カテゴリー:暮らし・住まい

第48回 石窯ナポリピッツァLUMBERMILL(ランバーミル)新子耕平さん 栄美さんご夫妻

一歩前へ踏み出せたこと。すべてはそこから・・・

この度、五條市住川町の木材団地で石窯ナポリピッツァのお店「LUMBERMILL」を2019年4月13日にオープンされます株式会社 玉木材の新子耕平さん、栄美さんご夫妻にお話を伺ってきました。

日々の筋トレ?と仕事終わりのお酒の美味さは人一倍

―まずは新子さんのご職業の林業についてですが、どういうお仕事をされているんですか?

(新子耕平さん 以下耕平さん)主に山へ行って木を切りそれを市場で売るっていうのが僕たちの仕事です。買ってもらった木はその後、製材所さんや建築業者さん達によって柱や梁など用途に応じて加工され使われます。そして、木を切れば当然、山に木はなくなっていきますので、植林していかないといけません。植林し、それを大きく成長させるために、草を刈ったり枝打ちしたりといった手入れ、そういったことも仕事のひとつです。

―植林してから柱などに使えるようになるまで成長するにはかなりの年月がかかりますよね?

耕平さん)そうです。野菜や米の様に春植えて秋に収穫という訳にはいかない・・・、僕達の場合はスパンがとても長いんですよね。樹齢100年の木を切れば、同じような木が育つには当然100年かかる訳ですからね。

僕が今植えている木々は自分の代では絶対切れないですし、逆に言えば僕らが今切ってる木も50年前100年前に植え、手入れしてくれた人がいたから切って出せるっていうことですからね。ありがたく思っています。

 

―山へは毎日?やはり天候によって左右されますよね?また山へ行かれると1日、作業ですか?

耕平さん)斜面での仕事、そしてチェーンソーなどを扱いますので、足元の悪い中での作業は非常に危険です。ですから、基本的に雨の日は行かないですね。
朝は8時くらいから作業始められる様に現場へ行って、暗くなる前に降りてきます。明るい間での作業ですので、「残業」はないですね。 

―ご主人の仕事を日々支えてらっしゃる奥様、毎日、お弁当を?

(奥様、新子栄美さん 以下栄美さん)
はい、山にはもちろんお店もないですから、朝起きて必ずお弁当だけは作って、あと夏場は特に水分を切らすことのない様にお茶やスポーツドリンクなどたっぷり準備します。やはり、危ない仕事なので、常に心配はしていますね。

 

―何歳頃から現場へ?また当時の思い出などありますか?

耕平さん)山へ行って「仕事の手伝い」をするようになったのは中学生の頃からですね。ま、夏休みになると、連れて行かれた・・・ていう感じですかね、その頃は。
なんせ、しんどかった・・・。車を降りてから30~40分、チェーンソー等の道具20キロ近くを担いで現場まで登ることもありますので、なんてしんどい仕事やろう・・・とは思ってましたね。杉の皮むき(杉皮は屋根下に敷いたりして使われる)とそれを運ぶ作業、これはもうかなりのもんでしたね。夏だと1日4キロくらいは普通に体重が減りますから。担いで降りてはまた登るの繰り返しで、真夏はもうほぼ熱中症ですよ。

―その当時山へ行きたくないとか、またその後辞めたいとか思ったことは?

耕平さん)うーん・・・どこかで、山の仕事なんだし、そんなもんだろうと思う気持ちがあったんでしょうか、辞めたいとは思わなかったですね・・・何故でしょうね・・・。

そうそう、ある時、これを筋トレやと思ったらえぇかなと、しんどいしんどいって思い始めたらほんまにしんどくなるんで、筋トレと思うか、20歳超えてからは、帰ってからのお酒が人一倍美味しく飲めるなっていう風に切り替えていこうと思ってやってましたね。ま、そう言い聞かせてたんでしょうね、自分に(笑)

 

―仕事をする中で、やりがいを感じるときはどんなときですか?

耕平さん)切った木が価格に反映するとやっぱり嬉しいですね。
傷を付けずにうまく切る・・・。200年製とか、過去に390年製の木を切ったことがあるんです。そのときはやっぱり緊張しますし、上手に切れたときは嬉しいし、達成感があります。 木を切る時にはどこに倒してもいいという訳ではなく、必ず倒す方向を決めます。決めないとダメなんです。これがあそこに倒れるから、それに対しどこにいれば安全かを見極め、狙ったスポット向けて倒すんです。斜面での仕事ですし、重心などの把握はもちろんケガだけはしないように気をつけないといけないんです。

 

将来なりたかったものにもうすぐなれる・・・もうなれた・・・?

―家業を継ぐことに対しての迷いや他になりたかった職業があったりとか?

耕平さん)僕は長男で、妹がいるんですけど、好きなことしてえぇよって育ててもらっても結局はそういう訳にはいかんっていうか・・・継がなあかんもんやと思ってましたね。祖父から父へ、そして従業員さん達もいてくれてる・・・。そこで僕はこの仕事したくないのでやりません、じゃ、責任感なさすぎるなと。
小さい頃から父と従業員の方達の姿をずっと見て育ってきましたので。
長男だからという理由はもちろんありますけど、継ぐのが当たり前、そういうもんだと思ってましたし、かといってやらされてるとか、嫌々やってるってことは全くないですね。

―林業をされてきた新子さんがこの度、ピザのお店「ランバーミル」を始めるということですが、どういった経緯から?また店名の意味も教えてください。

耕平さん)木を植えてから30年後、50年後、70年後にならないと価値が出ないって状況が続く中で、材木だけでは正直厳しい、他にも何かやっていかないと・・・何かできないかと考えてきた中のひとつが「きこりが作るナポリのピッツァ」です。
ランバーミルは、ランバー(木材)をミルする(ひく)要するに「製材所」という意味です。

―なぜピザを?

栄美さん)元々夫婦でピッツァが好きっていうのはあったんですけど、「製材所の敷地内にあるピッツェリア」という、木、製材所、ピッツァの組み合わせのめずらしさ、あと窯に入れる薪なども製材所だからすぐに補給できるといったいろんな意味での「融合」みたいな、何かおもしろいお店ができるんじゃないかなと思ったんです。

耕平さん)そう、基本的にはピッツァが好きだから・・・ですけどね。美味しいピッツァを食べたいけどなかなか近くに美味しいお店がない、でも食べたい・・・じゃ、自分達でできないかな・・・、やってみようか・・・ということで。話を聞いた永井製材さんがこの製材所で場所を貸してくれるってことになったんです。

―奥様は飲食関係のお仕事をされてたとか?それでピザを焼かれるということでしょうか?

栄美さん)はい、昔アルバイトをしていた時代からずっと飲食業に携わってまして、カフェでも働いていました。飲食、そして接客を通してお客様と触れ合える空間というのがとても好きなんです。ピッツァは主人が焼いて、私は接客と調理補助です。

―えっ!ご主人が!?
耕平さん)僕が作って焼きます。

―では、ご主人、ピザ作りを習いに?
耕平さん)ええ、そりゃもう、イタリアには毎年・・・笑笑 ていうのは冗談で、イタリアで修行してきた方に教えていただいたりしてます。1年以上前から生地作りの練習を始めて、友達がイタリアから取り寄せた窯で焼くピッツァの移動販売をやってるんです。それで生地を作ってはその友人のところへ持っていって焼いてもらったりしました。

―ピザの生地を?イタリア製の窯で?
耕平さん)僕らがやりたいのは「ピザ」じゃなくて「ピッツァ」なんです。

―「ピッツァ」ですね! すみません笑 ここからはピッツァと・・・笑
耕平さん)ま、僕はイタリア人なので(笑)、必然的にそう発音してしまうだけで・・・笑。宅配ピザのようなアメリカのピザをやりたいわけではなくてナポリのピッツァをやりたいんです。

―ピザではなくピッツァ、そしてお店はピッツェリアですね。

そうですよ~。ま、僕はイタリア人なので意識しなくても必然的にそんな感じですけどね笑

栄美さん)笑笑、結婚してから主人の部屋掃除してたら「イタリア人になる方法」っていう本が出てきて笑 びっくりしました!笑 なんちゅう本見てるねん!って、本気なんや、この人!って笑

耕平さん)昔からイタリアが好きで。サッカーも好きですし、車なんかもイタリアのが好き・・・新婚旅行もイタリア行きましたしね。

栄美さん)その頃はピッツェリアをするとは全然思ってもみなかったですけど。

耕平さん)漠然とイタリアが好きだったんです。イタリア人に憧れてる?なりたい?というか・・・何故でしょうね~

栄美さん)こういう形でイタリア人になれるとはね~笑

一歩前へ踏み出せて本当によかった・・・

ーこれまでどんな準備を進めてこられたんですか?

耕平さん)ピッツァは窯が重要なんです。窯の温度が重要。ナポリピッツァを作るには400℃から500℃くらいの温度が必要なんです。1年くらい前、自分達で窯造りに挑戦したものの結局思い通りのものができず、かといってイタリアから取り寄せる(大体、日本のピッツェリアではイタリア製の窯を輸入して使ってるんです)とかなりの費用がかかる上に、炉床が割れるといった今後必ず起こり得る故障時の修理業者がいないんです。どうしようかと思っていた時、日本でピッツァ専門の窯を造っているというすごい方を紹介してもらえることになって・・・。

―それで窯を造ってもらえることになったんですね。

耕平さん)はい。ただ、注文して完成後納品・・・ではなく、僕は、その窯のレンガを自分自身で組んでみたかったんです。どんな風にできていくのかという工程を見たかったし、あのドーム状になってるところだけもさせてほしいとお願いし、愛知県に泊まり込みで行って教えてもらい作ってきました。 それが今ここにある窯です。僕は本当に運がよかったです。

 

 

 

 

 

栄美さん)私達だけでは到底できなかったことがたくさんありましたけど、いろんな方に助けてもらってお店ができていってるって感じです。窯造りもそう、お店のインテリア関係や、材料の仕入れ先、本当にたくさんの方とのめぐり合わせに感謝しています。

―窯、温度が重要・・・ピッツァは生地が決め手ということですか?ピッツァはチーズっていうイメージもあるんですけど・・・。
耕平さん)はい。生地が命、生地で決まります。材料は小麦粉、水、イースト菌、あと塩。基本的に使ってる材料はそれだけですけど、混ぜ方や配分、種類によって仕上がりは全然違ってきます。好きなものができるかどうか・・・。そこでもうひとつ重要なのがミキサー。これも取寄せると高額。スパイラルミキサーが多いなか、手で練ってるような動きをするダブルアームミキサーを格安で買ってきてばらし全部オーバーホールして組み上げました。 

栄美さん)生地はほんと大事ですから、こだわってます。実は私達が好きでよく食べるのがチーズ無しの、トマトソース、にんにく、オレガノのピッツァなんです。生地の美味しさがとてもよく分かるんです。美味しいですよ、ほんと。うちのお店でもメニューに取り入れます。

―いろんなピッツェリアに食べに行かれたり?

耕平さん)行きます行きます。必ずオープン前に行くか、予約して窯の前の席をとって、それでお店の人とお話ししたり教えてもらったり・・・。気さくにお話ししてくださる方が多くて、いろいろ勉強になりました。

―どんな種類のメニューをお考えですか?

耕平さん)わざわざこの五條に食べにきてもらうんですから、他のピッツェリアとは違う「らしさ」というか、やはり五條産、地元の食材を使ったものにしたいですね。地元には水、小麦粉、豚、ジビエ、野菜や果物・・・すばらしいいろんな食材がありますので食事やお酒のあてとしても楽しんでもらえる様なものを、思考錯誤を繰り返し作ってきました。そしてだいだい完成しました。

 

栄美さん)季節限定メニュー、ドリンクやトッピングで梅や柿、フルーツも取りいれたいと思っています。フルーツはピッツァと相性がいいんですよ。

 

―五條市に、そして製材所にピッツェリアができる・・・とても楽しみです。

耕平さん)ピッツァを食べに来てもらうこと、美味しかったって言ってもらうのが一番ですが、食べてすぐ帰るのではなく、敷地内には倭人の家建築のモデルハウスもありますし、木を見て触れてもらいたい、知ってもらえたらという思いがあります。他にも例えば木工教室を開いたり、家を建てる時やリフォームの参考になるようなこと、木のテーブルや椅子を見てもらう、そして買っていただくこともできる・・・理想ですけど、やりたいなって思ってることはたくさんあります。

※倭人の家建築とは

―五條市についてどんなことを感じてらっしゃいますか?

耕平さん)僕らが小さい頃は隣の橋本市より五條市の方が発展してると思っていたんですが、今は逆転。残念ながら正直どんどん寂れてきてる感じがします。
そういうのも含めて五條市に足を運んでもらえるきっかけになればと色々考えてきた中の第一弾がこのピッツェリアなんです。大きく言えば人の流れも変えたいって思ってます。まだまだ第二弾、三弾、四弾・・・としていきたいです。

栄美さん)おもしろい場所・・・こだわった店とか、流行りを取り入れたり、なんか生き生きしてるのが伝わる・・・そういうお店が五條市にあったらなって常々思ってました。なので、これからお店を始めるにあたって、常に好奇心をもってアンテナをはって、若い子たちやいろんな方にきてもらえるように、そして来てもらったお客さん達からも刺激をうけたいなって思っています。

―今までの道のりを振り返っていかがですか?

耕平さん)お店をやろうと思ってから2年・・・。ずっとこの街で育ってきて材木だけを扱ってきて・・・やっぱり1歩踏み出すのは怖かったんですよね。
最初は怖くて何もできなかったんですけど、人間て前に歩こうと思ったらちょっとでも足を前に出さないと歩けないじゃないですか・・・ちょっと踏み出せばあとは惰性で動きだし歩幅も大きくなる・・・そんな感じで僕も一歩前に踏み出したことによっていろんな人とつながれたし、その後はパズルのピースがうまくはまるように物事がどんどん進んでいったり・・・本当に踏み出してよかったなって今、思っています。

栄美さん)めぐり合わせ、ご縁、つながり・・・、お店づくりが進む中で、つまづいたり、悩んだりしたときもたくさんの方に助けてもらって完成できたこと、本当にありがたいなって思います。

―これからの目標や夢は?

耕平さん)とりあえずは来年もお店があること、ですね。

栄美さん)五條で食べる場所といえば「ランバーミル」ってくらい、ここに来たら美味しいピッツァとおもしろい、楽しいことがあるって思ってもらえるお店にしたいですね。

 

本日はありがとうございました。

 

石窯ナポリピッツァ ランバーミル  

住  所 五條市住川町888-22
電  話 0747-22-1461
営業時間 11:00~18:00(火~木・日)
11:00~21:00(金・土)※
定休日 毎週月曜日・第3日曜日
駐車場
☆テイクアウトOK☆

※しばらくの間18時までの営業となっています。(2019/4/16現在)

 


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

一歩前へ踏み出すこと。

その一歩がものすごく勇気がいることだけど、踏み出さなければ始まらない。
踏み出せば、必ず経験する失敗やつまづき・・・でも踏み出したからこそ
得られる、踏み出した者しか得られないものがある。
そんなことを教えてもらった今回のインタビューでした。

 

 

 

 

 

 

第45回 岡忠商店 岡田 光宏 さん

今も先代の想いを受け継ぐ「文房具屋」さん

明治時代から続く「岡忠商店」。ひとえに文房具といえど奥深き・・・。そんな代々受け継がれた店主の想いを5代目ご主人にお伺いしました。

「岡忠」さんのお店の経緯を教えていただけますか?

ご主人)私で5代目です。

奥さん)だいたい明治3年からの創業と聞いています。

明治3年?!

ご主人)もともとは紙屋やったんです。

時代劇とかでよく見る大福帳や和帳などを作ってました。紙を仕入れ手作業で裁断し、折って、糸で綴って商品としてました。

それを何年位されていましたか?

ご主人)祖父までで父親からは文房具店になりました。

その文房具をやり始めたのはここでですか?

ご主人)以前は商励会通りにあったんです。

 

そうなんですね。昔はあの通りも人であふれてたって聞くんですけど、こちらに変わられたきっかけというのはどうしてですか?

ご主人)一番の問題は車社会になって駐車場が必要となり今の場所に移転をする事になりました。
昔は歩いてる人が多かったけど、本当に今は車移動が多いですからね。

 

 

※写真上は当時(1950年頃)商励会通りにあった時代のお店風景

※写真下は現在の商励会通りのお店跡地

それで、ここに移転されたのはいつ頃ですか?

奥さん)1990年・・平成2年です。

紙屋さんから文房具をやろうって思ったきっかけは?

ご主人)それは父親からは聞いてないですね。

奥さん)やっぱり紙から始まったんじゃないでしょうか?そこからノートとかに繋がってると思います。

ご主人)戦後日本が高度成長から急に発展しだして商業形態が変わって来たと思います。売れる物の変化に合わすようになったのでは・・・。

紙だけではっていうところで文房具も・・・

ご主人)そうなったと思います。

 

 

―ところで「岡忠」さんの名前の由来は?

ご主人)名前は先祖さんに「岡田忠○」って付く人がいて、そこから付けたんです。だから名前が由来ですね。

奥さん)岡忠として始めたのは忠八、忠七さんが二人でされたみたいです。その後、2代目3代目と続いていって・・・。

お父さんが4代目で主人が5代目ですね。

明治時代からですもんね・・・

代々続いてきた文房具屋の商売の中で、ご自身も「継ぐものや」っていう意識があったのか?それとも他にやりたい事があったのか・・・いかがですか?

ご主人)やりたい事はあったけど、そっち方面の勉強があんまり得意科目ではなかったから・・・。実をいうと生物とか・・遺跡とか・・研究したい方だったんです。生き物が好きだったから。そういう方面に行きたかったけど・・・数学が苦手で諦めました。

継ごうと思ったのはおいくつの時?

ご主人)大学出てからかな?2年程サラリーマンをしてました。こういう関係の。でも、店が忙しくなり母親から戻って来て欲しいと言われ継ぐことになりました。

奥さん)その時分は結構忙しかったんです。

ご主人)始めたころとは全然ちがうんですよ。

奥さんが嫁いで来られたのはいつ頃でしょうか?

奥さん)このお店が出来た時。1990年。あちら(商励会通り)にあった時は知らなくて。ちょうど結婚が決まってからなので、引っ越しは何も手伝って無くて・・・(笑)

奥さんは地元の方・・?

奥さん)私は和歌山。

文房具屋さんに嫁いでこられて最初どうでした?

奥さん)楽しかったですよ。物珍しさもあって・・・。
最初は母親との約束で、遠くへは行かないと・・粉河くらいまでと。
それと商売屋さんには行かないと・・・いろいろ言いながら・・・。
なんだけど、御縁があってこさせてもらって。

今は本当に良かったと思ってるし、楽しいし。

お父さんもいろいろ教えてくれたし仕事も任せてくれたんで有り難かったです。

お父さん(先代)はどんな方でしたか?

ご主人)仕事人間でしたね。ほとんど休まなかったです。
正月も店開けたいって・・・。元旦くらいかな?店を閉めてたのは・・・。

奥さん)でも、ほんとは開けたいんだけど、お母さんに「一日くらいゆっくり休んだら」と言われて元旦は開けなかったんです。

本当に仕事が大好きだったのですね。ご主人はその跡を継いでその思いっていうのは?

ご主人)そこまではないですね・・。

そうなんですね。

嫁いで来られて奥さんはどうでしたか?これだけ(種類)あったら覚えるだけでも大変ですよね?

奥さん)全然知らない物じゃないから、身近に普段使ったりしている物やったから「あーこれはこんなんなんや」とか「あっ、こういうふうにいろんな種類あるんや」とか初めてそういうのも見ながら・・文房具って楽しいなって。

文房具について

その「文房具」についてですが、売れ筋とか流行りってありますよね?
たとえば画期的な文房具とか・・・。針なしのホッチキスとかは初めて見た時は衝撃でしたけど(笑)

ご主人)あー「ハリナックッス」な!あの辺も出はじめは物珍しかったけど今はあんまり・・・。今は、消せるボールペンの「フリクション」とか・・。

 

 

あっーーー!あれもすごいですよね!あれも良くでますか?

ご主人)よく出ますね。修正テープとかテープのりとかもよくでます。

・・というか
本体あって替えもってなったら、すごい種類ですよね?

そんな豊富な文房具で特に思い入れがある商品とかは・・・?

ご主人)なんやろうな・・・?

奥さん)シャチハタっていうメーカーの印鑑は朱肉がなくても
(3文判)がおせるっていう商品も画期的ですね。

文房具ってすごい進化遂げていますよね

ご主人)パソコンとインターネットが出だしてからだいぶ売れるものが変わって来て、紙以外にも記録が出来るUSBとかCD-Rとか・・いる時だけ印刷するから紙が売れなくなってきてますね。帳簿も最近は売れなくなってきたし。
最初はそういう帳簿関係の専門店みたいだったけど、だんだん変わって来てます。

でもやっぱりどうしても書く作業って必要じゃないですか?
なんぼパソコンあるからってゆっても絶対にメモとかは書きますもんね

ご主人)何かしらは書かんなあかんから・・。

書きますもんね
だからそこの原点ていうか・・「紙とペン」大事ですもんね!

新商品の仕入れとかはどんなルートで?

ご主人)発売になったらメーカーさんが持ってきてくれて、売れそうな商品を判断して仕入れます。

展示会とかは?

奥さん)今まで奈良であったけど、最近は大阪でしかないのでなかなか行けてなくて・・。だから問屋さんが見本市のデータを持ってきてくれるんです。

ご主人)昔はテレビとか情報媒体が少なかったから見に行かないと分からないから行ってたんだけど、最近はインターネットでも見れるし、わざわざ行かなくても検索できるのでそういうのが減って来ましたね。

―お店の得意先は今何軒くらい?
うちの会社もよく注文させて頂いてますけど・・。

奥さん)今は100件くらいかな?
でも大まかに大きいお得意先は10件くらいですね。

今、文房具の買う手段として、アスクルとかカワネットとかインターネットで気軽に買う方法とかありますけど・・・

奥さん)そう・・事務員さんが若くなって来てるでしょ?
そうなるとやっぱり通販で買うっていうのが多くなって・・私がお嫁に来た時から比べると、やっぱり減りました。
請求書は手書きで書いているんですけど、以前は2日ほどかけて作業してたのがもう1日あれば十分書けるっていうふうになってきました。

件数も減り、商品の数も減り・・
いまはどこでも売ってるし・・スーパーでも百均でも・・。ただ特殊な帳簿とかはいまだに買いに来てくれますが、やっぱり若い事務員さんのところはネットになっていってますね。

それでも、いまだに岡忠さんとずっとお付き合いある企業さんは有り難い・・?

そうですね。ずっとっていうところは有り難いなって思います。

 

でも実際、来て、見て、選べる、っていうのもお店構えてないとなかなかできませんもんね?

 

奥さん)まあそれもありますね。
来てみて「あっ、これこんなんのあるねんな」って・・あるけども・・。
今はあんまり特殊なのはそんなに発売しないし。

それに、今は車時代やから大阪に行ったりしたら、商品もいっぱいあるし、最先端の商品も多いし、新製品も多いし・・。

だから問屋の人が「コレ売れてます」って持って来てくれるけど「これはうちの客層じゃないかな?」ってなりますね。

ご主人)年配の方が多いからね。

そういえば、わたし事務員をやり始めたころ、キングジムの大きいファイルの開け方が全然わからなくて(笑)
押して開けるのか・・?どうやったらコレ開けれるんやろう?って(笑)苦戦したことがあります。
テプラもほんまに使い方がわからなかったです!

奥さん)テプラね!テプラはすごい!
いまだにテプラは良く売れます!
あれはキング(ジム)さんの大ヒット商品ですね!

やっぱりあるんですね、各メーカーさんでヒット商品が

ご主人)ありますね
売れたら他のメーカさんが真似して作るけど・・・。

奥さん)パイロットの「ハイテックCコレット」っていうのがあるんですけど、本体を買って芯をいろいろ入れ替えれるっていう商品なんですけど。

それがすっごく売れたんですよね。後に三菱さんが同じような物を出して「置いてほしい」と言われたけど同じ物を置くスペースもないし、どちらかが売れ残る可能性もあり、お断りした事もありましたね。

そうですね、お客さんからしたらメーカーあんまり関係ないですもんね

 

お店のこれから

―これからどのようになっていけたらと?

奥さん)ゆくゆくは、お店だけになって、細々とでも続けていければ・・・ね。

ご主人)まあ配達もなくなって、店で売れるようになってくれればと思ってます。

それもお店に来てもらって顔見ながら接客出来るっていう楽しみになるやろうし・・。

五條で文具といえば「岡忠さん」っていう・・五條市ってそういうのがあると思うんです。会社の社名入った社判とか頼むときは「岡忠さんにゆって」っていう・・。

 

奥さん)そういう風に言って下さる年代の方が段々おられなくなってきたら・・やっぱりなかなかね・・。とは思います。

わたしも小学生のころ文房具を集めたりしてましたけど、いつも友達が持ってる文房具が自分が持ってない文房具で。「どこでこうたん?」ってきいたら「岡忠やねん!」って。それで「どこ?」ってなって。

それで、岡忠に行ったんですけど、初めて行ったときの衝撃が忘れられなくてもう種類がね、いつも行ってるところよりもいっぱいあって・・・。

いつも決められなくて・・おじいちゃんに「もう決まった?」って聞かれながら・・(笑)でもそこから厳選して買ったっていう、忘れられない思い出がありますね。

奥さん)お父さんは一見怖そうに見えたけどそうじゃなくて。
未だにお父さんの思い出を語っていってくれる人もいてるので、やっぱりすごいなって思います。
ただ、商売に関しては厳しい人でした。

だんだんとネットの時代になって来た時、取引先に見積りを出して価格を決めたとき、「ネットでこれくらいやからこれくらいにならへんの?」ってお客さんに言われた事があって

でも、お父さんは長年の付き合いがあって「そんなに言ってくれるんだから」って、利益度外視でって値引きをして、その事についてお父さんと主人と私と一度だけ少し言い合いをした事もありましたね。

 

そうですね。そこのバランスは難しいですね。

奥さん)そこがやっぱり昔から店をしてきたからこそ・・・ていうので、お客さんとの「信頼関係」を大事にしてきたのだと思いますね。だから私達も出来る限りお父さんの考えを続けられたらと思っています。

 

そうなんですね。すごい勉強になりました
どっちの考えも間違ってないし、時代もあるからそういうやりかたも取り入れていかんなんし・・。

ご主人)出来る限りお客様のご要望に応える事が出来れば次回も注文してもらえる事もあるかもしれないし。

そうですね。
安いからってゆって飛びついてくるお客さんは、次安いとこ出たらすぐそっちに行かれるけど、そこを人付き合いで繋いでおいたら、また次来てくれる、っていうのもあるかもしれないですしね。

ご主人)それが難しいとこですね。

でも、このネット時代だからこそ、結局「人」と「人」っていうところですよね。

五條について、五條市の魅力とは

奥さん)自然災害が少ない。

それと娘が家を新築するにあたって、大阪とかも土地を探したけど結局こっち(五條)にたどりついたんは、交通の便以外に、子育てに適してる・・やっぱりここは良いと・・子育てしやすいから、って言ってやっぱりこっちにで探す事になって、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた所へ建てる事になりました。

だからそういう面では子育てとかには良いのかな?って思いますね。

 

ご主人)まあ平和で争い事がないですね。
住むのにはいいとこだと思う。ただ市場としてはちょっと狭い
昔ほど栄えてないし・・人口減って来てるし・・。

そうですね。
昔は吉野川で栄えた五條市やけど、なかなかそれが閉鎖的になってきて・・もしかしたらだんだん市場が狭くなってきたのかもわかりませんね。

ご主人)スーパーとかコンビニとか大型店舗とか増えてきたし、ホームセンターなんか行ったらなんでも売ってるし。そういうところに行きがちなので、そんな事もあると思います。前とは商業形態が変わってきてるなと思います。

通販でもアマゾンとか手軽に購入できるし、なかなか市内の業者に行かないようになって来てる。自分らも行かないのでボヤいても仕方ないんですがね。どうしても便利な方に行ってしまいますよね。

そうですね、便利な方にいってしまいますね

ご主人)わざわざ買いに行かなくても注文したら明日には届くし・・・。

でもこうやってお店に来させて頂いて、文房具手に取って見たら、ワクワクするし「こんなんあんねんや!」って

ご主人)たまにいますね。見るだけでも良い人も(笑)

文房具って奥が深いから見てて楽しい・・。
それこそ1個の商品に対しての枝分かれとかすごいですしね。

 

ご主人)そうですね。テレビ見てて、ドラマとか・・すぐ見てしまう・・(笑)

文房具を?

ご主人)会社の場面で、ファイルとか映ったら、「どこのメーカーやろ?」とかすぐ見てしまう(笑)

それは職業病ですね(笑)

ご主人)東京やったらここのメーカーが強いんやとか、関西であんまりでてないのにな・・とか。

着眼点がやっぱり違いますね!
私やったらそこはスルーして見てる気がします(笑)

以前、インタビューしたお店で眼鏡屋さん行ったときにお話ししてくれましたけど、やっぱりメガネばっかり気になるって。「このメガネ・・・」って(笑)

 

普段見慣れている、文房具がたくさんの店内。
しばし時間を忘れ、探索に没頭してしまいました。

 

岡忠さん!本日はありがとうございました!

 

 

 

 

事務用品・事務機械・紙製品
 ☆岡忠商店☆

 

☆住所   五條市五條2-3-16
☆電話   0747-22-2161
☆FAX  0747-22-2185
☆営業時間 8:30~18:30
☆定休日  日曜日・祝日
☆駐車場  あり

 

 

 

☆スタッフ森子のつぶやき☆
おそらく「文房具」を使ったことがない人はいてないだろう・・・。
わたしも、数々の文房具と出会い、手にしてきた。
ひとえに「文房具」とは言えど確かに奥が深い!そんな「文房具」を売り続けて100年以上・・・!
進化を遂げる「文房具」とともに、大切にしてきた「想い」。
その想いはいつまでも色褪せることなく、受け継がれていくことを願いながら・・・。

 

 

 

 

第35回 大和印刷株式会社 社長 鍵谷嘉成さん

       「誠、正直に」を信念に

ーパンフレット、チラシなどの商業印刷から、冊子、帳票まで、幅広い印刷物をご提案されている、大和印刷株式会社の代表取締役社長、鍵谷 嘉成さん。社長のキャリアはどこから始まっているのでしょうか。

大和印刷さんの創業、歴史についてお聞かせください。

私の祖父は大塔の篠原という山間深い田舎生まれで、五條の地に丁稚奉公で印刷会社に勤めていたそうです。その後、独立をして現在の工場がある場所に自宅兼会社を設けました。

その当時の印刷業は、職人さんが、油臭い匂いが漂う工場でインクまみれになりながら働いていた印象が強く、祖父から引き継いだ父親もインクで汚れた作業服で仕事をしていた姿を思い出します。そんな外見ばかりを見て育った私は、単純に絶対家業は継ぎたくないと常々思っていたんです。

では、なぜ印刷業を継ぐことになったのでしょうか?

昭和59年、私が19歳の時に、創業者であった祖父が亡くなり、その2年後に父親も病気で亡くしてしまいました。21歳大学3年生の時でした。これからどうしようか悩んでいた時、大半の親戚たちは、「今の世の中大学は卒業しておかないと!」と、このまま学校を続けることを勧められました。でも、ある人に、「1から商売を立ち上げるのは大変なこと。今、これだけのお客さんがいてくれるというのは、まったく有り難いことや!」と言われたことに、家業を継ぐ決心がついたんです。大学の単位も足りて無かったのも事実ですが…(笑)。

ーそうこうしながら、当時通っていた大学を中退し、後を継ぐことに。

家業を手伝っていた母親と一緒に、父親の初七日もそこそこに、家業を継ぐことの挨拶回りをしたことを思い出しました。もちろん、継ぐ気持ちもなかったので、「印刷」の右も左も分かっているはずがありません。ましてや、当時はパソコンなど都会では出始めの時代で、五條の地では「活版印刷」が中心で、活字を集め、それを組み合わせて印刷するというのが主流でした。その組み合わせを専門に行う職人さんもいましたが、到底私なんかの素人にすぐできることなどありえませんでした。それで思い切って自分たちもパソコンを入れて、少しでも印刷を新しい手法で取り入れていこうと考えました。

と、鍵谷社長。では、鍵谷社長の仕事に対する信念の根本はどのようなものなのでしょうか?

自分が継いで間もない頃、ある人に言われた『嘘をつくなら、全て嘘をつき通して生きていきなさい。それができないなら、誠、嘘を言わずに正直に生きていきなさい。』という言葉でした。

私自身、何処か他の場所で勤めた経験がないですし、今まで自身の思うように仕事をしてきましたので、世間の人から見れば、どこか『ゆるい』と思われる面は多々あったでしょうね。でも、私は嘘をつきながら世の中を渡っていこうと思ったことはありません。ある程度、『方便』としての嘘はありますが(笑)。ですから、お客さんに対してはもちろん、周りの誰に対してでも正直にしようってね。それが、仕事だけでなく、人生において私が大切にしていることですかね。

今でも、社長自ら印刷の作業をされるのでしょうか?

私どもは家内工業の会社ですので、誰が専門にこれをするとは限っていません。もちろん、私も作業を行っています。我々の仕事は、仕入れたものをそのままお客さんに納めるのではなく、まったくの無地のものから、加工(版下・製版・印刷・製本等)をし、納めさせていただく仕事ですので、それぞれの工程において、専門の機械が存在します。そのすべてが仕上がって製品として完成するので、製品までの納期や金額を出すのにその専門の機械を使えなくては、どれぐらいかかるのかお客さんに対してご提示できません。ですから、全ての機械は自身で使えるようにはしています。

 

※ 印刷機器の数々。ここからさまざまな印刷物が創られていきます。

 

 

 

印刷業にとっては今、難しい時代ですが、「大和印刷の強み」とは?

活版印刷が主流の頃は、印刷会社によって仕上がりにムラがあったんです。しかし、機械化が進んだ今の時代においては、どこの印刷会社も仕上がりには大差がありません。(職人が行うのではなく、機械が行う。)私どもにおいては、請け負った仕事については、外注はせず(よほど特殊なものを除いては)基本的には自分たちで賄えるようにしています。ですから、納期を早くすることはもちろん、お客さんのきめ細かい要望に応えれることができるということが強みでしょうか。

社長、本日は本当にありがとうございました。

チラシ、新聞、パンフレット… 私たちの身の回りには様々な印刷物が溢れています。しかし、現代はITの進歩により、情報はWEB全盛の時代を迎えています。そして、WEBの世界においては、ホームページはボタンひとつで簡単に情報が切り替わりますが、印刷物はそれができません。また、一度印刷した印刷物は簡単には直せません。これこそが、WEBの世界にない、印刷物の「重み」であり、鍵谷社長の「誠に正直に」という信念に通ずるところがあるところがあると感じました。私も鍵谷社長のように「誠に正直に」日々の仕事を取り組みたいとより一層感じました。

 

 

第30回 社会福祉法人 祥水園 理事長(園長兼務)塩崎万規子さん

チャレンジすることを諦めない
私の大切な人 街 祥水園のために。

―「祥水園」が開設されたのはいつですか?

(理事長(園長兼務)塩崎万規子さん 以下園長)昭和51年2月1日に特別養護老人ホームと軽費老人ホームが同時に開設されたのが始まりです。

 

―園長ご自身がこのお仕事に携わるようになった経緯について聞かせてください。

私が子育ても落ち着いてきた頃、前園長(私の主人なんですが)に、「働いてみては?これからは女性も活躍する時代だし、福祉の仕事は女性ならではの良さを活かせる仕事だからやってみてはどう?」という話を持ちかけられたんです。私自身それまで、福祉の仕事はもちろん、本格的に仕事に取り組んだという経験がありませんでしたから、私には無理かも・・・?もし無理だったらすぐ辞めよう・・・というのが当時の正直な気持ちでした。そして初めて配属されたのが軽費老人ホームでした。軽費というのは自立されているそれぞれの利用者さんの各お部屋があって、そこから買い物に出かけたり、畑に行ったりといった感じで過ごされているところです。

 

―初めての現場、お仕事、どうだったんですか?

それがね・・・のめり込んでしまったんです、この仕事に。主人も勧めてはみたが果たして3ケ月もつだろうかと内心思っていたらしいんですが(笑)
もう仕事するのが楽しくて楽しくて。知らない事、分からないことも当然ありましたので、「高齢者福祉」についてひたすら勉強し、いろんな資格をとり、そうすればそうするほど、またどんどんとのめり込んでいくといった感じでしたね。利用者さんや、そのご家族、今度新しく入所したいという方達と触れ合ううちに、より一層この世界に入ってよかったなと思う気持ちが強まっていったんです。

 

祥水園 野原西Villageについて

―本日お邪魔しましたこの祥水園野原西ビレッジは昨年度新規移転、それを機に施設規模と内容が大きく拡大され「閉ざされた老人福祉施設ではなく地域の方達に開かれた空間」だとうかがっています。その内容等について詳しく聞かせていただければと思います。

以前、京都のある老人福祉施設に研修に行かせていただいた時、衝撃を受けたんです。その施設は街の真ん中にありました。周りには住宅地や保育園があり、たくさんのボランティアが施設を訪れ、利用者さんと将棋をしたり、トランプをしたり、絵を描いたり、併設された食堂で一緒に食事もしていました。食堂は一般の方にもご利用いただけ、皆さんごく自然に食事を楽しんでおられました。何だかものすごい衝撃でしたね。

移転前の祥水園は小高い丘の上にあり、地域とは離れた場所にありました。その見学を終えてから、もしいつか自分が施設を建て替えるときにはこういう施設を、街の中に、地域に溶け込んだ施設を作りたい、地域の方達が自由に出入りできる、そして我々もそれを受け入れられる、そんな施設を作りたいとずっと思っていました。

 

―その思いが実現したんですね。

ここは旧野原小学校の跡地だったそうです。吉野川や金剛山が一望できる広い敷地を見渡して、もしこの場所で事業を展開できるのなら、いろんなことをやろうと・・・ずっと今まで私が思い続けてきたこと、こういうことをやりたい、ああいうことをああしてこうして・・・イメージが頭の中に浮かび膨らみました。ずっと思い続けてきた熱い思いに設計士さん達も賛同してくださって、利用者の方、そして地域の方々にとって快適に過ごせる、憩える空間が実現でき、とてもうれしく感謝しています。

 

―施設内はとても明るく、インテリアひとつひとつも素敵ですね。

老人福祉施設というと、イメージ的にですが、暗くて、閉鎖的で、世間とは遮断されたような・・・という印象があります。そして何かを諦める・・・そんな気持ちでここに入所される方もいます。ですが、「そうじゃない」ってことをアピールしたかったんです。壁の色や柄、カーテン、家具など、いかにも老人福祉施設というあつらえはやめたかったんです。それはこの祥水園の特徴でもあると言えますね。

 

―ではどのような施設があるのか詳しく聞かせてもらえますか?

カフェ 澪の街 

吉野川を眺められるこの場所を見た時、まずここ(川に面した場所)にカフェを作ろうと思いました。利用者さんとそのご家族、そして地域の方も憩える地域食堂、地域カフェを作りたいと思いました。今カフェはお休みしてるんですが・・・「食べ物がからだをつくる」「美味しくて健康的なものを食していただきたい」という思いから、薬膳、オーガニック、地産地消をコンセプトに管理栄養士と共にメニュー、企画を構想中です。7月のFMの開局と同時に再オープンしたいと思っています。

―澪の街というネーミングは?

カフェを始めるにあたり、バリスタの資格をとりに行ったんです。周りはほぼ若い方、立ったままの授業も多くてね・・・必死でしたよ~(笑)試験にも何とか合格できて、さぁどんな名前にしようかと・・・。
「私」。誰もがそれぞれの思いを持っている・・・私は、私が、私の・・・といったように。そこで、じゃあ「私」の大切なものって何だろうか・・・
「祥水園」その祥水園を支えてくれているのは・・・「この街」
「私の」はイタリア語でMio(ミオ) ミオか・・・うーん、ミオねぇ・・・みお・・・「澪」
「澪」を調べると運河、川の流れの路って意味があったんですよね。
川・・・「吉野川」
「澪の街!」資格をとりに通う電車の中で思いつきました。

深イイですね!すばらしいネーミングだと思います。


←吉野川と沈む夕日。ロケーションが最高です。

 

 

 

 

リラグゼーションスペースJADE  

利用者さんを始め、とにかく皆さん肩が凝ってるんですよね。何とかそれを改善、癒してあげられる空間をつくれないかと。そして女性はいくつになっても綺麗でいたいという思いをお持ちです。だからこそ美容に対しての悩みもよく耳にします。JADEは美容と健康をテーマにオイルマサージやエステで疲れや悩みを取り除き、心身共にリラックスしていただけるような空間です。


 

 

 

JADEでは、美肌エステ、オイルボディケアをはじめ
まつ毛エクステ、ネイルサロン、美容室、プライベートヨガスタジオなど、美容、健康、メンタル、トータルビューティを展開されているそうです。

 

スポーツジムMiracle 

利用者さんのリハビリとして、そして一般の方もご利用いただけます。理学療法士、スタッフが高齢者や初心者の方、それぞれの体力、ご希望に応じた筋肉トレーニングやプログラムを提案、サポートします。

 

さらに血流がよくなり、高血圧や心臓病にも効果があるといわれる炭酸浴泉もあり、特に女性の方に喜んでいただいています。現在、カフェ澪の街とのコラボ企画でデトックスコースも考案中です。他にも、ヨガ、フラダンス、子供のダンス教室などもこのミラクルが主体となってやっています。

 

 

 

 

 

 

 

託児室 楽柿(らくがき)

五條市の名産の柿と、子供達が楽しくらくがきをしているイメージを合体させてネーミングしました。
以前の施設で、小さい子供さんを持つ職員がどんどんと辞めていきました。育児休暇もありましたが、やっぱり無理・・・、託児所があったら続けられるのに・・・と言って辞めていった職員もいました。その経験から絶対作ろう!と、託児所は。
働くお母さんを応援し、雇用を生んでいくという点からも託児所はマストでした。現在、5~6人の職員のお子さんをお預かりしています。そして、JADE(マッサージ、エステ)やミラクル(スポーツジム)をご利用の会員さんの子供さんも一時預かりしていますので、子供連れでお越しいただいても安心してご利用いたけるようになっています。

 

野原ダイニング

野原ダイニングは以前からありました宅配弁当サービスの部門なんですが、以前の祥水園では特養、軽費、それぞれに厨房がありましたので、効率、リスク・・・それぞれに厨房をもつことのメリット、デメリット色々考えた末、セントラルキッチンとして、ここに集約することにしたんです。再度見直し改善したこと、新しく取り入れたサービス等、祥水園の台所としてはもちろん、地域のお弁当の台所としてお役に立てればと思っています。

―見直したところ、取り入れたサービスとは?

配食サービスとはいえ、独居老人のお宅などへの当初一日一食だった宅配に疑問を感じたんです。夜一食のみの宅配・・・。果たしてそれでいいのか・・・自分は三食食べてるじゃないか、本当に困っている人が一食でいいのか、いや違う・・・。年末年始は宅配休み?じゃ、その長い休みの間、何を食べているのだろう?年末年始だって、やっぱり三食食べるでしょう。お正月にはおせちやちょっと違ったもの食べたいじゃない?そう考えると胸がいっぱいになってしまって・・・。やろう!!と思いました。「三食、年中無休、電話1本でお届けします。」を。

そして、高齢者だけではなく、働くお母さんや、体調が悪くて今日はご飯が作れない、買い物に行けない、夏休み中の子供のお昼ご飯に、そして、企業さんの毎日のお昼ごはんにとご利用いただいています。管理栄養士と共に栄養バランスのとれたメニューを考え、薬膳や旬の食材を取り入れたお弁当は、すべての皆様に安心して食べていただけます。

私も子供が小さい時、家事に育児にクタクタになった時がありました。そんな時「そうだ!野原ダイニング!」と思いついてもらえるようになればと思っています。

←ある日のメニュー♪

園長はたくさんのメニューの中でもメンチカツが大好きということで、献立表にも「園長大好きメンチカツ」笑
その他にも、「フレッシュマンを応援!たけのこご飯」

「俺の愛した豚カツ」「孤独のグルメ黒炒飯」等々、ユニークなネーミングが(笑)メニューを見て、「俺の・・・豚カツ」って、どんな豚カツですか?と問い合わせがあったとか・・・
私も気になります、「俺の愛した豚カツ」 愛された豚カツを食べてみたいですね♪

 

―すべての施設が母体である老人福祉施設とうまくマッチしていますね。

そうですね、やはり、方向性が全く違うものを目指しても仕方がないですよね。主軸である老人福祉施設とうまく融合できるものを作り、我々の方からお越しくださいという声をあげられる施設を作りたかったんです。皆さん、とても楽しんでくださり、ここで一日居られるとおっしゃってくださったご家族さんもいました。今までは面会に来られてもどこか気忙しく帰っていかれた様子もありました。ゆっくりしてもらうスペース、居場所がなかったからかもしれません。ですが、今では家族さんの面会が非常に多くなりました。本当に良かったと思っています。

 

FM五條 

FM五條は、まず第一に防災情報、そして県政、市政だよりやイベント、ニュース、福祉、医療、健康、学校、施設、企業、他にも音楽や体操など、奈良県や和歌山県のラジオ局さんと連携をとりながら、たくさんの情報をお伝えしていきます。

現在、取材に出かけたり、ゲストをお招きしたりして、収録をしています。周波数は78MHz 7月8日開局します。

―なぜFMを?

台風により五條市にも甚大な被害をもたらした平成23年の紀伊半島大水害。その時、祥水園は何もできなかったんです。社会福祉法人 祥水園として、五條市の皆様に大切にしてもらってきたのに、何もできなかったんです。あの時、施設は今にも窓が割れそうなほどの強風と、ひどい雨漏り・・・。二次災害の恐れもあることから、とても避難してきてもらえる状態ではありませんでした。その時の体験から思ったこと気づいたことがずっと胸にありました。だから、防災情報を流せる局としてスペースだけはとっておきたかったんです。もし私の代で実現しなくても、その意志を引き継いでやってもらえる時の為にと。それが、市制60周年という記念の年に、開局できることになりました。 過疎化、少子化、人口減といった暗いニュースを耳にしますが、歴史あるこの五條市で、がんばっている人たち、企業さん、元気な子供達の声を電波にのせてお届けし、五條を元気にしたいんです。

 

―ひとつひとつに園長の思いのつまった祥水園であることが、とてもよくわかりました。最後にこれからの思いなどをお聞かせください。

チャレンジすることを忘れず生きていきたいんです。 前園長は主人であり、私にこの仕事をいちから教えてくれた師でもありました。56歳でこの世を去って、私にはいつもそばで教えてくれ、相談できた人はいなくなりました。でも、だからといって下を向いているのではなく、何かを始めようとか、問題にぶつかった時や、決断する時、常にもう一人の自分に問いかけるようにしています。「本当にそれでいいの?私」と。そうすることで、気づかなかったことや、アイデア、違った考え方に気づくこともあります。

生きたかったのに生きれなかった主人。でも私は生きているじゃないかと。その根本を忘れず、いろんなことにチャレンジし続け、この祥水園と共に歩んでいきたいと思っています。

園長、本日はありがとうございました。

社会福祉法人 祥水園のHPはこちら

 

社会福祉法人 祥水園 野原西Village

住所 五條市野原西3丁目3番41号
電話 0747-23-0615(代表)

 

 

 

 


スタッフHのすぽっとwrite☆

「チャレンジすることを忘れない」その言葉がとても印象的でした。バリスタの資格の他にも、JADEを担当されているお嬢様と一緒にオイルマッサージの資格も取りに行ったそうです。そして、お二人ともX-JAPANのYOSHIKIの大ファンだそうで!彼に対する熱い思いも最後には聞かせていただきました♪
JADE、Miracleも実はYOSHIKIの楽曲にあるそうで、そこからネーミングしたそうです。FM五條の周波数78MHz。沖縄の那覇と千葉のFMも78MHzだそうです。
千葉といえば、YOSHIKIの出身地だそうで、そんな繋がりをたどって、いつかYOSHIKIが五條に来てくれないかと夢を語られ、お話をきいているうちに、何だか、その夢も実現するんじゃないかと、そんなパワーも感じさせてくれる園長でした。

 

第28回 雑貨&ウェア アップルハウス 北谷 和江さん

雑貨との出会い、人との出会い、すべてはこのログハウスから

Q.「アップルハウス」さんのオープンは?

平成4年12月です。


Q.雑貨屋さんを始めた経緯を聞かせてください

主人が「ログハウス」が好きで、どうしても自分で建ててみたいと言いまして、それでこのログハウスを建てたんです。そこから、じゃあ、何かお店をしたいなということで。最初頭にあったのは服屋さんだったんですけど、その当時来ていただいてた東京のメーカーさんが五條市内をずっと見渡して、洋服だけじゃなく、雑貨を置いた方がいいと。そしたら雑貨の方が増えてきて(笑)今にいたるという訳です。

Q.このログハウスはご主人が建てられたんですか?!

はい。元々主人は土木建築業の仕事をしてまして、一時期ミニログの販売をしたりしてたんですけど、自分で建てたいという思いから、材料をフィンランドから取り寄せ、ここを建てたんです。

Q.フィンランドから材料を?!

ログハウスを建てるには木を加工しないとだめなんです。そうすると加工代や色々とかかってくるんですよね。ですが、向こうだと、それ用に加工した状態で送ってきてくれるんです。だから、材料が到着するとすぐに組み立てられるんです。だから、今日は3段、次の日も3段と積み上げて1ケ月ほどで完成したんじゃないかな。材料が届くまでは時間がかかりましたけどね(笑)木の香りや温もり、それにとても丈夫で、地震に強いというのも実感しました。

Q.奥さんは雑貨や、洋服関係のお仕事の経験が?

全然。全くです。何も分からずに飛び込んだようなものです。昔は保険会社の事務をしてました。でも、雑貨は好きでしたね。

 

 

 

Q.では分からないところからのスタート・・・。開店の準備、そしてオープン、どんな感じでしたか?

もう訳が分からないまま突っ走ったような感じで(笑)素人が始めたようなもんですから、最初はもうとりあえず雑貨ブック、カタログなんかを見て人気のありそうなメーカーさんに片っ端から電話して取引させてください・・・って感じでしたね。

Q.今は厳選された雑貨をとりそろえておられて、ファンの方も多いのではないですか?

ありがとうございます。お店を始めてから今までの積み重ねでいろいろ勉強になりました。20年ほど前、カントリーのブームがあったんです。最近ではナチュラル系などの雑貨、インテリアが人気ですが、やはりカントリーも根強く人気です。今、雑貨屋さん自体、少なくなってきてるということもあり、遠方からもご来店くださいます。フレンチ雑貨がお好きな方や、アメリカン雑貨は男性の方に人気ですね。

店内には素敵な雑貨や食器類がたくさん♪
こちらは「アントステラ」
「アントステラ」の雑貨やソファはテレビドラマのセットなどにもよく登場するそうです。↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

 

 

 

 

フレンチカントリーで人気のマニーローズ ステンシル調のバラの絵柄が特徴的で素敵ですね。↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓


 

 

 

 


 

 

 

 

 

←私も持ってますブレッドケース。たくさんの種類がありました。

 

 

 

←タオルや手ぬぐいもたくさん。これからの季節に、または贈り物にも喜ばれそうですね。↓

 

 

 

 

 

 

 

Q.アップルハウスという店名は?

一番最初に扱っていた洋服のメーカー名が「アップルハウス」だったんです。それにこの建物の木の雰囲気とアップルハウスという名前がマッチしているようにも思ったんです。

 

 

 

 

Q.お客様はやはり女性の方が多いですか?

そうですね。そして、年齢層も幅広いですね。20代の方から、60代、70代の方までお越しいただいてます。 洋服の価格も幅広く千円代のものもあれば2万円前後のものまであり、日本製のものは展示会やメーカーで仕入れ、それ以外のものは、問屋で仕入れるんですが、基本的に一点物で、少し変わったデザイン、そして人とかぶらないことが喜ばれます。

ほぼ毎週大阪に仕入に行き、入荷したウェアや、バッグ、靴、帽子などをブログでいち早くお伝えするようにしています。ブログを見てすぐ気に入っていただきお取り置きさせてもらうこともよくあります。

Q.お店をやってきて悩んだことはどんなことですか?

集客をどうやっていけばいいのか、どんなお店なのかを知ってもらうには・・・PR方法等、日々考えますね。チラシを作ってカフェに置いてもらったり、店先にディスプレイする洋服を変えてみたり。そうするとチラシを見て来ましたとか、通りがかりに見かけた洋服が気になって・・・と車を引き返してお店に来てくれたりと少しずつ反響が出始めてきました。あと、ネット販売の方は息子にまかせてるんですが、徐々に売り上げも伸びてきました。時代の流れで世の中はネットショッピングの占める割合が大きくなってきてますので、そちらの方も力を入れて充実した良い商品を取りそろえていきたいと思っています。

Q.では嬉しかったことや、思い出に残っていることは?

80代くらいのおばあちゃんに、お孫さんの結婚式に出るのでその時に着る洋服を選んできてほしいっていわれたことがあったんです。ちょっとおしゃれな感じのワンピースをみてきてほしいって。それで私が選んできたものをとても喜んでくださってね・・・。その時は嬉しかったですね。結構そういう注文もあるんですよ、今度、仕入れに行ったらこうゆう服をみてきて、こんな感じの○○をみてきてとか。

Q.本当にたくさんの雑貨があるんですね。見てるだけで楽しいし飽きないです。

そう言って1時間くらいお店にいて雑貨を楽しんでくださる方もいますよ。そして、このログハウスが癒されると言ってくれます。人気の作家さんのオリジナルのデザインのもの、職人さんの手がけた陶器であったり、カントリーやフレンチ特有の絵柄、コピーとは違うホーローの重さなど、やはり本物を見ていただきたいというのがあります。ゆっくりじっくり店内を見てもらえたら嬉しいです。

ガラスの容器。

 

アメリカン雑貨

 

キッズ・ベビーグッズもたくさんありました♪最近ベビーに接する機会がないのでベビーグッズ見ただけで癒されました。

 

 

 

 

↑入園・入学シーズンでしたので、グッズもたくさんそろってました。シーズンや行事に先駆けて商品を仕入れお店に並べてるそうです。

 

Q.今まで振り返ってみて、またこの場所でお店をやってきて思うことは?

私自身は北九州市出身で、結婚して吉野の方に住んでたんです。昔、どこだったか出かけた帰りに、乗るバスを間違えて到着した場所が五條市。その時は初めて降りた町の見知らぬ風景に、一体そこがどこなのかわからず慌てて主人に電話して迎えにきてもらった事がありました笑。それから数年後には五條市でお店を始め今ではここで暮らして・・・何か五條市とは縁があったんでしょうかね笑

お店に来られるお客様には大阪、和歌山方面からの方も多くて、数人のグループで月に一度、五條に来て、コースを決めてお店を回るそうです。野菜を買ったり、ランチしたりと一日楽しむそうです。そうやってお話を聞かせてもらったり、立ち寄ってくださるお客様と出会える度にここでお店をやってよかったなと思っています。

←看板犬のエース君。(グレートピレニーズ)50キロほどあるそうです。大きいけれどとっても優しいワンちゃんです。

 

 

北谷さん、本日はありがとうございました。

☆アップルハウスのHPはこちら☆

 

 

 

 

 

アップルハウス

住 所     奈良県五條市田園4-50-1
TEL・FAX 0747-24-0345
営業時間  AM10:30~PM6:00
定休日       水曜日
駐車場   有

 


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

キッチン用品、日用品、インテリア雑貨・・・、フレンチ、アジアン、北欧、カントリー、・・・雑貨の種類、ジャンルはほんとうにたくさん。いつも行く店でも、ふと立ち寄った店でも目についたり、手にとると、妄想が膨らみます。これをあの部屋に飾って、、、この食器があれば、、、これを贈ると喜ぶかな、、、それからは迷い、物欲、予算の葛藤。これもいいけど、こっちも、、、でも・・いやちょっと待てよ・・・
でもいいですよね、雑貨って。妄想時間も楽しい?けれど、買った後もそれを飾る、使う、思い出す・・・他にも集める楽しさや、自分で作ることに挑戦したり、どんどん広がっていきます。「生活必需品」ではないかもしれない、だけど私にとって雑貨は、精神安定剤的「なくてはならないもの」なのです。アップルハウスさんはそんな雑貨がたくさんの素敵なお店でした♪

 

 

 

 

 

 

 

第12回 西出タタミ店 西出 隆男さん 

 

仕事はきっちりと、最後にはお客さまの笑顔が見られることが楽しみです。

s-DSC00548  日本の文化のひとつ畳、和室に入りますとい草のいい香りホッとする空間・・・。
綺麗に整理整頓された作業場から、一畳一畳心を込めて作られお客さまのお宅へと運ばれていく畳、 採寸から製造、敷き込みまでご家族で営まれています。西出タタミ店 西出隆男さんにお話を伺いました。

-タタミ店さんの創業を教えていただけますか。 

「父親が独立して店を構えたのが平成元年です。五條市二見3丁目9-20(前工場)で約10年、その後国道沿いに店舗を移転し営業しています。」

 

-畳職人さんになられたきっかけは?

「父親の仕事を手伝っていると面白くなっていたのですが、そのうちs-DSC00590一度は他の仕事を見てみたいという気持があり他の仕事についていましたが、やっぱりこの仕事が好きで戻ろうと思いました。
私がこの仕事のついた頃は、日本建築の家が多くそれに伴い和室も沢山あり、その中でみなさんから『い草の香りが良い』、『和室で落ち着き癒される』などの声をいただきますので、この仕事を選んで間違いがなかったと思っています。」

 

-畳のことを教えていただけますか。 

「畳表は、九州熊本県から取り寄せしています。s-DSC00591国産物になれば、全国でも90数パーセントが熊本産に、私も3年程前には組合から生産農家さんの所へ見学に行きました。畳表には、生産者さんの押印がされていますので、私が気に入った生産者さんのい草を仕入れ、 お客様にも見て、触って、納得していただいた品をご提案させていただいております。
い草は、全国で出回っている畳表の中で中国産が多い中9割を国内産にしています。やはり後々のことを考えて国内産のい草をすすめています。s-DSC00567
畳床も時代と共に開発され、発砲スチロ-ルとボ-ドで出来た畳床が主流で、重さも従来の藁床に比べ3分の1に女性の方でも持っていただける重さに・・・・・持っていただくと 『エッ・・・!』 と驚かれる程になっています。
s-DSC00564 ヘリも、昔は種類が少なかったのs-DSC00599ですが、現在はクロスの色が豊富で、それに伴い考案され色々なへりがでてきますね。
畳は、日本の文化であり、日本独特のものなのにMADE IN JAPANで作らないものはおかしいのではないかと思い、これをモット-に作らせていただいております。」

 

-畳のサイズは決まってますよね?

「私達は、本間、五八間(マンション用)と言っていますが、畳のサイズは1枚ずつ違います。同じ和室でも大工さんの作り方や木の特色もありまして、同じ6畳の部屋続きで畳も同じだろうと思いますが微妙にサイズが違ってきます。この部屋にはこの部屋のサイズでというように作ります。畳の表替えを行う場合でも、パズルのように元の位置に置かないとぴったり合わないんですよ。だから作り置きも出来ませんね。」

 

-畳は、注文が入りますと製品になるまでどれ位かかりますか? 

「現在は物流が良くなって来ていますので、畳表熊本からすぐに入ります。お電話を頂き、お客様のお宅へ寸法を測りに伺って4.5日で、ただ藁床は受注生産になっていますので少し日にちが掛かります。
お住まいのお宅での畳替えですが朝畳をめくりお預かりしますと(荷物の移動を含め)寝るところが無いと心配されないように、夕方にはお届けさせていただいております。」

 

-そんなに早くしていただけるのですか。お客様は喜ばれるでしょうね。また、お店には機械が2台有りますがどの様な作業をするのですか。 

「い草(畳表)をサイズに切って畳表を張って逢着させる機械と、畳にヘリを付ける機械になります。」

s-DSC00658 s-DSC00570  

 

-畳替えは新畳、表替え、裏返しなどとありますが。 

「そうですねお客様のご希望と、現状を見たうえで経験と感覚で提案しております。へりを外して裏返しができる状態でしたら裏返しを、裏返しが出来無いことはない状態で作業をしても、すぐにささくれだったり、傷んだりすると思いますと表替えを提案させて頂いたり、畳床も同じですね。足で踏んで傷んでいるなぁと思いますと、畳の裏を見ると何年位使用されているか解りますので・・・・・より良い方向性に。
お客様とは長いお付き合いをさせていただきたいと思っていますので、ライフスタイルや和室の使用目的などをお伺いしニ-ズにあった畳替えをご提案提供と考えております。」

 

-畳の入れ替えは、良い時期がありますか。 

「一番良い時期は、9月中頃ですね。天然のい草は湿気を吸ったり吐いたりして呼吸していますので、湿気の少ない時期を選んで替えていただければお手入れもしやすいですね。」

 

-私達が心配している畳のカビやダニ対策はどうすればよろしいでしょうか。 

「締め切りの多いお家では、空気の循環が出来なく湿気の多い時期は上手に管理するのが難しいと思うのですが、クーラ-をつけたり、扇風機を回して空気の循環を良くしていただくとによりカビが生えにくいということもあります。
当店では、最近導入したのが畳乾燥機です。(前工場に設置)釜の中に60℃~70℃の温風で2~3時間入れますと、畳床の芯まで熱が入り殺菌処理ができます。どうしても昔の藁床で卵を産み付けてそれがふ化して出てきたなどの声をいただきましたので乾燥機を入れました。
畳が湿っているような感じがする、アレルギ-が気になる、なんとなくカビ臭く感じるけれど畳替えにはまだ新しいというかたもお気軽にご相談いただければと思っています。」

 

-畳乾燥機初めて聞きましたね。殺菌処理で赤ちゃんにも安心ですね。ところで最近、縁の無いカラ-の畳を見ましたが。 

「今、いろんなカラ-の畳表の種類が有りまして、s-DSC00552これがダイケン工業さんから出ています。
この畳は撥水するんですよ!! 和紙を紙縒りにして色付けされているのですが、2時間程この状態で大丈夫拭くだけで綺麗になります。(汚れはお早めに)s-DSC00556この他に、ダニ、カビの発生はい草に比べ少なく、仏壇の線香を落としても焦げにくい、畳表のささくれが少なく、変色(畳やけ)も少ない良質の畳表が開発されています。
若いお客様はハウスメーカ-さんで、デザイン性のヘリのない畳や、カラ-の畳等を見てこられ相談に来てくれます。『こんなの無いかなぁ?食事の後ゆっくりくつろげる空間が欲しい・・・・と。』 癒しの空間を作られました。
私達は、デザイン性を求められる若い方や従来の天然物を求められる方、お客様のニ-ズに合う品を、いろんな所に見に行き研究して行かないといけないと思っています。」

 

-お商売をしていて一番大切にしていることは? 

「仕事はきっちりと、最後にはお客様の笑顔が見られることを楽しみでさせていただいております。五條の方々に可愛がっていただけるのはもちろん有り難いですし、ここを基本として大工さん、工務店さんとの繋がりの仕事をいただけると有り難いと思います。」

 

-このテ-ブル畳ですよね。 

s-DSC00603「はい、父親が好きで。このテ-ブルは、職人仲間の建具屋さんに作っていただきました。『お客様が来られて商談する応接間を作りたい、こんなテ-ブルが欲しい。』と言いますと、 職人仲間が集まって相談し・・・・出来上がります。s-DSC00605この市松模様の畳表の衝立も、釣り竿作りをされていた方と、相談して竹から取りに行き寸法を測って・・・出来ました。父親の年代は職人さんが大勢いますね。」

 

-合格証書ですね。 

「県と市の仕事が出来る技能士2級合格証書です。現在は機械作業が主流になっていますが、これは一から手作業で作るんですよ。試験に向けて練習して、資格を取りました。」s-DSC00609

s-DSC00595    s-DSC00675s-DSC00668

 

-五條でお商売されていて良かったこと、また反対に困ったことはありますか。

「良いところは、都会には無い自然と人の温かさと日本の文化であって喜んでいただけることが有り難いですね。反対に 困っているところは人口が減少して和室離れで需要が少なくなってきているところです。」

 

-これからどの様にお商売を続けていきたいですか。 

「地元で愛されていくのは勿論ですが、s-DSC00602その中でお客様にも、職人仲間にも横の繋がりを取って仲良く職人同士での仕事の渡しあいをするなど、職人は少なくなって来ていますが少ない中でも和を作れると良いなぁと思っています。」

 


-本日はありがとうございました。

店 名     西出タタミ店
住 所     五條市二見3丁目9-9
TEL     0747-25-0015
営業時間    8:00~18:00
定休日     日曜日
駐車場     有

 

私たちにとって畳の香りはリラックスさせ落ち着かせてくれます。また、懐かしさも感じます。夏の日に畳の上でゴロリとするだけで涼しくなり、冬は、暖かく保温性に優れています。自然の除湿、加湿器のように部屋の湿度や温度を調整する畳、一畳で500ccもの水分を吸収するらしいですよ。フロ-リングの洋室もいいですが、和室(畳)ならではの良さを忘れずにお手入も忘れずに長く付き合っていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5回 ギフトプラザおかやす 岡田 安弘さん  

「ギフト」は「気持ち」気持ちが伝わるギフトをお届けしたい

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-ギフトプラザおかやすさんの創業、歴史について聞かせてください。

(岡田安弘さん 以下同)五條市の商店街、商励会通りで「万貨店」、今でいう荒物屋ですね、砂糖から塩からたわしから・・・日用品何でも取り扱うお店「岡安」として商売をしておりました。文面があればいいんですが、先代から聞いてきた話によると創業は慶応時代、江戸時代から明治時代に変わる前の頃の創業になるようです。
私、岡田安弘もそうですが、父、祖父、曽祖父・・・と代々、性は「岡田」で名前には「安」がついているところから「岡安」という屋号につながります。その後、時代の流れや変化に伴い、私が昭和50年代、ギフト店「ギフトプラザおかやす」を始め、平成元年に現店舗を構え現在に至ります。日用品だけでなく、ギフトはさらに取り扱う商品が幅広く、またお客様のもとへいち早くお届けできるようにと、当時の時代のニーズに合わせてこのギフト店を始めました。

 

ー「荒物屋」をされていた当時の思い出など聞かせてください。

日用品の卸しもしてましたんで、よく十津川方面へ2~3日かけて地元の小売店まわりへ行きましたねぇ。当時、バスで行ってましてね・・・  十津川のいくつかの地域、平谷、阪本、辻堂・・・まずは阪本で5~6件のお店を回り、注文を聞いたり集金をしたり、話をしたり。次は辻堂で6~7件、日が暮れるので宿泊してまた翌日数件というようにね。そんな時代でしたよ。3日間ほどの予定を組んでお店を回る中で、○○さんとこの娘さんが結婚したとか、○○さんとこ赤ちゃん産まれたよとか、聞かせてもらったり。その情報をもとにまたそこから新しいお付き合いが始まったりということもありましたね。

ー数日かけてまわってたんですね。大変ですね。


そうですね。昔はFAXやメール、それに車も今ほどない時代でしたから。
当時は、仕入れた荷物が店に届くと奥の蔵まで続くトロッコがあり、それに乗せて商品を運んでいたという話を祖母から聞きました。私が若い頃は商店街もそれはもう人があふれてましたし、万貨店ですから扱う商品も多かったんでしょうねぇ。時代をさらにさかのぼると、江戸時代・・・五條新町通りは宿場町で大変な賑わいがあったとか・・・。旅籠、宿屋はもちろん、蝋燭屋、呉服屋・・・、二見城から広がる城下町、新町通りが商店街だったようですね。江戸時代なんてまだ、日本人が刀をさして袴を履いて・・・って時代ですよ。そんな時代から先代が商売をしていたと思うと歴史を感じますねぇ。

 

ーギフト店としてのお仕事の中で時代の変化など、日々感じることはありますか?

昔は結婚されるとき、家の玄関に幕がかかっていて、それを見て知り得ることもできましたが、今では幕をかけてるのを見ることも少なくなりましたね。
あるいはご不幸事の時、お返しはどうしたらいいのか分からないという相談を受けることがあります。やはり離れた土地でそれぞれ生活されていたり、時代の変化と共に冠婚葬祭の簡略化、あるいは地域性による風習、事情・・・そういう背景があるのでしょうか。

ーそのような時はどうのような対応をされてるんですか?

贈答は、こうしないといけないという決まりがある訳ではありませんが、やはり地域によって違いはありますよね。基本的にはお客様の意向に添うことをいちばんに考え、そのうえで、こうされてはどうですか・・・というかたちでアドバイスさせていただいてます。後々、「あの時ああしといてよかったよ」と言ってもらえた時は、お役に立てたんだと思いますね。DSC00122
色々なシーンにおいて、お返しは最近、「ギフト券」が大変多いですね・・・。お返しは何にしようかと考えるのは大変なことですからね。それでなのか「昔はよく来客用のコーヒーカップのセットや、湯呑みなんかをいただいたものだけど、今はそういうのが少なくなって、いざ使おうを思うとなくって・・・。」と慌てて買いにきてくださるお客様もいましたね。また時代がめぐり、かたちに残るいろいろなギフトを皆様にお届けできたらいいなぁと思いますね。

 

ーそうですね。時代の変化はいい面もあれば、寂しい面もありますね。

時代や事情に合わせていくことも大切です。本当に忙しい時代です。昔と比べると事情も変わってきてますのでね。ですが、ギフトは気持ちです。それはいつの時代でも変わらないものですよね。 DSC00173

贈り贈られるというやりとりの中には「おめでとう」または「大変でしたね」と出来事を共感したり、「ありがとう」「お世話になってます」と感謝や敬意などそれぞれの人のそれぞれの「気持ち」があってのものです。そこからは会話が生まれたり、また再会の機会であったり「つながり」が生まれます。相手を思い、どれにしようかと選ぶ時間もまた大切なものです。「後々の付き合いが大変」というのも確かなことですが、「後々のつながりも大切」なものですよね・・・。

 

ーおめでたいことばかりではなく悲しみの場面でのお仕事も・・・。神経を使うのではありませんか?

そうですね。お子さんの誕生から、悲しいお別れの時まで、またその後の年忌法要。本当に幅広いですね。
不幸事があったお宅に伺う時にはやはり神経は使いますね。たてこんでらっしゃる時ですし、悲しみの最中ですから「今、それどころじゃない!」と言われることもあります。当然ですよね。実際、私自身が数年前に身内を亡くした時は、本当に悲しく辛く寂しい思いを実感しました。それからは、さらに以前よりも増してお客様の気持ちが分かるようになりましたから。

DSC00163悲しみの最中でもご家族の方にはしなくてはならないこと、わからないことがいっぱいです。そんな時に分かりやすく丁寧に説明やお手伝いをさせてもらって、何度もお会いして会話を重ねるうち、最後には、「ありがとうね」「助かったよ」と言ってもらえた時にはやはり、お手伝いさせてもらってよかったなって思いますね。

 

ー思い出に残るエピソードなどがあれば聞かせてください。

奥様を亡くされたご主人がお返しの品をお選びになる時、「妻はコーヒーが好きだったからコーヒーをお返ししたいと思う。」と。そしてまた一周忌には、「妻はとても花が好きだったから花瓶を買いたい。」とおっしゃいました。そんなお話を聞くと、「あぁ、いいご夫婦だったんだなぁ。ご夫婦仲良かったんだなぁ。」と思いましたね。亡くなった人を、亡くなった人が好きだったものを思い出しながら品物を選ばれた姿が大変印象に残っています。DSC00119
先日の母の日・・・、店頭ショーウインドウに母の日のギフトのディスプレイがしてあったんです。それを見て、お母さんにお花を買いたいと高校生の男の子が来てくれました。残念ながらうちの店に置いてるのは造花だった為、買ってもらうことはできませんでしたが、「優しい子だなぁ。」「お母さん、喜ぶだろうなぁ。」と思う心温まる出来事でしたね。そういう場面で癒 されたり、また亡くなられた方の思い出話で ご家族と一緒に涙を流したり・・・。たくさんのお客様とお会いしてきた分、たくさんの思い出がありますね。

 

ー今後はどんなお店にしていきたいですか?

DSC00129「おかやす」を若い世代の方たちにも知っていただき、何かあった時にはおかやすへ行こう、相談に行こうと思ってもらえるようなお店にしたいなと思います。取り扱ってる商品が自店で作り出しているものではなく、他店でも扱ってるものですし、仕入れたものをそのまま販売するという形態ですので、やはり「売り方」というところで「おかやす」にしかないもの、他店と少しでも違ったものを見出していくことが課題でもあります。母がよく「おかやす」でお中元やお歳暮をお願いしてたんで・・・と息子さんがお店に来てくれることもあります。そうやって親子で「おかやす」をご利用いただき、つながりをもたせてもらえるお店であるために、こんな時どうしたらいいのか分からない、こうして欲しい、の疑問や要望にお応えできる知識とサービスはもちろん「心のこもった対応」を常に心がけていきたいです。

DSC00171贈る側と贈られる側の間に入ってさせてもらうお仕事ですから、ミスは当然あってはならない。お客様が思う気持ちを形にし、気持ちまで伝わるようにお届けしたいですから。

 

 

 

おかやすさん、本日はありがとうございました。

ギフトプラザ おかやす

住所   奈良県五條市須恵2-7-35
電話   0747-22-3801
FAX   0747-22-5155
営業時間 9:00~19:00
定休日  無
駐車場  有


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

「母の日」「父の日」、今年も贈りました。
母には美容顔パック、父には冷酒を。毎年何がいいかと悩みますが、ささやかな贈りものを両親はいつも喜んでくれます。だから、贈る側もできるだけ両親の欲しいもの、好きなものを贈りたいもの。日頃のリサーチは大切です。
そんな中、知ってしまった母の今欲しいもの・・・「電動機付自転車」(汗)
来年までには、もう少しささやかなもので欲しいものが出てきてくれますように。

 

 

 

 

 

 

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