERA ケセラ』さんにお話しをお伺いしました!

 

まず、カレーとパンケーキ・・・その組み合わせが興味をひきますが、お店を開こうとしたきっかけを教えてください

きっかけというか、まあカレー屋をしてみいひん?みたいな話があったので・・。それでけっこうカレーとか好きだったし、料理とかも好きだったので、『この先こんな話ないかもしれない。子供もそろそろ手が離れてきたし、挑戦してみよう』と思いました。
声をかけて頂いた人の協力の元、今があります。

そうなんですね。

ここは元々・・・?

元々、空地でしたね。

お店を開けるために?

そうですね。
お店をするために設計しました。

 

わたしも気になっていたカレーとパンケーキについてですが・・・なぜカレーとパンケーキをしようと?

 

 

 

 

 

初めカレー屋だけでいくはずで・・・カレー1本でいこうと思ってたんですけど。でもカレーってお昼時だけしかないから、ちょっとお茶するとこもあったほうがいいかな・・・?っていうので、そっからですよね
パンケーキ・・・。ホットケーキじゃなく、ふわふわのパンケーキにしたいと思って、自分なりに勉強しました。
 

それは独学でですか?

そうです。でも最初はなかなかうまく出来なくて苦労しました。

そうなんですね。今ちょうどパンケーキブームですが、パンケーキのお客様は多いですか?

そうですね。最近パンケーキの人、多いですね。
今年の4月の末で(オープンして)丸2年になるんですけど、最初の頃はパンケーキとカレーだったら、カレーを注文する人が多かったんですけど・・・。

カレーも独学ですか?

そうですね。カレーはもうほんとにいっぱい食べ歩き行きました。
大阪のどこどこ、とか調べて行きました。ここのカレー美味しいらしい!よし行こう!って!

最初からカレーとパンケーキですよね?

最初はカレーとパンケーキだったんですけど。でもやっぱりカレーだけやったら・・・ってなってランチも作ったんですよ。

 

ランチを始めたのはいつから?

1年半くらい前かな?オープン当初はカレーとパンケーキだけやったけどオープンして2か月後くらいに始めました。

それはニーズに合わせて?

そうですね。「カレーしかないの?」って言われる事があって、カレーだけじゃダメなんかな・・・?って。

そうなんですね。メニューにランチもありますね。
「チキン南蛮」「ローストビーフ」と・・・

あともうひとつ、ランチのウリが、チキン南蛮とローストビーフとカレーをミックスした『よくばりランチ』っていうのがあって、一応まあ全部食べれるっていう・・けっこうそれが出ますね!
カレーも食べたいけど、ほかのもっていう人はそれがよくでますね。

チキン南蛮とローストビーフにしたきっかけは・・?

家でよくローストビーフを作ってたんです。チキン南蛮は、私が大好きで・・・。

流行ってますもんね!
わたしたちもローストビーフ流行りに乗って作ったりします!
まあいかに端折って出来るかに焦点合わしてますけど(笑)
今はカレーと(ランチ)同じくらい出ます?

最近はまたカレーがよくでます。

わかります!無性にカレー食べたくなる時ありますもんね!

 

 

ところで澤村さんはもともと料理が好きだったんですか?

そうですね料理はけっこう好きでしたね。

やっぱりそうなんですね

そうでしたね!BBQとかしても仕切りたいタイプ(笑)
「あーっ!これ切るから あたしがっ!」みたいな(笑)
「チョットこれやらしてっ!」って

へえ(笑)・・それは小さい頃からですか?

いやいや、わたしが料理に目覚めたのは高校生くらいからで・・。
うち自営業してたんですけど、ちょっと不景気で、両親が(お店を)新しくするのに、1年程ある会社に習いに行ってたんですよ。
で、朝8時から夜5時くらいまで大阪の方に行ってたから、朝6時位に家を出て帰ってくるの遅いしで、ごはんはあなたが作るんやでってそういう感じからです。
でも全然できなくて・・・。でも一番最初に作ったんがカレーだったんですよ。

そうなんですね。でもカレーってものすごく簡単に作れるけど、かなり奥が深いじゃないですか?

奥は深いとおもいます。
めちゃめちゃ深いですね。

だからみんな作れるけど・・ってところですよね。
でもそこがスタートやったんですよね?

そうですね。
それで毎日ごはん作るようになって・・そしたら千切りが出来なかったのが、千切りが上手くなって・・そしたらめっちゃ上手いやんっ!て自分で思うようになって。
そっからけっこう料理が・・・

・・目覚めて?

好きになっていきましたね。

女の人って、料理を割と作らないといけないじゃないですか?
そこで好きって思えるっていうか、どんどん もっともっと、ってなっていったのはもともと興味があったからですか?

あったんですかね?
おばあちゃんが、毎日料理をするようになった、くれたんが和食の本やったんですよ。

へぇ・・・その時はそしたら和食じゃなくて・・・?

和食じゃなくて、カレーとかシチューとすごく簡単なものを作っていたのが、和食の本もらってからは「へぇ、ほんだらちょっとやってみよっか!」みたいになって・・。

やっぱりスタートっていうのはそういうところから始まってるんですね。

そうですかね?
うん・・料理は好きな方だと思います!

でも料理が趣味っていう方はたくさんいらっしゃると思いますけど、なかなかお店を構えるまで、っていうところまでいく人って少ないじゃないですか?

そうですね。大変でした!(笑)だからオープンしてからも、毎日「はぁぁ」みたいな感じでしたね (笑)

ただ料理が好きで作っていればいい、という話ではなくなってきますもんね

ないですね。接客もだし・・。

経営の事もですしね?

仕入れから全部やらんなあかんし。

そうですよね

最初は、ほんとにもう買いすぎとか、作りすぎとか、全然読めなくて苦労しました。いまだに苦労してます。

でもわからないですもんね

わかんない(笑)
こんだけ出るだろうと思って仕込んだら、全然出なかったり。
ほんだら「先週こうやったから今週少ないかも」と思ってやったら
どわぁーーっ て来たりとか(笑)ほんとに未だにまだ読めないですね(笑)

未だになんですね・・・。
天候とかとか色んな条件とかあったりしますもんね

ありますね。全然全然読めないです。それだけは(笑)

 

 

店名の「QUESERA ケセラ」のお名前についてですが?

なんとかなるさ」っていう・・もうそれしかないですね(笑)
「なんとかなるだろう」って。

じゃあオープンを決めた時もそういう「なんとかなるかな・・?」っていう気持ちで?

『頑張ろう!一生懸命すればなんとかなる』って、始めましたね・・(笑)

すごいですね!!
そこで始めれる人と始めれない人との差は大きいと思いますけど・・。

やっぱり始めよう、ってゆってくれて手助けしてくれた人がいてるから、今があると思うので・・・。

その人の力で・・ですよね

そうですね。

今、オリンピックやってるじゃないですか?
それこそみんなそうやって感謝の気持ちを述べるじゃないですか。
「私ひとりじゃなくてみんなのおかげでって・・」って。

ほんまにそうですね、まさしく。

 

 

外観も店内もとても素敵ですが、こだわりについて教えていただければ・・・

落ち着いてお食事が出来るように・・・カレー屋っぽくなく(笑)

カレー屋っぽくなく・・・そうですよね!カレー屋っぽくないですもんね(笑)まずおしゃれ!ですし!!

だから初めて来るお客さんで
「へぇっ?」ってまずあのシャンデリアが一番目に付くみたいで。

あーーっ!そうですねっ!
どっちかっていうとパンケーキのお店、っていったら納得できますけど、カレー屋っていわれたら「えっ!?カレー屋なん?」ってなりますよね(笑)

なりますね(笑)

外観からそうですもんね!
でもだいぶ定着してきましたよね?

そうですね・・・まだまだですけど・・・ね。

 

接客もさっき大変とおっしゃってましたが?

ひとりでしてるんで・・・。

えっ?ひとりでされてるんですか?料理も全部ですよね?
全席入ると大変じゃないですか?

大変です。一気に席がうまると今だにあせります。

それで食券制度なんですね

そうですね。
お金触る事もいらなし、間違えることも無いじゃないですか。

なるほど

でも忙しい時は助っ人呼びます!

 

お客様はどんな方がいらっしゃいますか?

そうですね。奥様方が多いです。
パンケーキのファンの方もいてるみたいで、それもオバちゃんですね。
なんか、すごいおもしろいなって思ったのがパンケーキ出すじゃないですか。そしたら「このパンケーキにはソフトクリームがあうのよ」って言って。じゃあソフトクリームねって。3人で1つのソフトクリームを頼んで「こうやってソフトクリームをね・・・」ってアレンジしてくれて・・・(笑)
それつけたらええんかな?って(笑)

メニューでね!(笑)

「そうか・・!」っていって勉強させてもらってます!

あとは食券制度を怒られたこともありました。
「この風貌で(高級な店構えもあって)なんで食券やねん!」って
めちゃめちゃ怒られた!笑
「この制服とこの店と食券があえへんっ!」って。
でも最終的に話聞いてたら、自分の話しだして。そしたら結婚相談所のオッチャンやって「誰かおれへんか」ってパンフレット渡されて(笑)
それから2日後くらいに来て「誰かおったか?」とか言われて(笑)

(笑)良かったです上手く繋がって!

 

ところで店内はカレーのいい匂いが充満してますね。
先程カレーの食べ歩きもしたとおっしゃってましたが「めっちゃここ ものすごいおいしかったわ」っていうお店あります?

基本的に好きだなと思ったのは上等カレーかな。

あーっ!福島上等カレー!

うんうん。あそこは何回も行きました。

でも(メニュー)3つくらいですもんね!

うんそう!あこも食券やし(笑)
上等カレーは持ち帰りとかもしましたね。
あとは岸和田の方とか・・・。

「カレー」って一言でゆってもいっぱいあるじゃないですか?
幅が広いっていうか。その中でも好きなタイプのかカレーとかあります?

うーん・・好きなタイプ・・・インド風とか?
基本グリーンカレーとか好きなんですよね。

あーー!そうですよね。基本、カレーに興味ある人って絶対そっち系ですよね!

インデアンカレーって知ってます?芦屋とか長堀にありますけど、そこもおいしいですね。

カレーの食べ歩きはどれくらい行きました?

だいぶ行きましたよ。

それはオープン決まる前?

3年くらい前かな?

その元々のカレー好きから、お店をしない?ってお話があって、オープンするまでの間は、その(オープンさせる)目標は揺るがず?

一瞬揺らいだ時もありましたね(笑)
あまりにも長すぎたので、できるのかな?と(笑)

そうですよね。やっぱり不安も絶対ありますよね

一時期カレーばっかりを家で作ってた時があって。
子供に「もういいでカレー」「イヤやカレー」って(笑)
もうほんまにオープンするまでカレーばっかり作ってて。
オープンしてから(家で)カレー作れへんようになって・・・。

ちなみにカレーって、お家の定番メニューですけど、何かコツあります?隠し味でインスタントコーヒーとかチョコレートとか入れたらコク出るとか言いますけど・・・。

でもやっぱりわたしは、玉ねぎを飴色になるまで炒めたら一番おいしいかな。

あーー!やっぱりめんどくさいけどそれが一番なんですね。
でもけっこう時間かかりますね・・・。

そうそう・・。
でも、弱火で蓋してちょっと置いとくんですよ。ほっときますね。
そでも焦げるから、合い間合い間に見て・・ですね。

やっぱりそこは手間ですね・・・。
なんとか端折られんかなって・・(笑)
手間ヒマかけやんとなんとか美味しいものを・・・って(笑)

いいじゃないですか!
なんかそういうインスタントコーヒーがいいとかって入れるけど、でも一番(箱の裏に)書いてある通りに作るのが一番美味しいって・・・。

わたしも聞きました(笑)ほんまに書いてあるとおりに作ってみたらいつもなんも言わへんけど子供が「おいしい」って!(笑)やっぱりさすがルウの裏にかいてあるとおり、逆らわず、下手に入れやんほうがいいんかな・・と(笑)

最初はわかんから、ありとあらゆる物入れて、おいしなったような気するけど・・・・(笑)

結局自己満!!(笑)
元々ルウに入ってますもんね!あれが一番いい仕事しますよね!(笑)

それプラス、玉ねぎ大目に使うのもいいですよ!甘味がでて。
それとお店のカレーのウリは、柿入れてるんですよ、五條の!

柿ですか!
それはペースト?

ペーストにして。甘味がでてね・・。

よくリンゴとか擦ったりして入れる感じ・・?

そうそう。柿をねちょっとね熟さすんですよ。柿ってすぐ熟すじゃないですか?それを手でつぶす感じで・・。
それを入れるとけっこう甘味が出るんですよ。

柿を入れよう!、ってなったのは五條の特産品だから?

そうそうそう。やっぱりやるんやったら特徴あるカレーをって。
そしたら柿かーーって!その話が出たんが秋やったから、リンゴとかもカレーに入ってるし、柿も合うんじゃないかなって・・じゃあ、柿入れてみよーって。チャツネの感覚ですね。

夏場とかはどうするんですか?

秋に冷凍してます。柿農家さんに友達いてるんで。柿をたくさんもらってストックしてます。

さすが五條ならではですね!

そうですね。うちのウリですね!

 

カレーのメニューについて教えてください!

カレーは基本のカレーがあって、それにトッピングの トンカツ、チキンカツ、エビフライ、野菜、チーズ・・いろいろありますね。

揚げ物ってなったらけっこうかかりますよね。だからほんとにひとりでされてるっていうのが、ほんとにすごいなって!

皆さん急いでる方って基本あまり来られないので・・。 混んでいる時は声をかけて待って頂いたりしてますね。

カレーは何時間くらい煮込んでますか?

けっこう煮込んでますね。
最低でも丸2日くらいは煮込んでますね。

絶対火を通して煮込むのが美味しくなりますもんね!

だからお客さんで、煮込み加減で「チョット今日味ちゃうね」って言われる方もいてますね。「アッ わかりますか?」って。
同じ(材料)なんやけどやっぱり煮込めば煮込むほど・・って。
「これはこれで美味しんやけど、こないだ来た時はもうちょっとあれやったなぁ」って。

それだけ来てくれたはるって事ですもんね
カレー作りで苦労することは?

玉ねぎに時間かかるだけであとは・・。

でもカレーって失敗する事っていうか、作る工程を間違う事ないじゃないじゃないですか?それをさらに美味しく作るコツは玉ねぎということですね!

そうですね。

そういえば、わたしの友達で、外にカレーを食べに行かへんねんっていう子がいてて・・

家で作れるからって・・。
そう言う人いてますよ。私の友達にもいてます。
カレーは家で食べるものやからって。

 

カレーの本にも紹介されたんですね!!


たくさんの反響があった『究極のカレー2018 関西版』と『カレー食べ歩き 関西版』2017年6月と9月に発売♪

 

コレね関西版って書いてあるけど全国版らしく。横浜の方から問い合わせあって「横浜なんですけど・・」って。ちょっと遠くて行けないんですけどって。

こういう雑誌に掲載される事もですけど 最近はSNS等の口コミもすごいですもんね。雑誌に載せてもらえるって すごいモチベーションにもなりますよね!載ったから頑張ろうって!

そうですね!
最初載った時、他府県ナンバーの人とかきてくれはったり・・。
三重ナンバーの男性の方もいてましたね。

男性の方がひとりで入るのはちょっと照れくさいような感じの店構えですが・・・

その人はコレ(雑誌)を見てひとりで来られた方で。
台風すごかった8月くらいに来られて、朝11時くらいに来て食べて
「僕はカレーが大好きやから、今日は休みやから今から大阪にいって2件くらいカレー食べに行きます」って、そういうマニアな方居てはりますね。これの(雑誌の)裏話教えてもらったりとかもします。

そういうマニアな方に来て食べてもらえるって本望ですよね

 

 

五條についてですが・・・

元々、五條ではないので・・五條に来て7年くらいやからまだ詳しくわからなくて・・・。
私は吉野町なんですよ。ゆりやん(レトリィバァ)と一緒の所で・・・ゆりやんと一緒がうれしくて(笑)
仲良くなったお客さんに自慢したりとかして(笑)
ゆりやん知ってます?とか聞いたり(笑)

そうなんですね(笑)
でもカレーに柿を使っていらっしゃいますが、柿といえば五條ですもんね。

五條ですね。だから柿 様様ですね(笑)

柿 様様(笑)
五條市が柿の名産って知ってもらうメリットもありますしね。
それに地元の人やったら、柿使ってるっていったらちょっと安心してくれはったり・・。

そうそう。
この前も、パンケーキ食べに来てくれるオッチャンが、この雑誌見て柿使ってるって知って「柿農家やねん!オレは!こんなんしてくれたらうれしいわ!」って、喜んで帰って行ってくれました。

パンケーキには柿は?

季節のフルーツとして秋には使ってます。
五條の柿は美味しいですね!柿ってこんな美味しかったっけ・・・?って。やっぱりそれだけ手こんでるんやろなって。

 

 

これからの展望がありましたら
雑誌にも紹介されたりしましたが・・・他のイベントにも参加を・・?

おととしは青空市場に出店しました。
去年は申込みに間に合わず・・・。
テイクアウトも出来るんですけど・・・。大々的にはまだ周知をしてなくて・・。もう少し改良が出来たらな・・と。

 

 

休日と趣味について教えてもらえたら。

休日は・・・ゴロゴロしてます(笑)

でもオンとオフ大事ですもんね!趣味は?

趣味も・・・ないですね(笑)

でも言ったらカレーが趣味ですもんね。その趣味が高じて・・お店ですもんね。その自分の好きな物とか、好きな事をお店に出来るって、すごい幸せな事やと思いますけどね。

でも大変・・・(笑)

そうですね。
でも、きっとその志っていうか、自分がしたい事をできてるから
多少しんどいことでもやっぱり我慢出来たり・・。

頑張ろう!って・・・!

「美味しいって」帰ってくれるお客さんが
一番うれしいですね。「あぁよかった。 しててよかった!」って

そうですね

 

 

 

 

☆オープンテラスも解放中☆

 

これからの季節
さわやかな春風を感じながら いただくカレーはまた格別なものになりそうな予感♪

 

 

 

絶品のこだわりカレーは然ることながら、店内の雰囲気、キラキラ輝く照明と、店内の至るところに素敵な装飾品やセンスあふれる家具とテーブルセッティング。一見カレー屋さんとは思えないその店内は、店長の澤村さんの こだわり をあちらこちらに感じる事が出来ました。

 

 

QUESERA ケセラさん  本日は有難うございました!

 

 

 

 

カレー&パンケーキのお店 
QUESERA (ケセラ) 

☆住所 五條市なつみ台1丁目4

☆電話    080-1456-4478
☆営業時間  8:30~16:30
☆定休日   日曜日・不定休

☆スタッフ森子のつぶやき☆
好きなことを突き詰める・・・。
そしてやりたい事を形にする・・・それが出来る人は本当に幸せな人・・・。
「幸せ」の価値観は人それぞれ違うけど、自分が思う「幸せ」を感じて毎日を過ごす・・・。そんなあたり前に過ごす毎日がダイアモンドのようにキラキラと輝ければ・・・。(ちょっとおおげさ・・・・笑)
平昌オリンピックが閉幕し私達に感動とパワーを与えてくれた選手たち・・。でもその成功の輝きの裏には、必ず強い意志とそれを実現させる行動力が必要になる。そしてそれは自分一人では成し遂げられなかった夢・・。
オリンピックでの名場面を目の当たりにし、それを少しでも自分の力にかえれるよう努力をする・・・そう心に決めた森子!そだねー! 笑(でも決してカーリングを始めるわけではなくて・・・笑)
夢を実現させた究極のカレー・・・
みなさん・・・カレー食べたくなりましたよね!

 

 

 

第36回 酒蔵レストラン GIROCCO~ジロッコ~ 山田健二さん

「え、もうこんな時間・・・」お客様のその一言。その瞬間がたまらない

 

漠然と・・・から夢の実現。「伝えたいこと」ははっきりとあった

 

―マスターがバーテンダーを志したきっかけは?
バーテンダーを志したといいますか、学生時代、神戸での飲食店アルバイト経験がきっかけで、その世界にのめり込みまして。いい仕事やなぁ、将来こういう仕事したいなぁってただ漠然と思ったんですよね。そこで皿洗いや接客など修業をしながら、いつか、そうですね、30歳位までに独立したいなっていう思いがあって。

―もうその頃、独立、自分のお店を持ちたいっていう目標、夢があったんですねそうですね。でも独立したいって、じゃ一体何すんねん?って話なんですけど。
五條には美味しいお酒、食材がある、でもそれが根付いてないというか、浸透してないような・・・知らない人多いんじゃないかなって。もっとその魅力を伝えたい、そしてお酒を楽しみながらそれを共有できる「大人の社交場」を作りたいっていう思いがはっきりとあったんです。それで、資金の関係、人脈や、いろんな準備も考えて30歳位までに・・・って。

―そこから開店への経緯は?
神戸からたまにこっちへ帰ってきた時は、このジロッコに客として来てたんです。ある時、オーナーから「店を任せる者がいない」と、「そういえばお前、店やりたいって言うてたな・・・」ってお話しをいただきまして・・・。もうこれはチャンス、タイミングだと。
「すぐ五條に帰ってきます!」って言いました。

―地元での独立が実現したんですね。オープンはいつでしたか?当時はどんな感じでしたか?
平成18年3月11日、たまたま僕の23歳の誕生日でして。そこからスタートさせてもらいまいた。僕も修行してたとはいえ、なかなか・・・。まともにカクテルが作れるのか、ウイスキーを出せるのか、ワインのチョイスは?料理は?って、もうほんといちからですね。いちからっていうか、勉強してきたことをかみ砕きながらという感じでした。
神戸でやっていたことをそのままここでという訳ではなく、五條でさせてもらうんですから、五條を楽しんでいただきたい、そして五條のお客さんにも喜んでもらえたら、楽しんでもらえたら・・・っていうことを常に考え、試行錯誤を繰り返しながらやってきました。

―お誕生日がオープン日、一年一年、マスターと一緒に同じ記念日を迎えてきたんですね。
そうですね。前オーナーが開店祝いにと僕がリクエストしたお店の看板をプレゼントしてくれて。その看板の取り付け日がたまたま?3月11日で。縁を感じましたし、頑張れよというメッセージなのか、それとも実はオーナーの粋な計らいだったのかなと・・・。

―この素敵な酒蔵とともにジロッコという店名も受け継がれたとのことですが、店名の由来については?

現在はナイスミドルの前オーナーさん、その方の奥様の愛称だったと聞いております。奥様の旧姓が「清水様」その「清水」から「清水の次郎長」・・・の女性バージョンということでしょうか、それで「ジロッコ」と聞いております。お会いしたことはありませんが、きっと、こんな感じの奥様だったんだろうなっていうイメージはありますね。前オーナーの「俺みたいなオヤジでも、ひとりで気兼ねなく来れるようなお店を続けてほしい」という思いも一緒に店名「ジロッコ」も引き継ぎそのまま使わせていただいています。

 

僕でなくても、ここじゃなくても・・・なら意味がないんです

 

―素敵なグランドピアノですね。お花も季節感を感じさせてくれます。もしやマスターが生けて・・・ます?

ピアノは僕がお店を引き継がせてらった時から既にあって、この素敵なグランドピアノをオブジェにしとくのでは宝の持ち腐れなので、毎週土曜日ピアニストによる生演奏をしています。バーでピアノの生演奏、想像やテレビドラマではありきたりかもしれないですけど、実際そんな場所ってなかなか行けなかったりしません?だから僕は続けていきたいですね。
花は、私です・・・笑 そんな、もう・・生けるってレベルじゃないですけど笑 お花買ってきて、切って、何となくさしてるだけなんです笑 お花のパワーってすごいですし、飾ってあるとなんか嬉しくないですか?

ピアノ生演奏とか、ふわっと香る花の香り、目の前で生ハムを切り分ける・・・聴覚、嗅覚、視覚といった「五感」に訴える・・・、ここはそういう空間でありたいんです。

―これがその生ハムなんですか?スライスした状態でしかみたことないんで!

これ、原木っていうんですけど、スペイン産イベリコ豚です。豚の足そのまま塩漬けし、燻製、熟成したものです。そのまま、あるいはサラダやピザに乗せてお出ししてます。

―お酒の種類、数はどれくらいあるんですか?
ワイン、ウイスキー、リキュール、ブランデー、焼酎などなど、お店に置いてるものだけですと300本くらいですね。

例えば、ウイスキーでも「ちょっと一杯で酔わせてください」ならストレートで、「ゆっくり彼女とお話ししたい」
ではロックで。その方のシチュエーションに合わせてお出ししたり、また、リキュールとフルーツジュースを組み合わせたり・・・と、出し方、バリエーションはもう無限大ですよね。


―「大人の隠れ家」「時を忘れる空間」というコンセプト。そのイメージがぴったりですね
お酒って楽しむもの、もしくは悲しい時はその悲しさを癒してもらえるものだと思うんですね。喜びを伝えたい、悲しみを分かってほしい、友達と語り合いたいって時に、家でもない、居酒屋でもない、この「ジロッコ」を選んでくれたっていうのは、ほんとにうれしいことですし、だからこそ、その時間がお客様にとって少しでも幸せな時間であったらうれしいなっていうのはありますね。美味しいお酒を、料理を・・・そして美味しいねっていってもらえる、そして夜中12時1時、ふと一瞬我に返り、時計を見て「はっ、もうこんな時間!」って言われた時がほんとにたまらない、一番うれしい瞬間なんです。

―オープンして12年。振り返っていかがですか?
駆け出しの頃は、お客さんが好きなこと、お客さんが望まれてることを提供する・・・大事な事であり、当たり前な事ですが、そういう「一(いち)バーテンダー」でした。ですが、それは僕じゃないバーテンダーでもできること。それなら意味がないんだと。「バーテンダー山田健二」という人間を、山田健二というバーテンダーがやっている「酒蔵レストランジロッコ」というお店をどう表現していくのかということに真剣に向き合いながらやってきました。

僕を特別な存在と思っていただけることもある、僕もお客様ひとりひとりが特別な存在だと思っています。初めてのお客様でも常連さんでも、社長さんであれ、主婦の方、先生であっても、僕にぽろっと話を打ち明けてくれる、肩書を下ろして接してくれる、ここでは僕とその方との出会いや、無二の関係性を大切にしていきたいです。

 

バターは作らないです笑。募集してます・・・弟子。

 

―料理もマスターが作ってるんですか?おすすめ、自慢の一品は?
そうですね。料理の世界に仲間もいますので、食べに行ったり、電話で教えてもらったりっていう支え、あと手間と時間をかけることですかね。和風だしで煮込んだ小芋のからあげ、あとは自家配合のスパイス仕込みの大和牛ローストビーフなど、よくご注文いただいてます。

―マスターのSNSで見ましたけど、レーズンバターも作ってましたよね?バターまで手作りなんてすごい!
「バター」は作ってないない笑 「レーズン」を自分で漬けてバターと混ぜて作ってるんです笑

―ですよね・・・笑 お酒、料理、接客、マスターひとりでされてるんですか?
そうです、そうです。忙しいです、バタバタしてしまうことも・・・ですんで、
「弟子募集」してます。

―あ、HPで見ましたよ「弟子募集」って笑

みんなに突っ込まれるんです、「正社員募集」とちゃうんかいって笑
やっぱりなんかね、志して来てもらいたいっていう思いからです。

―今までに「弟子」は?
はい、僕が育てたかどうかはわからないですけどね・・・うちでバイトや弟子を経験して独立した方は何人かいます。うれしいです。

―「大会」があって賞をとられたとか?どんな大会なんですか?

全国各地で定期的に開催されるカクテルコンペなんですが、昨年度は奈良県が開催地で「奈良支部創立25周年記念ご当地カクテルコンペティション」というのがありまして。これはもう奈良県バーテンダーとしては賞をいただきにいかないとってことで、もうひとり奈良県のバーテンダーさんと一緒に出場しました。

―どんなことを競技し、審査されるのですか?
出来上がりのカクテルの味、色、デコレーションなどは当然、靴は磨かれているかなど、細部にわたる身だしなみ、ぴしっと、堂々と・・・といった表情、立ち振る舞い、プレゼンテーション、それでどれだけお客様の心をキャッチするのか、などすべてです。ずらりと並ぶ審査員の後ろにお客様、総勢500~600人の前での競技・・・。もう、その時点で堂々たる態度なんて、無理っ(笑)
でもうれしいことに、一緒に出場した彼は最優秀賞、僕は優秀賞をいただきました。

―おめでとうございます!

―FM五條に出演されてるとか?
明日、収録です、はい。家で作れる美味しいハイボールの作り方など、ミニカクテル講座っていうのをさせてもらってます。

―マスターの一日のスケジュールは?
朝10時頃起きて、そこから食事とか買い出し、昼頃店に入って仕込みですかね、ソース作ったり、氷を割ったり、で17時半オープン、平日は深夜1時までなんで、終わって帰って食事して寝るって感じですかね。
バーテンダーっていう職業、皆さんと違うところは「用事、娯楽は仕事前」ってとこです笑
例えば、こないだ新年会したんですけど、お昼12時スタートで3時解散。その後みんなそれぞれの仕事に就くって感じです。

―趣味、またはマイブームは何ですか?
趣味はドラムやってたんですけど、今はちょっとやってないですね。
マイブーム・・・ワインですかね、それ、仕事やろって言われそうですけど、ワインですね、ワイン美味しいです。あと、野球。僕、小学生の時、野球やってたんですけど、勝つ喜びっていうのを知らずに辞めてしまって・・・今、40代前半の方達が中心のチームに入れてもらってるおかげで勝つ喜びを味わわせてもらってます。

―もしバーテンダーになっていなかったらどんな職業についていたと思いますか?介護福祉士の資格を持ってるんで、その仕事についてたと思います。

 

お酒、雰囲気を邪魔しない配慮、気づき、距離感・・・腕の見せ所じゃないでしょうか

 

―なかなか、初めてだと、あるいは一人だと、何だか緊張するといいますか・・・
確かに、一歩入りづらい空間ではあると思います。僕も初めて行くお店は緊張しますし。でもね、ある意味、その緊張感というひとつの壁があるからこそ、守られてる空間でもあるんです。だからこそ、ジロッコのコンセプトが実現できるんだと思います。一歩「緊張感、敷居、壁」だと感じるものを踏み込んできてくださった方が過ごす場所とも言えますので、その分過ごしやすい空間であるといえるんではないですかね。

―何を頼んでいいのか・・・メニューを見ても分からないといいますか・・・
そうですよね、だから基本的にはメニューはあまりお出ししません。分からないまま注文してしまって、思ってた以上にきついお酒だったり、甘くて飲みやすい口当たりでも後からすごく酔いがまわったり・・・てなると、これはもう、「いい空間」を提供できてないことになるのかなって。ですので、ちょっとヒントをいただけると・・・。

―たとえばどんな・・・?
「お食事はされました?」「好きなフルーツあります?」「きつめのお酒は大丈夫ですか?」みたいな簡単なやりとりで、ご要望に合ったものをお作りします。フルーツをたくさんデコレーションしてお出しすると、今流行りのインスタ映えに笑 もちろん僕、それ狙いじゃないですよ・・・笑、でも視覚で楽しんでもらえたってことは、この時代「インスタ映え」なんですよね笑

―ただ、お酒や料理を出すのではなく、お客様の表情や要望などをくみ取り、常に気遣う、バーテンダーはそういうお仕事なんですね。
そこが腕の見せ所だと思うんです。「マスターおかわり」って言われても、実は同じものは作らないです。「おかわり」の時の様子、雰囲気、あ、だいぶ、きてますね・・・とか、そんな時、ちょっと薄めに、あるいはレモンピールを沈めて・・・もちろんお酒を邪魔しない程度に。それだけでものすごく飲みやすくなるんです、そうすることで「何か今日気分ええわぁ」って。心地よく杯数が進むっていうのかな。ずっと同じものを出し続けると、酔いが進み過ぎたり、「しんどいなぁ」ってなることあるんです。その辺の配慮がこの仕事の腕の見せ所。まだまだ、僕もできた部類ではないですが・・・。

僕が、ジロッコが、架け橋になれたら

―バーテンダーをやっていてよかったとおもえることは?

たくさんあります。例えば、マスター彼女でけへんわ・・・て言ってた彼。次来てくれたときは彼女と一緒でした。「よかった」とか。バイトしてた子が就職して同僚と飲みにきてくれた、独立して報告にきてくれた「嬉しい」とか・・・他にもいろいろ・・・。

あとは、何と言っても人とのつながりですね。SNSで、今どこで誰が何をしているのかが瞬時にわかる時代ですけど、それがそんなに普及していなかった頃から、ここには人と人の繋がりで、情報が入ってきていましたね。あの子、どうしてる?あ、結婚して今横浜にいるよ、とか人と人とを繋ぐ役目、雰囲気作りみたいな存在になれてる?なれてたら?て感じる時、あ、この仕事していてよかったなって思いますね。

―今後チャレンジしてみたいこと、また夢は?
してみたいというより、しなければいけないことなんですが・・・カクテルコンペ出場ですね。どんどんチャレンジし続けてしっかりと結果残していろんなセンスを磨いていきたいです。それからソムリエの資格をとりに行こうと思ってます。
夢は「弟子」ですかね。ジロッコに新しい弟子が入るってことは、それもまた、つながりです。お客様の幅も輪も広がります。賑やかっていうとイメージが違うかもしれないですけど、明るいお店になれば、そして、五條を盛り上げれたらなって。僕がいうのもエラそうですけど、それが夢ですね。

―「五條」でお仕事をされてて思うことは?
個々でジロッコを楽しみにきてくれてても結局ひとつの輪になってるってこと、たまにあるんです。もちろん、ひとりを楽しんでおられるお客様がいらっしゃるときは別ですけど。人口は減ってきてますけどその分、密になれるっていうのも五條の温かさかなと思います。

―マスター、たくさんのお話、ありがとうございました。

酒蔵レストランGIROCCO~ジロッコ~
住  所 五條市本町2丁目2-2
電  話 0747-23-2605
営業時間 月~木(17:30~翌1:00まで)LO 0:30
金~土(17:30~翌2:00まで)LO 1:30
定休日 日曜・第4月曜
駐車場

 

 

 


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

インタビュー後半は、インタビュアーというより、ひとりでさらっとジロッコにお酒を飲みに来るような女性に憧れるあまり「私でも来れますか・・・」「バーでこれはやっちゃダメなこととかあります?」などと・・・。後半は「こんな私でもね、ひとりでお酒を飲みたくなるって時あるんですよ・・・」と、質問攻めから弱音に・・・。
でも、やっぱり、マスターは、快く答えてくれましたよ!会話や動作、気遣い・・・どれも、心地良く、さりげなく・・・スマートにこなすマスター、素敵でした!!

マスター、絶対、バターも作れますよ♪

 

 

 

第34回 柿の葉すし本舗たなか五條本店 店長 北川美香さん

この仕事だからこそ経験できたお客さまとの出会いやご縁。その喜びを胸にこれからも「柿の葉すし」を皆様に・・・

柿の葉すし本舗たなかに入社されて25年
五條本店店長 北川美香さんにお話しを聞かせていただきました。

―柿の葉すし本舗たなかの歴史について聞かせてください。

明治時代後期だそうですが、当時、職人を多く抱えていた大工棟梁の田中徳松さん(現相談役田中修二さんの祖父)の奥さんが、職人さん達の日々の食事をまかなっていたことが講じて五条駅前で食堂をしていたそうです。そこで夏場だけ出していた「柿の葉すし」が当社の「柿の葉すし」の始まりだそうです。

―なぜ夏場だけなんですか?

柿の葉は夏にしかとれませんので、もともと夏限定の食べ物だったんです。

あ、そうですよね・・・今では年中いつでも食べれますので気づきませんでした・・・

そうですね、年中食べていただけますね・・・。
後にその食堂を現相談役が引き継ぎまして、奥さん(タカさん)が作る柿の葉すしが地元の名物となったそうです。遠方からのお客様も増えたことから、柿の葉すしだけを売ってはどうかということになりまして・・・。ですが、夏場だけしか作れないというのでは商売になりません。そこで、柿の葉を塩漬け保存すること、おすしの量産化も実現しまして、昭和48年当社が設立されたということです。

―百貨店でも売り場を見かけますが、現在店舗数は?

現在直営店としては32店舗です。昔はわざわざ遠方から五條までお越しいただいておりましたが、現在は市外、県外各地でお買い上げいただけます。お店は関西中心ですが、東京の方にもございます。また、百貨店内期間限定の催事販売などは全国各地でさせてもらっています。

―社名の前に「献上」とありますが・・・

昭和54年に昭和天皇、皇后両陛下が奈良県にいらした折、中宮寺門跡様より当社の柿の葉すしを献上させていただきました。

―「たなかの柿の葉すし」のこだわりとは?

すし飯、鯖、柿の葉・・・それぞれの素材すべてにこだわりはもちろんありますが、お米に関しては滋賀県の「日本晴」という品種を使っています。柿の葉すしは重石をかけて作るので、その重石で味が決まるというくらい「押す」というところに大きな意味をもっています。

 

そういえば昔、祖母が柿の葉すしを作っていたとき、大きな石を上に乗せていました!

柿の葉すしは握りが特徴の江戸前のおすしとは違って魚の旨味がしみ込んだ「ごはんを味わうすし」なんです。重石をすることで余分な空気を抜いて発酵を促し、鯖や鮭のうまみ、くるんだ葉っぱの香りをごはんに閉じ込めるんです。というところから、その押しに強いなど総合的なバランスの良さから「日本晴」という品種にこだわっています。

 

―では、あらためてなんですが、「柿の葉すし」についてきかせてください。

関西の人はだいたいご存じいただいてますが、関東の方では知らない方も多く、葉っぱごと召し上がられたりってこともあるんです。

「地域のお土産品」として先に浸透したこともあって、それ以外の部分でまだまだ知らない方が多いので、「柿の葉すし」の特徴・・・「熟成、日持ち」することや、また、既にご存じの方には新たな楽しみ方の提案をしていきたいです。柿の葉すしはシンプルですが、多様性がありますので、いろんな特徴を生かしたご提案をさせていただいてます。

―例えばどんな特徴、提案でしょうか?

季節毎、シーン毎の「柿の葉すしの愉しみ方」としてご紹介しています。
春はお花見、夏はアウトドアなど、屋外でもお箸やお皿を使うことなく召しがっていただける「手軽さ」ですとか、夏の食卓にさっぱりとしたそうめんと柿の葉すしという地元の食べ方の「慣わし、定番」。ハロウィンやクリスマスなどのパーティーメニューに、お鍋を囲む席でのサイドメニューに「プラス柿の葉すし」。特別なシーンでも日常でも、幅広い場面、年齢層に使っていただけるようにアピールしています。

―お聞きするとほんとに多種多様ですね。夏の定番、そうめん+柿の葉すしは我が家もします。

 あとこれは裏メニューですが、寒い時季、冷えて固くなってしまった柿の葉すしをオーブントースターで葉っぱごとじっくり焼いてみてください。ご飯はふっくら、鯖の脂が溶け出して「炙り柿の葉すし」を楽しんでいただけます。

おすしを温める?温かいおすし?・・・初めてです!

そうですよね・・・以前に「秘密のケンミンSHOW」という番組で、柿の葉すしが紹介されたんですが、番組内で「炙り柿の葉すし」を食べたタレントさんの中には、炙った方が美味しいという方もいたんです。

あ、でもいいかもしれないですね!?やってみたいです!

ぜひぜひ! オーブントースターで5分くらいです。鯖がおすすめです!

―季節限定商品があるそうですが、今でしたらどんなものがあるのでしょうか?

今の季節でしたら「さんまの柿の葉すし」ですね。先月でしたら「ウナギ」、他にも「しぐれ巻き」ですとか、季節によって違ったお味のおすしをお勧めしています。

 

 

―次に店舗についてですが、こちらは「五條本店」ということですが・・・

はい。普段は他市、他県で購入されているお客様も、五條に来られた時には「本店」があるということで立ち寄ってくださいますし、地元の方もたくさんお越しくださいます。お越しいただいたお客様をがっかりさせることのないよう、本店独自のおもてなしとサービスでお迎えし、また来ていただけるお店づくりをしています。

―例えばどういったことをされていますか?

玄関横にあります大ショーウィンドウはお店の特徴のひとつです。四季を感じていただけるようなディスプレイをしています。また、古い街並みが残る新町通りを散策されるお客様や、地元の方のちょっとした休憩にもご利用いただける様、イートインスペースで柿の葉すしおひとつから食べていただけるような小皿メニューを、ほうじ茶と一緒にご用意しています。柿の葉すし以外にも奈良の名産品や、目の前にあります天誅組にちなんで、縁のお酒なども置いています。

←年に約10回は変更するという大ショーウインドウは車で通りかかるときにも目に入ります。
季節を感じる大迫力のディスプレイ。次はいつごろ、どんな風に変わるのでしょうか♪

 

 

 

―たなかさんの他店には行ったことあるのですが、こちらの本店・・・実は今日初めてなんです。。何となく敷居が高い感じがしてしまって・・・

そういうイメージをお持ちの方もいらっしゃると思います。ですので、もっと身近な存在、気軽にご来店いただける店づくりは課題のひとつですね。今年、オープンした香芝店は、柿の葉カフェやフリースペースでの月いちイベント企画もあり若い世代のご来店も多いんです。小さな子供さんが自転車で柿の葉すし2個買いにきてくれたり・・・ってこともあるようです。そんな感じできてもらえたらうれしいですね。こちら五條本店でもおひとつから買っていただけますのでぜひ・・・笑

―「柿の葉すし手作り講習会」もされてるそうですね。

 はい。親子での参加、地元の方、他府県の方、何度も参加される方もいらして、大変人気です。「体験」て記憶や思い出に残りますよね。作り方を覚えてもらって家庭でも作ってもらいたいですし、大人になった時思い出してもらったりして「柿の葉すし」がより多くの方に、そして次世代へと繋がっていってもらえたらうれしいなと思います。
他にもハロウィンやクリスマスなどに向けて「簡単レシピで作る料理と柿の葉すしでテーブルコーディネート講座」、母の日であれば「フラワーアレンジメントと柿の葉すしプレゼント」等々、他の接点から柿の葉すしを知っていただく「きっかけ作り」となるイベントを企画開催しています。ぜひ参加してみてください。

―給食に「柿の葉すし」が出るって子供から聞きました。

そうなんです。子供が給食で食べて美味しかった・・・と言ってお母さんが買いにきてくださいます。初めて食べる子もいるかもしれないですし、知っているけど普段は食べないのかもしれないですね。それでも、給食に出ると抵抗なく食べてくれたり、あと、海外のお客様もこちらが思っているほど抵抗なく食べてくれます。ですので、地元も含めてまだまだいろんなアピールの要素、余地はあるんじゃないかと思っています。

―25年間を振り返っていかがですか?

過ぎてしまうとあっという間ですね・・・。私自身その間結婚、出産、産休も取らせていただきました。当時の社長(現会長)や上司、そして現社長も女性ということもあり、すぐ近くでお手本となる存在や励ましがありました。「女性が働きやすい職場づくり」をしていただいたおかげで、子供が小さく家庭と仕事の両立が難しい時も乗り越えることができましたし、こんなに長く働かせてもらえてるんだなと思っています。

―印象に残っている出来事などありますか?

いろいろありますけど、今までたくさんのお客様と接し、いろんなお話しを聞かせていただきました。お客様でお花の先生をされてる方がいらして、話を興味深く聞かせていただくうちに習いに行くことになって・・・。その時学んだお花が、今ここでお花を生けたりするのに役立っています。お客様とのたくさんの出会いやご縁は大切な宝物ですね。

―お仕事をしていてやりがいを感じるのは、また今後の課題は?

やりがいはやはり美味しかったよ・・・と言ってもらったとき、ありがとう、また来るよ・・・と喜んでお帰りいただいたときですね。 おすしは工場の方で心を込めてお作りしています。私達はそれに付加価値といいますか、笑顔やサービス、感謝を込めて販売致します。出会いやご縁がたくさんあるのは接客という仕事ならではですから。
課題としては、先ほどからもありましたようにもっと柿の葉すしを知っていただくためのアピール、店づくりですね。そしていろんなご意見に対して店長としてお応えできるよう、まだまだ勉強していくことですね。意見をいただけるということはありがたいこと。日々感謝の気持ちを忘れずこれからも「柿の葉すし本舗たなか」でお客様をお待ち致しております。

 

北川店長、本日はありがとうございました。

柿の葉すし本舗たなかさんのHPはこちらから

柿の葉すし本舗たなか五條本店

住  所 五條市新町1-1-5
電  話 0747-25-1010
営業時間 AM7:30~PM7:30
駐車場  有

 

 

 


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

取材日前夜、給食に「柿の葉すし」が出ていることを娘から初めて聞きました。献立表には割と目を通していたつもりでしたが、そのことは知りませんでした・・・。
娘は数年前に小学校の授業で、柿の葉すしについて学んだり見学をさせてもらったことから、なぜ、柿の葉すしは柿の葉に包まれているのか・・・などひと通りの説明と取材頑張ってきぃやと励ましてくれました。
25年間という長い間、頑張ってこられた北川店長を見習って、私もまたたくさんの方と仕事や取材を通じて出会い、頑張っていけたらと思います。

第32回 柿の葉ずしヤマト 代表取締役 宮倉靖幸さん

次世代にいいかたちでのこしていきたい「柿の葉寿司」
ヤマトの個性とポジションを生み出しながら・・・

―まずは柿の葉ずしヤマトさんの歴史についてですが、創業されたのはいつですか?

昭和44年に、私の父が給食専門店「ヤマト給食」として創業しました。

―創業の経緯について聞かせていただけますか?

父の実家は大阪で、今でいうアパレル・・・婦人服や子供服、靴下など下着類、学校の制服などを扱う衣料雑貨のお店を営んでいました。そして母の実家は富貴(伊都郡)で、主に山林業を仕事とするかたわら鉄工所もやっていて、その関係のクレーン工場が黒駒(五條)にあったんです。あるとき、その工場の社員食堂をする人を探しているという話を聞いた父が、料理などしたこともないのにですよ・・・「私やります」と手をあげたんです。

そうやって工場の食堂を始めたんですが、なかなかそれだけではやっていけなくて、五條市内の会社などに給食弁当をするようになったのが「ヤマト給食」のはじまりです。

その後、仕出し料理などもやり始め、社名を「仕出し ヤマト」に変更しました。ですので、「ヤマト給食」「仕出しヤマト」の名前で今でも親しんでくださってる方がたくさんいらっしゃいます。

―では最初から柿の葉ずしヤマトさんとして創業されたのではなかったんですね。

そうなんです。じゃ、どの時点で「柿の葉寿司ヤマト」になるかって話になるんですけど・・・ 「仕出し」を生業としていた時期もそれなりにありまして、昭和50年代、全国的にお米がたくさん余り、学校給食に米飯給食を導入しようという動きがあり、五條市でもどこか請け負ってくれるところがないかという話があったんです。そこで、また父が手をあげたんです。「私、やります」と。

そして、銀行からお金を借りて、建物を建て、連続炊飯器の導入をするなどして、米飯給食を請け負ってやり始めたんですが、採算が追いつかなくなりもっと売上を増やす方法はないかということで考えたのが「柿の葉寿司」。まず「柿の葉寿司」ありきで始めたのではなく、やむにやまれず始めた「柿の葉寿司」だったんです。

―お父様はいろんなことにチャレンジされた方ですね。

父は生まれながら商売をやっている環境で育ちいろんなことに興味をもつ人でした。生まれてからずっと大阪で育ち、家族や友達などほとんどのつながりは大阪だったはずなのに、ある日突然、家を飛び出し、何も分からない五條で食堂を始めたことは大きな転機であり、それが創業のきっかけとなったんですからいろんな意味ですごいことだなと思いますね。

 

―宮倉社長ご自身は子供の頃、家の仕事をどんな風に捉えていましたか?またどんな少年だったのでしょう?

朝早くから夜遅くまで本当によく働く両親の背中を見て育ちました。お店も忙しかったですし、盛り付けをしたりエビフライを揚げたり、自然と手伝いはしていましたね。弟はだし巻き焼いてから野球の練習に行ったりしてましたしね。子供でありながら「一従業員」でしたし、「働かざる者食うべからず」といった感じでしたね。そんな中でも子供心に自分は大きくなったらお弁当屋さんするんやなって思ってました。

 

―継ぐことを本格的に意識されたのは?またその頃、他にやりたい仕事などはありましたか?

大学を卒業する頃、父に「これからどないするねん」って言われたんです。
当時私は不動産業に興味があって、その道に進みたいと言ったんです。そしたら、父は自分の進みたい道ならそないせぇと。ただ、途中で尻を割って家の仕事手伝う・・・というようなことは絶対言うなよと釘を刺されたんです。

その頃、会社としては第1号店の吉野店もあり、売上も順調にきていたころでしたので父親としては息子に継がせたい想いも強かったんじゃないでしょうか。そして、もし継ぐ気があるなら、若いうちに修行に行けというアドバイスもありました。衣料の仕事から異業種の飲食業を始めた父は、当然知識も技術もなく・・・、職人さんに教わりながら職人さんを使っていく苦労なども経験したからか、息子にはそういう思いをさせたくないと思いからの助言だったと思います。そういった父の思いも感じて、私は継ぐことを決心し、調理師の専門学校に通いながら住み込みで料理旅館で7年~8年修行しました。

 

―二代目として継がれた頃を振り返っていかがですか?

修行から帰ってきた28~29歳頃、それなりに料理の仕事もできるようになって、さぁやるぞと思うんですがなかなか事が進まない・・・。教わりながらの毎日でした。不安は当然ありましたね。自分にできるんだろうか、人を使っていくということ、経営的なこと、日々悩むことは多かったですね。そして今でも、本当にこれでいいのか、親の期待に応えられているのかなど不安がなくなることはないですよ。

 

―色々な経験の中で印象に残っていることはありますか?

新しくお店を出店したときの喜びは深く印象に残っていますね。
あと、父親とはいろんな考え方、意見を戦わせてきたというところですかね・・・

ひとつ例を言えば・・・「柿の葉ずしヤマト」という社名については大分意見を戦わせてきましたねぇ。私の意見は、なんでうち、カタカナやねんってとこなんです。和食の勉強、修業で色々見てきましたが、やっぱり、和○○、料亭○○といったお店の名前はほぼ漢字かひらがななんですよね。だから私は「柿の葉ずし 大和」もしくは「柿の葉ずし やまと」にしたかったんです。ところが、父としては「ヤマト給食」「仕出しヤマト」時代から慣れ親しんでかわいがってきてもらった「ヤマト」を変えることなどあってはならんと・・・。いやいや、何いうてんねん、これからの長い先を考えたら、今変えた方がいいと・・・。すごく意見がぶつかりましたねぇ。

 

―それで、どうなったんですか?

それで結局は「ヤマト」のままに残しておくことになったんです。そのかわり、何か風合いのあるロゴを作ろうというところで双方納得しまして、榊獏山先生にお願いして書いていただいたものをロゴとして使うことで親子間ではおさまったというところです。

 

―「夢宗庵(むそうあん)」というお店の名前はどういうところから?

その父である「宗次郎(そうじろう)」が夢だった店というところからです。

 

 

お店としての特徴は?

今日も間もなく観光バスが到着し、食事をしてくださいますが、特徴としては、柿の葉寿司の販売もそうですが、まずは食べていただく機会を設けるというコンセプトが最初からこの店にはありました。こちら方面に来られた観光客の方が、この地で、その風や空気を感じながら食べていただけたらと思っています。

あるお客様から後にご丁寧にお礼のお手紙をいただいたことがありました。自分がもしどこかの街に観光に行き食事をし、後日手紙を書くかなと考えた時、わざわざペンをとっていただいたと思うと本当に嬉しいですね。

あるいは近辺の方が食事に来られると、「元気にしてた?」「○○さん最近見かけへんけど、どないしてる?」といった会話をよく耳にします。そういった意味では地域のコミュニティ的な場所になっているなとうれしく感じます。

 

―自身の会社にはどのような良さがあると思いますか?

商品でいえば、素材にこだわっているというところですね。お米でいえば、新潟産コシヒカリを自社で精米していますし、厳選された素材、状況により変わったりはしますが、北海道産の紅鮭や国産の鯖を使ったりというところですね。

あと、社内の雰囲気としては、結構明るいですね。スタッフは物事をプラス思考に考え、明るい人が本当に多いですね。先日も全社員、パート、アルバイトで神戸に遠足に行ってきました。楽しかったですよ。

 


ユニフォーム選びは難しいんです・・・と宮倉社長。素敵なユニフォームですね。スタッフも気に入ってくれてるそうです。

―逆に課題として気づかれた点、取り組んでいる点は?

さきほどの話もありましたが、喜んでいただいたりお手紙までいただけたりする反面、お叱りのご意見もあります。そういった点をひとつひとつ改善していくことですね。

五條市というところに目を向ければ、やはり人口減という問題もあり、人口が減ればお客様も減る、となるとやはり売上の問題にもつながります。課題は山ほどありますよ。
会社としては50年近くの歴史があるとはいえ、「柿の葉寿司」としてはうちはまだまだ新参者なので、「ヤマト」としてのポジションや、個性を生み出していくことも今後の課題ですね。

 

―これからの思いを

思いとしては、次世代にいい形で柿の葉寿司を残していけたらなと思います。

五條の名物って何?って言われたとき、柿もそうですけど、やっぱり「柿の葉寿司」って出てくると思うんです。地域の食文化の代表するものなので、それを扱うメーカーとしてはいい形で残していくことが大事なことだと思っています。

 

では最後にプライベートな質問をいくつかさせていただいてもよろしいでしょうか・・・

―お休みの日は何をしていますか?
うーん、何してるかなぁ まぁいろんなことしてますけどねぇ。毎週何曜日休みって決まってないんですけど時間が空いたら、買い物に行ったり、美味しいもの食べに行ったり、まぁじっとしてることはないですね。

―最近の楽しみは?
ボートの免許取ったんですよ。だから、船に乗りに行くこと。西宮ヨットハーバーから淡路島までぐるーっと。

―ゴルフは?
ゴルフ・・・ゴルフねぇ・・・ゴルフ歴は長いんですよ、でもまぁ私ほどうまくならん人間おらんわってくらいです笑笑笑 大体は最下位をキープですね。 真剣に、まじめにやってるんですよ、私は・・・。でもね、うまくならんのです。でもゴルフ行くのは好きなんです。仲のいい友達としょうもないこと言いながらワイワイとするゴルフが好きです。

―他に趣味などは?
趣味ねぇ・・・広く浅くってタイプなんで笑
「旅行行こか?」「うん、行く行く」ゴルフもそう、誘われたら「うん、行く行く」「ご飯食べに行こか?」「うん、行く行く」どこでも行きたいし、何でもやりたいんですけど、深く求めないタイプです。

―好きなミュージシャンは?
浜田省吾の大ファンです。コンサートはチケット発売を待って申込みます。この前はひとりで鹿児島まで行ってきました。あとBIGINやサザンのコンサートも行きました。

―好きな食べ物は?
赤福 (甘いもの)

―もし魔法が使えたら?
悪用することしか思いつきません・・・笑

―誰に似ていると言われますか?
彦麻呂

本日はありがとうございました。

柿の葉ずしヤマトさんのHPはこちらから

柿の葉ずしヤマト五條本店
大和鮨 夢宗庵

住  所  五條市五條3丁目2-2
電話番号  0747-23-1955

 


営業時間

店 頭  8:00~21:00
夢宗庵 11:00~21:30(L.O.21:00)
定 休 日  年中無休
駐 車 場  有


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

五條市の観光協会会長もされているという宮倉社長。たくさんのお話と最後にはプライベートな質問にも笑顔でお答えくださいました。なかでも、浜田省吾の大ファンというところでは私も学生時代ファンクラブに入っていたこともあり、とても楽しく話を聞かせていただきました。
わたくし、いまだに毎回緊張のインタビューではありますが、お仕事の話はもちろん、知らなかった歴史や、歩み、体験談や、夢や希望の話・・・そして、趣味や特技、プライベートな話まで・・・勉強になること、驚くことなど、その都度たくさんのことを吸収させていただいております。この日は帰って、浜省、聞きました。
やっぱりよかったです!浜省!

 

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