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第84回-Part2 五條市観光ボランティアの会 会長 内倉保さん

ガイド歴15年「案内してもらってよかった」が励みに

「五條ってすごいとこやねんで!」と街のことを嬉しそうに話してくれるのは五條市観光ボランティアガイドの内倉保さん。五條の観光名所の古い街並みもガイドの語りを聞けば、地元の見慣れた風景も違って見えてきます。観光で地域を盛り上げる観光協会で語り部として活動する内倉さんに、ガイドとしての歩みと、五條の歴史等お話を伺いました。

 

分かる?! 「その時代に行ける感覚」

―五條市観光ボランティアはいつできたのですか?
20年以上前になるかなぁ。私が市役所の観光課長やった時、そのときまだ五條市になかったボランティアガイドを作りました。

―なぜボランティアガイドを作ろうと思ったんですか?
退職する1年前まで(市役所の)観光課で7年居ったんやけど、他の市長村でボランティアガイドを作り始めてるのを知って、そろそろうち(五條市)も作らなあかんなと思って作りました。募集して、最初20人ほど居ったかなぁ。研修して最終的にガイドをしてくれるようになったのは10人くらいやったんちゃうかな。

―研修では五條市の色々なことを学んだのですか?
そうです。講師の方に古墳から何から全部、五條市の歴史を教えてもらって、月に2回の講習を1年間受講しました。

―内倉さんは元々、歴史などに興味があったんですか?
私はね、子供の頃から明日香が大好きで。ていうのも、父親がものすごく歴史好きやったんです。小学生の時、単車で連れてってもろたのが最初なんやけど、当時の古墳はまだ囲いとかもされてないし、穴が開いてるだけで中にも入れて。その真っ暗な穴の中に入ってじーっとしてたら、その時代にタイムスリップした感覚になるねん。分かる?! この感覚?! もうそれがたまらんかってなぁ(笑)。牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)とか、あと、金鳥塚古墳。そこにもよー入ったなぁ。体が入るくらいの穴しかあいてなかってんけどな。もう、とにかく古墳の中に入りたいもんやから、父親にまた行きたいって言うたら連れってくれて。そのうち中学生になると自分で自転車で行くようになって。里中満智子って漫画家知ってる?あの人の漫画にピラミッドの中に入って、その時代にタイムスリップして・・・っていうのがあるんやけど、それがものすごく自分の中に入り込んだというか、大好きやねん。

―「その時代にいける感覚」そんなワクワクを子供の頃に体感したんですね!
ほんとに明日香がお好きなんですね。

小学校6年生の時、明日香の古墳についての作文書いて、阿太小学校代表で市で発表してん。

―小学生の時からもうガイドの素質があったんですね(笑)でしたら、ガイド研修でもだいたいご存知の内容だったのではないですか?
いやぁ、勉強したよ。ある程度知ってる部分はあったけど、幕末のこととか全然知らんかったもん。「維新の魁・天誅組」に入っとるから、幕末のことはある程度分かってたけど、新町とかは全然知らんかったし。元々、新町が好きやったとか天誅組が好きやったって訳でもなかったから、分からんことだらけでそこは勉強したな。

―初めてガイドした時のこと覚えてますか?
ほとんど分からんままやっとったかもしれんな(笑) まちなみ伝承館を案内するときも、そこに元々案内人さんが居てるし、その人に任せたらええわと思ってた。けど、ガイドやのに自分で案内せーへんのはやっぱりあかんと思ってまた勉強して覚えて。

―デビューしてすぐにガイドができる訳ではないんですね。
できないできない。そこは経験とか慣れとかがやっぱり必要やな。新町でも松倉重政が作ったっていうのは頭に入ってる。けど、新町のひとつひとつ、たとえば栗山家住宅でもそう、1607年の建物だとか、そんなとこまで頭に入ってない。重要文化財ってことくらいまでやね。これではあかん・・・と思って、そこから必死に勉強したり人に聞いたりして覚えていくと、自分のやる気も深まってどんどん頭に入ってきて。そうすると自分の思いや考え方とかを説明に付け加えられるようになるねん。他のガイドとは違う視点や、それぞれの個性が出てくるんやな。

―内倉さんのガイドの得意分野は?
やっぱり天誅組かな。色々勉強して思ったのが、何で五條に幕府直轄の代官所があったのか?てことやねん。

―なぜなんですか?
大和の時代、五條は人口が奈良に続いて多かった。それだけ栄えていたということやな。街道が5つもあって、宿場町として栄えていた五條に幕府直轄の代官所が置かれた。それだけ五條は大事な場所で、旗本の領が、北宇智、三在、野原や御山にもたくさんあった。 もっとさかのぼった古代でも、飛鳥の寺に瓦がのるようになると五條で瓦を焼いてたから窯跡がたくさん残ってる、ってことは、その頃から五條は栄えてたんやな。

―そうなんですね。
「幕末」っていうのはすごい時代やなと。勉強して色々歴史に関わってきたけど幕末の15年間というのは日本がものすごく変わった時代。15年間でこれだけ変われた時代っていうのは他、歴史的にないもんな。鎖国で遅れていた日本がペリー来航からわずか15年で遅れを取り戻してロシアに勝ったんやもんな。その当時の日本人はすごいな、西洋銃でも、学んだらすぐ覚えて作れるようになって、最終的には薩摩と長州だけで幕府を倒したんやから。

―やっぱりガイドさんが話すとおもしろくて、引き込まれますね。新町についてのお話もお願いします(笑)
私が新町でおもしろいと思っているのは、松倉重政やな。1608年に五條に大名としてやって来た。何で松倉が来たか?関ケ原の戦いでの軍功で家康に見込まれて来た訳やな。じゃ何で五條なのか?九度山に居る真田一族、家康にとって真田は侮れない、油断ならない存在やった。その真田を見張らせるために五條へ居らせたんやな。その後松倉は、大阪の陣にも家康方に付いて、さらにその後、島原へ行く。キリシタン弾圧やな。「家康が認めた松倉」が五條に来た。そういうのがおもしろい。

―「松倉がつくった新町」だけでなく なぜなのか?という説明があるとおもしろいですね。
そうそう。そういう説明するとみなさん、喜んでくれる。何で来たか、何で五條なのかってことを伝えるようにしてる。
今でも月に1回ガイドの仲間と研修会をしてるんやけど、それぞれの好きな分野、得意分野、新たに勉強中の分野を発表し合ったり、講師になってもらったりして、知識を深めてるねん。

―内倉さんは何について話されたんですか?
今、ハマってるのが南朝。だから南朝について講師してん。

 

まずは現地を見て、それから

―どういう流れでガイドを行ってるんですか?
まず観光案内所に申込が来て、そこから我々に連絡がきて、させてもらうって感じやな。

―案内コースは決まってるんですか?
90%以上は新町。だいたいそこを希望して来られるな。奈良県には重要伝統的建造物群保存地区が、橿原今井町と宇陀の松山、そして五條と三か所あって、重伝建巡りの方の希望が多いな。

―どんな客層が多いですか?
定年退職等、時間的に余裕ができたりして、第2の人生を楽しんでる?って感じの方が多いかなぁ。

―若い方からの依頼は?
残念ながらないなぁ。やっぱり熟年層で、平日、団体さんの依頼が多いな。
新町だけを見に来るというより、あと十津川へ行くとか高野山へ行くとかそういうのが多いな。

―参加者から質問をされたりすることはありますか?
質問はほとんどなくて、真剣に聞いてくれてるって感じが多いな。

―ゴールデンウイーク開催の「2025さきがけウォーキング」では、歴史に詳しい方が大勢いたように思いますが。
あー、あれは会員の方も参加してたから。天誅組関連を全部回れるっていうので、参加されてたんやと思うわ。

―会員というのは?
「維新の魁天誅組」の会員の方です。天誅組が好きな方ばかりで、市外県外の方がほとんど。今回のウォーキングは広報を見て参加してくれた市民の方が多くてよかったです。

―ガイド活動しててよかったなと思う瞬間は?
やっぱり喜んでもらえたときやな。「案内してもらうと違うわ~」って言ってくれたとき。新町通りもガイドがなかったらスーッと歩くだけやけど、案内してあげたら「詳しく教えてもろてよかった」って言うてくれる人がほとんどやねん。

―ガイド仲間との交流で楽しいこと、励みになることはありますか?
自分が喋ってないことを喋ってるのを聞いたらおもしろいな。こう説明しなさいとか、こう喋りなさいっていうのはボランティアガイドの会の中でも絶対言わへんし、それぞれが個性を出して喋ってくれるのが一番やから。ガイド二人体制で周ったりすると、私が聞き役になることもあるねん。他のガイドが説明してるとき、あ、この場所でこんなこと話せるんやなとか、ここは時間かけて説明してるんやなとか。私は天誅組が得意やから長屋門での説明がつい長くなってしまうんやけど(笑)

―難しさや戸惑いを感じたことはありますか?
やっぱり出だしの頃は感じました。もう今は自信っていうか、喋れることがいっぱいできたので、戸惑いとかはないな。もう15年ほどやっとるから。

 

 五條はいい町 興味を持ってほしい

 

―今「南朝」について勉強されてるとのことですが、どんな風に勉強したり知識を深めてるんですか?
私ね・・・本が嫌いで。元々国語が嫌い(笑) 読むっていうのが。だから先に現地に行くねん。そしたらその後、本も読めるねん。現地のことが頭に入ってるから。例えば吉村寅太郎だったら、彼が育った場所に行ってみる、それでいろんなところを見て、帰ってきてから本を読むとすっと頭に入ってくるねん。

ーイメージが湧きやすいってことですかね。
そうそう。本だけ読んでると何書いてるか途中で分からんなるねん(笑)でも現地に行った後は書いてることがすぐに想像できてわかりやすいねん。だから南朝でも50か所以上いろんなとこ行ったな。行って写真撮ってきて、それを見たら思い出して話もできる。

―50か所も?!ご自身で運転して行かれるんですか?
そう。今の車も20万キロ以上走ってるで。車の運転は苦にならへんねん。運転してたらすぐ時間経つし、遠出の時は夜中に出発したりするねん。

―ガイドって特別な人しかできないのではないですか?
誰でもできます。ただ、歴史に興味があった方が取り組みやすいな。ボランティアガイドや、人前で話をすることには積極的でも歴史には興味がないという方もおって。

―歴史以外のことでガイドしてもらうような場所やものがあればいいですね。
そうやな。でもやっぱり五條を紹介するには歴史は重要やと思うな。

―今後やってみたい企画や取り組みはありますか?
他の市町村のボランティアガイドを見たい。どういう喋り方をするんかなとか、みんなを連れて研修で。コロナ前は行っててん。やっぱり上手な人は上手やねん。話し方に強弱、抑揚があって引き込まれる。そういうのは聞きやすいし、印象に残る、棒読みだとやっぱり聞く側はつまらないから。そういうのが勉強になるな。
あと、ウォーキングできない人にも案内できるような何か。現地に行って説明が一番なんやけど、行けない人でもどこかに集まって、例えば写真やパネルで案内するっていうのもできたらええなと思う。

 

―地域の若い世代に伝えたいことはありますか?
歴史に興味をもってほしいというか その前に五條の町ってどんなんかっていうのを市民の方に、特に若い世代の方に知ってもらえたら嬉しい。なかなか、若い世代の方達は他にも興味があることがたくさんあると思いますが、五條はいい町、それを自分達の町だってことをわかってもらえたら嬉しいな。それでボランティアガイドになってくれたりしたらさらにうれしいな。

―この活動を通じて叶えたい夢とか目標はありますか?
大勢の方に観光に来ていただいてその方達にガイドとして話ができるってことが目標っていうか嬉しいことやね。ボランティアガイドになると話するのが楽しいから。

―ボランティアガイドで抱えてる課題はありますか?
それはやっぱり会員数の増加ですね。五條の歴史や文化に興味を持って楽しんでもらいたいですし、自分が楽しめばどんな方でもガイドになれると思いますね。

―ガイドの募集や育成のための研修や勉強会の予定はありますか?
よその市町村はガイドの募集ではなくて研修の開催をして、参加者の中からガイドを育成するというのをやってるので、私達もまず五條市の基礎知識からの研修をしてまず五條を知ってもらうことから始めるっていうのをしたらええんかなって思ってます。

―内倉さん、本日はありがとうございました。


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

さすがは語り部。インタビュー中でも、五條の歴史の話になると、一層引き込まれました。「穴(古墳)の中に入りじっとしてるとその時代にいける感覚」。分からなくもない・・・といいますか。筆者、穴ではないですが、とある場所では似たような感覚を体感済?!です。本当です!(笑)

場所がどこであれ、まずは自ら現地取材、その後本を読んで知識を深める。「医療費がやっと1割になってん」と照れ笑いする御年齢にもかかわらず、その好奇心とアクティブさがガイド活動の情報アップデートと、まちを訪れた人を惹きつける語りへと繋がってるんですね。

 

第84回ーPart1  五條市観光協会 会長 中祥行さん

「おもてなし」ができる五條に

地域の魅力を発信し、観光を通してまちを元気にする観光協会。地元に暮らす私達が見落としがちな「まちの宝物」を掘り起こし、伝え続ける五條市観光協会を訪ね、五條愛あふれる会長の中祥行さんに、現在の取り組みや今後の展望、そして中会長個人的「五條のここが好き!」をお話いただきました。

 

連綿と続く歴史のある街

―観光協会の主な役割や目的を教えてください。
市内の観光事業者の振興を一番の目的としています。新町や栄山寺など、観光地のご紹介をして、観光事業の向上につながることを目指しています。役割としては大きく6つの項目があります。①観光客の誘致、②イベントへの協賛、参加、③観光の紹介、宣伝、④観光施設の整備、充実、⑤観光事業に関する機関及び団体との連絡協議、⑥会員の拡大 となっています。

―いくつかの項目についての具体的な活動内容を教えていただけますか。
観光客誘致ついては観光のイメージアップ事業ということで案内所の運営や、フォトコンテストの開催、イベントの協賛、参加については吉野川の鯉のぼりや吉野川祭り、鬼走りなどへの協力をさせてもらっています。あとはSNSでの観光情報の発信やパンフレットの配布、ボランティアガイドの実施他、案内板を設置したり観光地の掃除や草刈り等です。SNSについては、制作してからかなり年数が経ってますので、ここ1~2年の間にリニューアルも含めた計画を進めています。

―五條を代表するイベントにご尽力くださってるのですね。観光協会の組織の構成はどのようになっていますか?また会員数はどれくらいなのでしょうか?
観光協会は会員、観光案内所の職員、市役所観光課内に設置の事務局で構成されてまして、会員数は個人会員、事業所会員、団体会員合わせて現在155となっています。

―五條市の観光において、大切にしているテーマやコンセプトは何ですか?
五條市のイメージとして、古い町並みが残る「新町通り」、あるいは栄山寺からそれぞれ江戸時代、奈良時代を感じていただくことが多いんですが、実は五條はもっと古い時代の遺跡であったり、幕末から明治にかけての天誅組、それ以降は商業の交通の要所として発展・・・と、連綿と続く歴史がある街なんです。古墳時代からその後ずっとどの時代においても人が住み続けて街が発展してきたという長い歴史全体・・・、一時代ではなく、五條市の昔と今を併せてアピールしていきたいと考えてます。

―五條市の観光資源として特に推しているものは何でしょうか?
奈良県というのは重要文化財や県の指定文化財が多いんですが、中でも五條市は他の地域よりそれらを数多く持ってますので全部推したいのですが、やはり「新町通り」「栄山寺」ですね。それ以外では、新しい体験型アクティビティ、宿泊施設ではこの頃流行りの一棟貸し、お食事では大和牛や大和野菜を使ったお料理でお客様をもてなす事業者さんも増えてきていますので、五條市の「昔」も「今」も併せて推していきたいと思っています。

―観光客は年間どれくらい訪れますか?
統計的に明確な数字は現状とれてないんですが、駅前案内所の来客数は年間3,500人弱となっています。

―五條市の歴史や文化的な魅力を、観光の中でどのように伝えていますか?
例えば新町通りだと「江戸時代の街並み」ということで、どうしても江戸時代だけが前に出てしまっているんですが、先ほどの話にもありましたように、一時代のみではなく時代ごとの町の変遷というのを感じてもらいたいです。街並みを見ていただくと、建てられた時期によって「うだつ」の作りが違うんですん。様々な時代に建てられたものの「違いを感じられる」というのは、一見の価値があると思っていますので、通りをゆっくり見ながら歩いていただくことをPRしています。また観光ボランティアガイドを申し込まれた方には、そういった新町の街並みについてのお話をしながら案内をさせていただいています。

―実際、新町通りをはじめ、五條を紹介するツアーなどは実施されていますか?
「古い部分」というのが文化財的なものであること、そして広域にわたって存在しているということもあって、うまく紹介できず、ツアーとしてはまだかたちになっていません。現状できている案内としては、市内の文化財を五條文化博物館でご見学いただき、観光案内所のレンタサイクルでいろんなところを周っていただくという場所的な案内に留まっています。新町通りはお住まいされてる方もおられますので、「生活の中の観光地」という状況にあります。ご紹介はできても、全てが見学できるものではないので、例えば、内部の見学ができる「まちや館」「まちなみ伝承館」「大野屋」をご案内しています。

 

 

「中継点」の活用 と 7万人の「おもてなし」を

ー地元住民や商店街との連携はどのようにされていますか?
「五條マップ」や「五條のすすめ」(現在vol.6)で、市内の会員さん及びそれ以外の方とも定期的にデータのやりとりをしながら、飲食店、土産物店、宿泊施設などのご紹介をさせていただいています。

ー歴史以外で、例えば「食」や「自然」を活かした連携事例はありますか?
観光に訪れる手段として、電車、バス等、公共交通機関を利用される方と、ご自身の車で来られる方、この二つがあります。五條市は時間的にも経済的にも余裕がある熟年層を観光の対象とするのがマストな地域だと思いますので「落ち着いた雰囲気」というのを基本に紹介させてもらっています。ただそれだけでは楽しみを感じていただけないので、私が常々考えてきたのが「二輪」とか、車であっても「趣味の車」で来られる方を対象にしたもののご案内です。

―バイクや車好きの方に向けての案内ということでしょうか?
はい。五條は大阪中心部や関空から1時間、京都から1時間、神戸からでも1時間半・・・と、近畿圏内では非常に時間的制約が少なく来れるところです。それを活かした案内ができたらと、過去に「ホンダ二輪」が日本全国で開催するイベントを五條でしてもらったことがあるんです。そうするとその日は朝から近畿各地より多くの二輪好きな方が五條へ来られるんですが、皆さん、五條が目的地ではなく五條を中継にして十津川、高野山、吉野へと二輪を走らせます。「必ず中継点になる」ということも観光のひとつの手かなと考えています。

ー中継点であることをメリットととらえてるわけですね。イベント企画のきっかけや情報収集の方法、企画するうえでのポイントについてお聞かせください。
きっかけは単純に自分がその二輪のイベントに参加したことがあって、楽しかったからです。会議で若い会員さんを中心にいろんな意見を出してもらって、例えばオープンカーのイベントはどうだろう?など情報収集や話し合いをしています。
企画をするときは、そのイベントの対象者を『家族』にするのもいいんですが、我々が五條市の観光マスト対象者をアクティブシニア層としているように、明確な対象者を定めることを重要視しています。総論的に取り組むと、どうしても焦点がぼやけてしまうので、もっとコアな、それでいてそれなりのボリュームのあるコアな人を対象にするなど、新しい層を切り開いていくことを考えています。

 

ーそうですね。対象とする人や目的を明確にするのは大事ですね。
二輪は基本一人乗りだけど、五條に来てよかったって思ってもらえたら、次は家族を連れてきてくれるかもしれない。最初から「家族」を対象にすると、その1回で終わってしまうかもしれないけど、やっぱり2度3度来てほしいじゃないですか?! だからアクティビティ体験とか、美味しいものを食べてもらうとか、もう1回来ようって思ってもらえるようなものを作り出していかないといけないんです。

 

 

ー自分が体験してよかったことは、人に話したくなったり、もう一度誰かと・・・と思いますよね。
だから食べ物も名物を作りたい。五條で「ヒネ(独特の歯ごたえが魅力の親鶏の肉: 以下ヒネ)」を流行らせようとか、今までは「柿の葉寿司」しかなかったのが、「五條名物ヒネ」。 おもしろいですよね。大和野菜を使った料理のお店や、いちごパフェを始めたイチゴ農園さん等、会員の皆さん色々頑張ってくれてるので、そこにプラス新しい何か、持続性があって、「誰か」しかできないものではなくて、「みんなが」できるその地域のもの、そういうものを作り出したいですね。

ー今や五條市が全国に誇る夏の風物詩「吉野川祭り」は年々規模が大きくなってきていますね。
昨年で約7万人の来場者でした。行政や警察、各種交通機関の協力を得て、事業を進めています。規模が大きくなると来場者数も増え嬉しい反面、予算の方が厳しくなってきているのも現実でして・・・。 皆様のご協力をお願いしたいと共に、観光協会としても何か新たなことを生み出していきたいなと考えています。

ー例えばどんなことですか?
観光ブースを設置してそこで土産物の販売はどうか、商店街もその日だけ臨時ショップをオープンしてもらっては?等々、人口が減少し、事業者さんも減っていく中、観光業の方が事業として吉野川祭りに関わっていただける状況を作っていきたいと思っています。

ー市外から昼間や夕方に五條入りする方も多いですし、地元の人が商店街や新町など通りを歩く機会でもありますよね。
そうですね。7万人てなかなかの数なんでね、1日とはいえ、それだけの方が五條に来てくれて、何かしら購入してくれてる訳です。そういうことに対応できることが「おもてなし」だと思うんです。せっかく五條に来てくれたのに、「屋台で何か食べて花火見て帰ってね」じゃなく、もっと五條を楽しんで!みたいなものがあれば、喜んでもらえるし、こちらとしても嬉しいじゃないですか。

―まずはシャッターを開けてくれるとか?
そう。その日だけは商売屋さんはみんな店を開けて、何を売る・・・でなく商売をしてほしいですね。表に縁側みたいに椅子を置いてお茶を飲んでもらうとかでもいいと思うんです。

―昨年はコロナ等で長らく開催が見送られた後の再開でしたね。お祭りの日は会場だけでなく地域も活気づいてほしいですね。
そうですね。昨年は5年ぶりの開催と第50回の記念大会が重なりまして、花火の予算も倍まではいかずとも増額してましたので、かなり派手な花火をあげさせていただくことができました。本年度も開催が決定し、昨年に続き、盛大な花火を・・・と企画はしているんですが、悲しいかな昨年度で予算は全部使ってしまいまして(泣)今年も開催が決定し、我々も準備を進めていますので、皆様のご協力よろしくお願い致します。

 

夢は定期周遊バス

ー今、取り組んでいる、あるいは過去に行った企画で好評だったものはありますか?
これは試験的な事業として3年前から行っているものなので、好評といえるかどうかはわからないんですが、「タクシークーポン」というのをテスト的に数か月ずつさせてもらってます。内容としましては駅前案内所に来ていただきますと、500円のタクシークーポンを配布します。仮に栄山寺へ行くのにタクシー代が1,000円かかったとすると、そのクーポンご利用で500円で目的地まで行けます。栄山寺を見学後、近くの観光協会会員さんのお店で食事をされた、あるいはお土産物を規定の金額以上買っていただくと、また500円のクーポンをお渡しします。そのクーポンでまた次の観光地に行かれるも良し、駅に戻ってくるも良し、という企画をさせていただいてます。

ー観光客にとっては移動にかかるお金の負担の軽減、会員さんにとっては食事や買い物、お店を知ってもらう機会になるということですね。
そうですね。これは観光協会と商工会のコラボ事業なんです。

ー実際ご利用の件数は?
試験的なものなので、まだ数十件でしたが、これから観光地が増えてくれば、例えばいちごパフェを食べに行く・・・、これも観光なので、交通費としてクーポンを利用するのもありかなと思います。新町通りを楽しんだ後、例えば次は金剛寺へ。歩くと30分・・・、タクシークーポンを使っていただければと思います。この事業の予算いっぱいまで使えるようになれば最終的には市内の定期周遊バスを回したい。それが夢ですね。

―今後、新たに企画している、あるいは、してみたいイベントや取り組みがあれば教えてください。
先ほどの「五條名物ヒネ」もですが、新しい観光として、五條は工業団地があるので、「工場見学ツアー」を、という意見が出ています。実際、製造工程が見えるようにガラス張りにしている工場もありますし、柿の葉すし本舗たなかさんや柿の葉ずしヤマトさんは定番にはしておられませんが、柿の葉寿司作り体験をしておられます。他の市町村でマヨネーズや飴、カップラーメンの工場見学が事業として成り立っている事例もありますので、五條市としてもそういうをツアーを作っていきたいですね。

―観光を通じて、地域をどのように元気にしていきたいと考えていますか?
まず五條は元々商業の町ですし、人に来ていただいて賑やかでないと活気がない。だから、まずは観光で人を集めることができればと。人が集まれば何かお店をしようかという方が出てくる、そうすると商売屋さんが増えてきますので、そういう感じで賑やかにしたいというのがいちばんですね。

―今抱えている課題や問題点はありますか?
市内のイベントを把握できていないことです。把握できればイベントカレンダーの発信、発行、同じ日に開催予定のイベントの事前調整、タイムスケジュールの作成等ができて、より多くの方に五條を楽しんでもらえると思うのですが、現状、情報収集の仕組みが整えられていないことが問題点です。
あと、現状ご案内している観光地が旧五條市に集中している、西吉野地区、大塔地区含めた広域での案内ができていないことです。体験型を盛り込んだ西吉野の柿狩りや、五條のイチゴ狩り、大塔では歴史ある十津川豪志をご案内したいです。

―外国人観光客への対応や、案内体制はされていますか?
新町マップの英語版を作成中です。五條観光のメインストリートである新町をみてもらいたいですし、実際に外国人観光客からの要望もありましたので、今年は絶対に作成します。

―地元住民や会員、その他ご協力くださる方々に、今後どのように観光に関わってほしいと考えていますか?
もっと「観光」を仕事にしてほしいですね。土産物でもよし、飲食だとか名物とか記念品とかを作って、「五條を持って帰ってもらえるもの」っていう事業に関わってほしいですね。昔、五條で当たり前だった柿の葉寿司が、創業者のご苦労や地域の協力等色々なものが重なって、今では五條の名物になったように、五條のものを事業として観光につなげてほしい。電気屋の私も何かできないかとかねがね考えているんですが、まだいいアイデアが浮かばなくて。

―ご自身が個人的に好きな場所はどこですか?
金剛山のトンネルを超えて五條の町が一望できるところがあるんです。あの風景。好きー。(笑)
盆地全体に街が広がっていて、降りてきたら新しい町じゃなく古い町もある。好きー。(笑)あげればいっぱいありますよ。畑一面に広がる色づいた柿。いいよね~。東京だと1個千円?!もっともっと地元でも売れないかな~。ちょっと傷アリで出荷できない柿を食べてもらうと「え!? 柿ってこんな甘いん?」ってびっくりされますもん。『柿』をもっともっと推していきたい、いや推していかんとあかんよね!!

―中さん、本日はありがとうございました。

JR五条駅前観光案内所

営業時間 9:00~16:00
休み 年末年始
住所 〒637-0005 奈良県五條市須恵3丁目70
電話 0747-20-9005
FAX 0747-20-9005

 


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

「いってらっしゃい」「おかえりなさい」と案内所に訪れた観光客に明るく声をかけるのは、キャリア10年以上のベテラン女性スタッフお二人。
接客や事務作業、情報発信等々、多忙な業務に加え、マスコットキャラクターのお手伝いもされるとか?!

五條愛満タンのスタッフさん達と、柿畑をはじめ五條の風景を「好き~」「いいよね~」とにこやかに話す中会長の取材を終え、私も近い将来、その魅力を『伝える側アクティブシニア』となれるよう頑張りたいと思いました。

 

第75回 カフェ新町ミント 松山幸藏さん 松山明美さん

きっかけはリノベーション
そこから始まり広がる新たな楽しさ

 

猛暑日が続く8月、新町通りでお店を始めたという「ミント」さんを取材。お店の軒先に吊られた風鈴が少しだけ暑さと緊張を和らげてくれました。暖簾をくぐると店内は開放感と趣ある素敵な空間。心地よい音楽が流れる中、出迎えてくださった店主の松山幸藏さんと奥様の明美さんにインタビューさせていただきました。

カウンターを置いてみたら

―こちらのお店はいつオープンされたんですか?
松山幸藏さん 以下 幸藏さん)去年の8月2日です。

―8月2日、今日?!、本日1周年ってことですか?!
幸藏さん)はい、そうです。

―おめでとうございます。
幸藏さん)ありがとうございます。

―現在、日曜日のみの営業ということですが、今日(水曜日)はわざわざお店を開けていただきありがとうございます。
幸藏さん)いえいえ。オープンから2か月ほどは私の仕事が休みの水曜と日曜にお店を開けてたんですが、そうすると、他の用事ができないんでね、例えば病院へ行ったりとか・・・。それで日曜日だけにしようってことになったんです。

―お仕事とおっしゃいますと?
幸藏さん)週5日、大阪の輸入車のディーラーさんへ回送係の仕事に行っています。
お客様の車を車検や修理のために引き取りに行って、工場へ持って行って、修理、点検が終わるとまたお客様のところへお届けする係です。京都や大阪、いろいろな地域へ行きます。

―長年そのお仕事をされてらっしゃるんですか?
幸藏さん)いえ、以前は輸入車メーカーで整備士として働いてたんですが、2009年に会社がこう・・・、パタッとなりまして。そこで、今の会社が回送係を募集していたので、派遣会社を通じて行かせてもらうようになりました。

―お勤めをされながらお店を始めることになった経緯を聞かせてください。
幸藏さん)この建屋がボロボロで雨漏りもしていて、もしこの先、台風や地震

があったときの事を考えると、子供達に負担がかかると思いリノベーションすることにしたんです。工務店の方と打ち合わせをして、とりあえず二階部分をなくして吹き抜けにしようということでご覧の様にどーんと吹き抜けにして。で、そのあと、このスペースを(現在のカウンター付近)どうしようか・・・ってときに、工務店さんから「ちょっとカウンターとかキッチンなんかを置いてもいいんじゃないですかね」って言われて。で、私も、まぁそんなんあってもえーかなくらいの気持ちで進めていったんです。

―喫茶店をしようと思ってリノベした訳ではなかったということですね。
幸藏さん)全く、そんなつもりはなかったんです。何かしたいなって言うのは多少はありましたけど、そんな強くは思ってなくて、車とかバイクが好きなんでそういうのをここでいじれたら・・・とか、そういうぼやっとしたイメージはありました。私の「何かしたい」構想と、工務店さんの「何かした方がいいですよ」が合わさっていったんですかね。でも実際カウンターと流しが入ると、あ、ここでコーヒー飲めて、好きなジャズも聞ける。なかなかいいなと思ったんですよ。で、こんなかたちになりました。

開店までの道のり

―構想が固まってからのスケジュールは?
幸藏さん)一昨年(2021年)12月に工事が始まって翌年4月に完成。そこから色々準備をして、7月に知り合いや親戚をよんでプレオープン。8月に正式に・・・といっても告知等は一切せずこそっとオープンしました笑  工事が終ってからの準備がね、結構大変で、全くの素人だったので何かを選ぶにしてもどれを選んでいいのか、どういう感じでいったらいいのか・・・。でもその後たまたま行った家具屋さんや電気屋さんで何かいい感じのものがあったので、これえぇやん、これもええやんって感じでとんとんと決まって揃えました。
コーヒーのマシンとかはね、もともと家にあったやつです。うち親戚も多くてお客様もたくさん来るんで、普段からよくコーヒーはいれてたんです。

―オープン当初の思い出は?
幸藏さん)やっぱり緊張しました。お客様が来られたらまず水とおしぼりを出して、動線をどうしてとか、豆をどうしてとかね。オープンの告知もしてなかったですし、通りがかりの人が気付いて入ってきてくれるって感じで、メニューもコーヒー、紅茶、コーラくらいに絞って何とかやれてたって感じでした。

―1年経った今、いかがですか?
幸藏さん)ま、ぼちぼちって感じです。常連さんもちょっとずつ増えてきました。車関係の仕事のお客さん、あと、毎朝の通勤で知り合った方がいて、こんなん(店)しますねんって言ったら来てくれたり、観光客の方も入ってくれるようになりました。

―手作りのケーキは、営業日の前日にご準備されるんですか?
松山明美さん 以下明美さん)土曜の晩から寝やんと焼きます。夜から作り始めて5~6種類くらいかな。

―寝やんと?! 5~6種類?! でもメニューにはケーキが載ってないですね?
幸藏さん)1年間はお試しで様子みてみよってことで、ドリンク注文のお客様にはケーキをいくつか無償でお出ししてたんです。
明美さん)そう、お試し中なんで。喜んでもらえたらそれでいいの。「いいんですか?!」ってびっくりされたりしますけど笑

―はい、私もびっくりしてます笑 奥様は昔からケーキ作りをよくされてたんですか?
明美さん)はい、昔から食べるのも作るのも好きで笑 だからほんとはもっと若い時にお店をしたかったんですけど、この歳になって、これからゆっくりしようって思てたときにお店することになって・・・笑。それもコーヒーなんていれたことないお父さんがお店するって言うんやもん笑。でも何かお手伝いできるかなと思ってね。

―ご主人・・・、コーヒーいれたことなかったんですか?笑
幸藏さん)ないです笑 店するまでは仕事から帰ってきてご飯食べてお酒飲んで、しばらくしたら奥さんに「コーヒーいれて」って。しばらくしたら「何か甘いもんない?」って。そう・・・私「何もしない人」やったんです笑

―そのご主人が今は喫茶のマスター!
明美さん)そうそう笑
幸藏さん)コーヒー屋さんのHPやYouTubeを見て、豆の量、湯の量、温度、蒸らす時間等を研究して試行錯誤を繰り返し・・・の末、結構味にうるさい息子達も美味しいと言ってくれたんで、ま、何とかいけてるのかなと笑

―息子さん達はお店を始めるにあたってどのように?
幸藏さん)「ちゃんとやらなあかんで」って笑。もう、何かすごい怒られました笑 「何をどうして、どうするのか、ちゃんと決めたんか?」「ほんまに、ちゃんとできるんか?」と笑。ま、それまで何もしたことない・・・、飲食に関わる仕事なんてもちろん、それこそコーヒーなんていれたことない人間が急にそんなことできるのかって事だったんでしょうね。

―今、美味しいコーヒー、いただいております笑
幸藏さん)ありがとうございます笑。

バイク、ケーキ、あいみょん。

―奥様はケーキ作り、ご主人は車やバイク、ジャズがお好きとのことですが、「スイーツ」に関してはご夫婦で色々お店巡りをされてるそうですね。
明美さん)そうですね、ケーキ屋、パン屋巡りは結構しますね。私達、案外、食の好みが合うんですよ。嫌いな食べものも一緒やし、昔は信州までお蕎麦を食べに行ったりとかもしてたのよ。お父さんが車でどこへでも連れてってくれるからほんま嬉しい。
幸藏さん)車の運転は好きなんで、どこでも行きます。
明美さん)三田にスイーツの街があるんです。ケーキだけじゃなく、チョコレート専門店とかアイスの専門店とかいろんなお店が一帯にあって一日遊べそうな街。 そこへも朝早くから出かけて、並んでジェラート食べたり、子供に買って帰ったり、お父さんもほんまスイーツ好き。仕事のお昼休みにも色々買いに行って写真載せてるみたいで、それ(SNS)を見た友達が「幸藏さん、また何か買って食べてるで」って教えてくれるんです笑

―大阪だとたくさんお店もありますもんね?
幸藏さん)そうですね。今の職場のある大阪西区エリアも美味しいケーキ屋さんの激戦区で、よく昼休みに自転車で買いに行くんですよ。そのときディーラーのジャンパー着てるからお店の人がすぐ顔覚えてくれて笑。今から10年くらい前に、扇町のフランス菓子のお店に感動したのがきっかけで、それまでちょこちょこ買いに行く程度だったのが食べログとかで調べていろんなお店に頻繁に行くようになったんです。

―ジャズについては?
幸藏さん)ジャズはもうずっと昔から聞いてて。お店するにあたって何度も日本橋に行ってスピーカーを決めてきました。これはJBLっていうジャズにマッチしたアメリカのスピーカー。あと私の好きなアーティストのポスターを取り寄せて飾ったりしてここは、ま、私の趣味的なスペースでもある訳です。だから家に帰って食事を終えたらもうここに来て、コーヒーやお酒を飲みながらゆっくりジャズを聞きます。あと、中島みゆき、あいみょん

―あいみょんも聞くんですね!?
幸藏さん)聞きます聞きます。もう1個の方のスピーカーで聞くとね、ほんと、あいみょんがその場で歌ってるかのように聞こえるんですよ。初めてYouTubeであいみょんを聞いた時からこの子すごいなーって思ってて、そしたらその後ドーンと売れて笑

―食後もここに来て・・・。この場所を楽しんでらっしゃるんですね。
幸藏さん)はい。そこがいちばん大きいです笑 自分が楽しめてるこの場所に、お客さんが来てくれて、音楽とか、車、バイク、スイーツの話をできるのがとても楽しいです。このお店のこれが美味しいよとか、パンでも総菜系やハード系いろいろありますし、お酒だったら奈良の日本酒も色々飲んだので、お話できるかなと。教えてあげられること、逆に私もお客さんから教えてもらえることがうれしいんです。

―行く行くは平日のオープンもお考えですか?
幸藏さん)そうですね、私ももうすぐ70歳になるんで体力、視力、運転の技術の問題もでてきます。お客様の大切なお車、さらに輸入車は500~600万、中には1000万する車もありますからね。年々、より慎重に運転することを心掛けていますが、ディーラーさん側の判断もありますし、いつまで契約してもらえるのか、あるいは出勤日数を減らしてもらえるかなど相談していこうと思っています。少し余裕ができてきたら、だんだんこっちがメインになってお店開ける日も増やせるかと思います。

次は釜めし?クラフトビール?

―新町ミントという店名の由来は?
幸藏さん)店名は何がいいかっていろいろまぁ、家族会議で相談して・・・。で、私、虫が嫌いなんですよ。大阪って虫あんまりいないでしょ、こっちきたら、すぐそこが河原で、蚊、蜂、いろいろいてて。今はさすがに少しは慣れましたけどね。で、そこから、ミントって虫除けになるなっていうの新町通りで「新町ミント」。
あと、ミントってお菓子にも使うでしょ、奥さんもミントのケーキを作りますし、飾りにも使ってますので。

―「虫除け」の意味が含まれてたとは笑 五條市は自然豊かですからね、虫もたくさんいます笑
幸藏さん)私は元々大阪の人間でここには養子で来させてもらったんです。ずっと会社と家の往復で朝早く出て夜遅く帰ってくる生活が長かったですから、五條のことは最近ようやく色々分かって来た感じなんです。

―これからお店で取り入れたいことや考案中のものはありますか?
幸藏さん)かき氷ありますか?って来てくれるんで、それも考えようかなと。あと、ランチ的なものができればいいですね。

―ランチ、ぜひ♪ 奥様お料理好きとのことですし。
明美さん)いや~そんなん無理やわ~笑 主人が仕事辞めて完全にここってなったらまたそのとき考えよかな~。
幸藏さん)前に釜めしとか天ぷらとかだし巻とか色々作って親戚に食べてもらったりはしたんですよ。お試しで。

―釜めし、だし巻・・・ご主人、日本酒も色々ご存知とのことですし、奥様のお料理でお酒も進むのではないですか?
幸藏さん)はい。でも手術してからは控え目で・・・。私3年前に大病してね、それからいろんなことをぼちぼちしょうかなって考えになったんです。
明美さん)そう、病気してね。10キロくらい痩せたよね?お父さん、ここ(五條)に来てくれて今まで一生懸命、頑張ってくれたから、これからの人生は自分の好きなことしてくれたらいいと思ってね。
幸藏さん)病気してへんかったらこんなんしてへんだかもね笑
明美さん)
バイクで走り回ってたんちゃう?笑
幸藏さん)そうやな~
。休みならツーリングとか?
明美さん)偶然かもしれないけど、車好き、音楽好きな人が来てくれたり、あと今度カフェを始めたいって方が来てくれたことがあって、とっても話が弾んでお父さんも喜んでるのを見ると嬉しくて。だから私はちょっと出てきてお手伝いさせてもらってるだけ。
幸藏さん)今、クラフトビール巡りも楽しみのひとつで。私に資金力があったらねぇ、新町でクラフトビールのお店もしたいんですけど・・・笑

―ぜひ、クラフトビールのお店してください!その時はまた取材に来ます!笑
幸藏さん)そんなん無理無理~

―五條市についてどういったことを感じますか?
幸藏さん)大阪から最初来たときはなんて静かなとこなんだと。 風景や街並みも綺麗で大阪のガヤガヤが当たり前だった私にとっては静かだなーという印象でした。
明美さん)私はずっと暮らしてきたからそんなんも当たり前に思ってた。交通の便が不便やなと思ってましたけど。
幸藏さん)私が五條に来た頃は、まだ電車の本数も結構あったけど、今はかなり減ってるでしょ。
明美さん)雨とか風でよく電車停まってるでしょう?あれは困るよね、通勤、通学の人が難儀してるもん。そういうの改善策考えてあげてほしいよね。
幸藏さん)交通の便ね・・・ま、不便だからこそ、この風景が保ててるかもしれないですしね。大阪はやっぱり雑踏の中という感じですからね。今はアマゾンとか楽天でどこに居ても何でも買える時代だし、住むにはこういう街がいいかもしれませんね。

―幸藏さん、明美さん、本日はありがとうございました。

喫茶 新町ミント
  住      所 〒637-0043
奈良県五條市新町1丁目11-6
  営   業   日  日曜日
  営 業 時 間 10:00~17:00
  駐 車 場

☆スタッフHのすぽっとwrite☆

「お試し中なんで・・・。」そういって出してくださったケーキはどれも本格的。
なかでも初めて食べたミントのケーキが美味しくて印象に残りました。
美味しいコーヒーとケーキをいただきながら教えてもらったスイーツ、パン、お食事、たこ焼き・・・の美味しいお店など、おふたりのその情報量といったらほんとにすごくて、取材後もペンが走る走る笑 いや~お腹も心も情報も満たされました。

これから私も忙しくなりそうです。教えてもらったお店、「お試し」に行かないと♪

 

 

第73回 山本美容室 原谷裕子さん・山本智子さん / Lash fully 岡佳苗さん

求められる間は続けたい「美と癒しのお手伝い」
それが私達の活力

左:原谷裕子さん 右:山本智子さん

重伝建の街並みに溶け込む店先に暖簾が揺れる。何屋さん?興味から中の様子を伺う方も・・・と話す2代目裕子さん智子さん姉妹のお店は一見「美容室らしくない」。が、取材後には一転、外観も暖簾も全て「山本美容室らしさ」に感じられる。
まつ毛エクステ「Lash fully」を併設する裕子さんの長女佳苗さんと共に営む山本美容室は、歴代ワンコと新入りニャンコ、ここに居る方、訪れる方が癒し癒され歩んできた場所。これまでの歩みや思い出、ご趣味や楽しいトークを聞かせていただきました。

それぞれの思い出

―山本美容室の歩みについて聞かせていただけますか
長女、原谷裕子さん:以下裕子さん)母が美容師の免許取ってすぐにお店を始めたんじゃないかな。母の修行先でもあった3件隣の小林美容室さん(現在は駐車場)の移転をきっかけに、その店舗を引き継いで昭和24年に開業しました。ここに移転したのは昭和33年・・・、その翌年に伊勢湾台風の災害にあったんです。

―移転した翌年に・・・。そのときのこと覚えてらっしゃいますか?
裕子さん)覚えてます。そのとき私は小学校1年生で、それはもうすごかったことを覚えています。ほんとにすごかった・・・。上まで浸かって。だから壁に浸かった跡の筋がついてたよね?
次女、山本智子さん:以下智子さん)そう・・・、そのときにお雛さんが流れてしまってね。だから、うち三人姉妹なんだけど、お雛さんの思い出がないんです。

―その後ずっとお店を守り続けてるんですね。とても素敵なお店ですが、改装を?
裕子さん)新町通りが重伝建に指定されたとき(2010年)に改装しました。改装中、壁を一旦取っ払ったときは焼け跡のような真っ黒な骨組みが出てきてびっくりしました。当時で築160年くらいだと聞きました。
智子さん)隣と奥の建物は昔はつながっていて、ここは料亭だった様です。この辺りは宿場町だったので舟から上がって来た方達が利用してたんじゃないでしょうか。

―宿場町でとても賑わってたんでしょうね。
裕子さん)そうですね。河原に舟がとまってた風景を覚えてます。
智子さん)上の方から木を組んで筏にして流れてくるのね。トラックじゃなく当時は川を流して運んできて。その先の川端二見の貯木場に集まった木を今度は汽車に積んで・・・。ほんとに昔ですね、昭和30年代かな。この通りにも魚屋さんとかすごくたくさんのお店があったよね。
裕子さん)そうそう、お風呂屋さんとかもあったよね。

―裕子さんがお店を引き継いだのはいつ頃ですか?
裕子さん)平成10年に、母が引退するタイミングでお店を継ぎました。

―裕子さんはやはり小さい頃から美容師を目指してたんですか?
裕子さん)もうずっと洗脳されて育ったって感じですよね笑 高校出て美容学校行ってインターン行って2年ほど大阪に居て22~23歳くらいに帰って来たのかな・・・。子供の頃、お店がすごく忙しくて、私が小学校2~3年の時から家事、ご飯作りとか結構言われてね笑。
智子さん)年末とか、季節の行事のときはほんとに忙しかったから、私の小学校の入学式はこの人(裕子さん当時4年生)が付き添いしてくれましたから笑
裕子さん)しっかり覚えてるな~笑 私があんたの入学式の付き添い行ったの?笑
智子さん)そうやで笑

―智子さんは美容の道へは進まなかったんですか?
智子さん)はい。お店は姉が継ぐもんだ、私は外へ出るもんだみたいな感じで、自然とそうなりましたね。高校出てから京都に居てて、そこで色々して、いつこっちに帰って来たんだろ?そうそう、平成7年に帰ってきたんです。父親の具合が悪くなったのもあって戻って来て。そのときは継ぐ気も何もなかったんですけど、母も父に付きっきりになりましたので、お店を手伝ったり雑用係みたいな感じで。
裕子さん)そうやったね、旦那も連れて帰って来たのよね笑
智子さん)そうそう笑

―時代と共に美容室のスタイルも変化しましたか?
裕子さん)母の時代は結い上げ、アップといったセットの時代ですよね。当時はまだお正月に着物を着る習慣が残ってましたので、そのセットとかね。
智子さん)花嫁さんがお家から嫁いでいった時代なのでお家にお邪魔して着付けや化粧、かづらのセットもしてましたね。
裕子さん)徐々にセットのスタイルはなくなって、パーマでもこういう中に入るっていうのもなくなりましたよね。今では当たり前ですが、予約制を取り入れた当初はお客様に怒られたり。「すぐ行かれへん」とかって。
智子さん)昔は美容院て、何だろな・・・文化というか一種の社交場だったんですよね。ここへ来て順番待ちながらお話して、そこで息抜きするみたいな場所。だから予約制にすると、ここで近所の方と会う機会がなくなってしまったんですよね。こちらとしては効率化も考えて取り入れたんですが、お客さんにとっては寂しかったのかもしれませんね。

趣味と癒し

―智子さんは鞄作家とお聞きしましたが?
智子さん)いえいえ、作家ではないですないです。趣味でしているだけです。ただ編み物が好きなことから始めたんです。

―セーターとかではなくて鞄を編むって難しくないですか?
智子さん)笑笑 セーターだと、前身ごろと後身ごろと袖を編まないといけないじゃないですか・・・それめっちゃ苦手で笑 一発で作り上げたい・・・それが理由です笑 だいたいのイメージで作ってるんだけどイメージ通りいった試しがない笑 以前は大きいバッグを作ってたんですけど、最近は小さいバッグをいろいろ挑戦しています。セーターだと主に毛糸で編みますけど、鞄だといろんな素材で編めますからね。
裕子さん)これなんかは和紙でできた紐で編んでます。だからすごく軽いんです。何回もほどいては考え・・・ってやってるよね。

―裕子さんも鞄を作ってるんですか?
裕子さん)はい。私はミシンで作るタイプの鞄です。20年ほど前はこういう人形を作ってたんですよ。それが何で鞄になったん?て皆に言われるんですけど、細かい作業が大変になって。でも、こういう何か作るっていうのが好きで時間があったらひたすらミシンを踏んでます。


―作品は展示や販売などされてるんですか?
裕子さん)はい、今は月に1回のイベントによんでいただいて販売しています。
智子さん)近くに刺繍作家の方がいらして、その方のイベントに参加させていただいたり、以前は高野山で開催されるクラフト作家のイベントにもよんでいただきました。

―ほんとにお好きなんですね。そしてお二人とも器用でいらっしゃいますね。
裕子さん)いえいえ、そんなことないです。やっぱり、極めてないのよね笑
智子さん)そうそう、器用貧乏っていうのかな笑。
裕子さん)もうほんと、楽しんでるだけで結果はついてきてないんです笑。いろんなお客さん来てくれて出会うのが楽しい・・・そんな感じですね。うちってお客様を待つ商売じゃないですか。その待ち時間とかお昼休み、合間合間の時間を使って編んだり、ミシン踏んだりしてるんです。

―ワンちゃんのお写真がたくさんありますが?
裕子さん)うちの歴代犬の写真です。この子が去年の夏に亡くなって。いつもここで一緒に居た子だったからお客様も「あれ?わんちゃんは?」って気にしてくれて。20年くらいずっとうちにはわんこが居ましたから。うちの美容室=犬だったんです。 

―大きくて存在感があって、癒しですよね。
裕子さん)そう、すごい癒しです。すごくおとなしくて、じっと見守ってくれてる感じで。

―今は猫ちゃんがいるとか?
智子さん)そうなんです。生まれてすぐ親猫がいなくなってしまったのか一晩中鳴いてたのを保護したんです。
裕子さん)冷たくなっててもう助からないと思ったけど、もうほんとに小さくて、87gだったかな、なのにしっかり鳴いてて。夜中2時間おきにスポイドでミルクあげて無事大きくなってくれました。
智子さん)すごいやんちゃで、仏壇が好きで暇さえあれば仏壇に入ってる笑
裕子さん)あれ、狭いから落ち着くのかな笑
智子さん)位牌は倒すし、線香立てはひっくり返して灰まみれにするしでもう大変・・・笑

 ―でもかわいいですよね。
裕子さん智子さん)はい笑

まつ毛エクステ「Lash fully」
岡佳苗さん

私ができた旅立ちのお手伝い

―佳苗さんが美容の道へ進まれた経緯についてお聞かせください。
私はもう決まっているかのように、ここで母と一緒に働くんだと子供の頃から思ってたんです。祖母にも子供の頃から、あんたが継ぐんやで~ 代々そうやっていくんやで~みたいにずっと言われてて笑 母がめちゃくちゃ忙しかったんで、祖母が母親変わりだったんですよね。美容の仕事が好きというのは大前提ですけど、私は髪の毛よりもまつ毛とかエステとかの方が好きだったんで、美容師免許取得後、ずっとまつ毛のお仕事をしています。美容室には既に母にお客さんがついてましたし、私は何か違う方でお客さんを広げようと思ったんです。

―美容師免許取得後すぐにこちらでお店を?
いえ、大阪のエステサロンで勤めていて、そこでまつ毛エクステと出会いました。いつかは独立しようと思ってたんですけど、そうですね・・・、そのタイミングが26歳の時にきて、ここでお店を始めました。早い独立だったので色々心配もありましたし、まわりから田舎では失敗するやろう・・・とか言われたりもしたんですが、ちょうどマツエクが流行り出した頃というのあって、お客様も来てくださって、結構こっち(五條)でも需要があるんだって思いましたね。

―都会でされてたときと比べてどうですか?
そうですね。流行りを追う都会に比べると、髪が伸びたら切るのと同じ感覚というか、マツエクが外れたら行くって感じで生活の一部として考えてくれてますので、「定番」の気に入ってもらったものをつける、っていうスタイルでさせてもらっています。

―店名「Lashfully」の由来は?
ニューヨークの「Lashfully」というお店をネットで見つけて何かいいなって思って。Lash(まつ毛)がfull(フル)ってことで。若い頃、ニューヨークへ旅行して以来、ニューヨークが大好きなんです。

―どういったお客様が多いですか?
高校生から上は80,90代の方まで、幅広い年齢層の方に来ていただいてます。都会では来店客の年齢層が割と区切られてたんですけど、こっちではいろんな年代のお客さんと接することができるのでそこがいちばん楽しいというかいいところだなと思っています。

―お店の紹介は主にSNSですか?
SNS、めっちゃ頑張りました笑 ブログ書いたり、リーフ作って駅で配ったり、ポスティングしたり。でも一番強かったのは新聞でしたね。当時新聞に載せるのがこの辺りではいちばんいいって聞いて、ちょうど何かのキャンペーンだったかな?母の方の美容室を掲載する時に一緒に載せてもらったら、それが一番反響があって。時代や地域性だったのかもしれないですけど、新聞をみていただいて広まったって感じですね。

―1日どれくらいのお客様を施術されますか?
今は子育て中なので1日に3組と決めさせてもらって、週5日しています。

―今までで印象に残った出来事はありますか?
もう亡くなられた方なんですが、ちょっと遠いところからずっと歩いて通ってくださってた80代後半のお客様がいらしたんです。最後にいらしたときは施術ベッドからひとりで起き上がれなくて、初めて「タクシーよんで」っておっしゃったんです。その1週間後にその方は亡くなられたんですけど、そのとき「美」って女性にとってすごい大事なんだなってほんとに思ったんです。私、お葬式に行かせていただいたんですけど、後に、最後の旅立ちに立ち会った方から、死に顔がとても綺麗だったよ、良かったねって言っていただいて、何か嬉しいって言ったら言葉が違うかもしれないですけど、このお仕事してて、何か自分にもできることがあるんだなって。お客様が亡くなられた後のお話まで聞かせてもらって、お役に立てたことがあるんだなって思いました。

―佳苗さんのところに綺麗にしてもらいに行くことが気力、楽しみだったんでしょうね。
そうですね、うれしいです。

―施術中はお客様とどんなお話をされますか?
今日の夕飯何作るんですか?とかそんな話ですよ笑。主婦の会話です。白菜あるんですけど、どう(調理)します?とか笑 最近流行ってる美容の話をしたり、海外ドラマの話とか色々・・・ほんと普通の女子トークです。寝はる人はすぐ寝ますね笑

―どういったお店にしていきたいですか?
求められる間はずっと続けたいなって思ってます。今来ていただいてるお客様もほんと長く来ていただいてる方多いので。あとは有資格者の方に技術のレクチャーもしていきたいです。

―お母さまは鞄作りがご趣味でしたが、佳苗さんは?
私は結構アウトドア派なんですよね。海行ったりとか、そっちの方が好きです。自然に癒されに行きます。今は子育て中なのでなかなか行けないですが、休みの日は公園に行ったりします。

ー佳苗さんありがとうございました。

 

お客様と共に歳を重ねて

―これまでの人生を振り返ってみていかかですか?
裕子さん)とにかく忙しすぎて駆け抜けてきた感じ。だからほんと子育てとかあまり覚えてないのよね笑 ご飯作りはずっと妹がしてくれてたし、習い事も全部母が連れて行ってくれて。上靴とか私、洗ったことなくて笑。ほんとみんなに助けられて、ただただ感謝です。今度は私が娘の子育てを手伝ってあげないとね。

―五條市についてどのように感じますか?
裕子さん)そうですね、閉鎖的だなと思います。
智子さん)人口も減ってきてるし交通のアクセスも悪い。最近新町通りでも増えてきた空き家問題。それでも何かできることはあるんじゃないかなと思います。何か新しいことを始めるときにはもっと女性の意見を取り入れてほしいなと思います。昔、新町の良さを発信したくてかげろう座の前身『ワンデーズギャラリー』を立ち上げました。その後数年間はかげろう座でにぎわいを見せましたが、いつしかそれもなくなり、あれほどのにぎわいは未だないですよね。かげろう座はとてもいいイベントでしたので、ああいうのをまた考えてほしいなと思いますね。
裕子さん)かげろう座では、ここも喫茶店にしたんですよ。たくさんの方が来てくれて、楽しかったってみんな言ってくれました。たった1日だったけどすごく楽しかったって。

―お二人姉妹とても仲が良いですね。
智子さん)親が忙しかったから昔から何でも自分達女3人でやってきてたからかな。
裕子さん)彼女(智子)は真ん中で一番しっかりしてて、私は長女でなんかずっとぼーっとしてましたけどね笑
智子さん)歳取ってくると特に、お互いしかいないしって感じですよね。何となく流れで私が山本の姓を継いでますし、何となくそうなっちゃったんです笑。だから、私の方が「お姉ちゃん?」ってよく言われます笑 

 ―そして、お二人ともとってもおしゃれで素敵です!
智子さん)いえいえ・・・そんなことないですよ。ただ好きなんです。お洋服とか。
裕子さん)元気になりますやん。お洋服の力っていうのかな。

 ―ではお洋服などお買い物は一緒に?
裕子さん)はい、鞄作りの材料を仕入れに本町(大阪)へ行って、そのついでに。でも好みのお店のお洋服もだんだん似合わなくなってくるのよね、体型がほら、下がってくるでしょ笑

 ―お料理なんかもお好きで?
裕子さん)この人(智子)はね。だから18日はお味噌作り。二人で毎年仕込むの。今度、18日やんな?
智子さん)そう、18日。

―今後はどういったお店にしていきたいですか?
裕子さん)私も70歳なのであと10年はできるかな・・・ていうかしたいなって。といって、もうちょっと頑張ってるかもしれないし、早めに引退してるかもしれないし。今でも目が見えにくくなったり、ブローしながらの会話が聞こえにくくなったり・・・いろいろありますけど笑
智子さん)お客様がいらっしゃる限りはやっぱり続けていきたいですね、たとえ一人になってもしようなっていつも話してんねんな?
裕子さん)そうそう。吉行あぐり※みたいに生涯現役で笑

※90歳を過ぎても、馴染み客限定で美容師として仕事を続けていたが、2005年(平成17年)に閉店。日本の美容師免許所持者最高齢だった。

智子さん)お客様も高齢化で、最近お顔見ないなと思ったら施設に入られたとか、「入院してたの」「骨折して・・・」そういうの最近増えてきました。仕事が先細りになるのは確かですが、我々も歳とっていきますんで、お客様と一緒に歳を重ねていくって感じですね。

 裕子さん・智子さん)長引いたコロナ禍で、久々にカットに来られたお客様は何となく元気がなく、疲れたご様子なんですよね。お出かけできなかったり、人と会う機会が減ってしまったからでしょうか。でもヘアを整えると驚くほど元気になって帰られるんです。そういった姿を見ることで私達も元気になれるし活力なんですよね。これからもお客様の美と癒しのお手伝いができればと思っています。

―裕子さん、智子さん、佳苗さん、本日はありがとうございました。

 

山本美容室  
住所 五條市新町1丁目10-14
電話 0747-22-5421
営業時間 8:30~17:00 (予約優先)
定休日 毎週月曜日・第2月・火曜日・第3日・月曜日
駐車場 有 (店舗横)

☆スタッフHのすぽっとwrite☆

「鞄作家」「子猫の保護」すぽっとらい燈ファン?の方から山本美容室についてこの2つの情報を入手しました。一旦持ち帰ることなくその場で取材の取り次ぎを依頼したのは、取材歴8年のワタクシの直感とでもいいましょうか?笑 でも、ほら的中。こんな素敵な方達と出会えました。おふたりが作った鞄はもちろん素敵で取材時一目惚れした大きなバックは買い物に旅行にと大活躍中です。

まわりから姐さん姐さんと呼ばれている私ですが兄弟は兄二人。女姉妹、特に姉が欲しかったんですよねー。姉妹で買い物、姉妹で味噌作り、鞄作り。ほんとうらやましい。裕子さん、智子さん、どうか「姐さん」と呼ばせてください。そしてこんな私を「妹」だと思って?(笑)これからもよろしくお願いします(⌒∇⌒)

 

第69回 Cafeことほぎ 桝田小百合さん 園田ひとみさん 森本早苗さん

ここが「繋がり」の場所であれる幸せ お客様も私達も

重伝建五條新町通りの起業家支援施設「大野屋」で前身の「町家カフェゆるり」を引き継ぎ再スタートした「caféことほぎ」。古民家を改装したお店は重厚で風格ある外観、梁や柱、また格子戸越しに入る光、見える眺め等、日本の伝統的な美しさがあふれている。そんなカフェを日替わりで?営業する3名の女性スタッフにインタビューさせていただきました。

 

来てみたらここでした

―「町家カフェ ゆるり」を引き継がれた経緯について聞かせてください
園田ひとみさん 以下 園田さん)「ゆるり」は社会福祉法人正和会が営業していました。5年間営業させてもらったんですが、正和会の本業の方が忙しくなってきたということもあり一旦5年という区切りで撤退しましょうということになりました。私達は正和会の「カフェ担当」で「ゆるり」の時からのスタッフだったんですが、撤退すると聞いてとても残念に思いました。顔馴染みのお客様もいてくださいましたし、ここがまた空き家(空きスペース)になってしまうな・・・って。そこで3人で話合って、正和会から離れて自分達だけでやってみようかということになり、正和会に相談し承諾いただきました。それで店名を「ことほぎ」と変えさせてもらって再スタートしました。

―では皆さんはもともと正和会の職員さんだったんですか?
桝田小百合さん 以下 桝田さん)いえ、私はハローワークで「カフェのスタッフ募集」という求人を見て応募したんです。そこで正和会というお名前を見たものの、正和会さん自身がカフェを始めるとか、場所がここだとも思ってなくて、多分、正和会の施設内にカフェがあって、そこで働くのかなって思ってて。それで来てみたらここで働くんだって分かって笑。

園田さん)
私もそんな感じだったような・・・笑。

ーでは、皆さんは「ゆるり」のスタッフ募集がきっかけでお知り合いになったんですね。以前からカフェのお仕事に興味があったんですか?
桝田さん)そうですね、みんな接客業の経験があるので。

―ゆるりのスタッフとして働き始めて、当時どんなことを感じましたか?
園田さん)あ、こういう形(起業家支援施設内での営業)の経営なんだと分かりました。今までの経験のあるカフェとは違って、色々制約がある(カフェスペースで提供できるメニューの制限、営業日が決まっている等)ことがわかりました。その中でも自分の今までの経験を生かしてお仕事させてもらおうと思いました。

―前身の「ゆるり」と現在の「ことほぎ」、何か違いはありますか?
皆さん)そんなに大きな違いはないですね。

園田さん)
自由にできる部分があることですね。今までは五條市の規約の中のさらに正和会の規約の中での営業でしたが、今は例えば、自分が今日はこのメニューにしようと思えばそれができるとか。それ以外は特に違いはなくて、だからこそといいますか「ゆるり」時代のお客様が引き続き来てくださるのでそれがとても有難いですね。「ゆるり」を始めた頃は観光客を含めそんなにお客様も来てくれなかったんですが、5年間でこのお店のことを知っていただけて徐々にお客様が増えてきました。「ゆるり」の5年間があったからです。名前は変わりましたが、以前と変わらずお馴染みのスタッフが引き続きお待ちしていますので・・・とお客様には伝えています。 

―「ことほぎ」という店名の由来は?
園田さん)3人で候補を出し合い、ずらっと並べた名前をいくつかに絞りました。その中で「ことほぎ」という言葉は「寿ぐ(ことほぐ)」というおめでたい言葉だし、響きも良いなと。おめでたい言葉で少しでも新町通りの活性化につながればってことで「ことほぎ」に決めました。

 

2つの顔

―ことほぎは「日によって店主が替わり、「meguruめぐる」と「musubiむすび」2つの顔をもつcafé」だとうかがいました。そのあたりについて聞かせてください。
桝田さん)「ことほぎ」として再スタートするにあたって、それぞれの両立していく仕事や家庭の事情を考えるとここの規約通りに(定休日(月曜日)以外は必ず開店)お店の営業を続ける自信がなかったんですよね。私は家が農園なのでその仕事と、このカフェの仕事、そして介護などもありますし・・・

森本早苗さん 以下森本さん)
私はお二人のサポートという形で働かせてもらっています。

桝田さん)
それぞれの事情を踏まえると、二人で交替制にすれば無理なく営業を続けられるんじゃないかってことで。でもどうしても無理な時は森本さんがサポートしてくれるので、3人で協力してこのスタイルでやっています。それと、それぞれがちょっと違ったメニューを出したいとか、多分そこも分かれてくると思ったので、お互いを高め合うため、また経営上や食材の管理等、別々にした方がやりやすいんじゃないかってことでこのスタイルにしました。

森本さん)お二人が急用でお店に出られないときのサポートというかたちでお手伝いさせてもらってるんですが、私はケーキ等を作る方の経験はないので、下準備しておいてくれたケーキにトッピングをしたり、飲み物を作ってお出ししたりしています。今日は桝田さん、園田さんいるかなと思ってお越しいただいた方には申し訳ないんですけどね。

―3人でフォローしあって営業されてるんですね。
桝田さん)そうですね。個人経営ではなく市の規約のもとの営業ということで、ここで一緒に働きそのあたりを理解、共有している私達で一緒にお店をやっていきませんかってとこからスタートしたので、互いにフォローしあえてるかなと思います。

―「musubiむすび」「meguruめぐる」のそれぞれの特徴や思いを聞かせてください。
桝田さん(musubiむすび)家業が柿・梅農家なのでそれを使ったものでいきたいなと思っています。ただ、柿、梅の時期は家業も当然収穫で一番忙しい時期なのでそこがネックでして・・・。
五條市の方って柿は生で食べるのがいちばんって思ってる方、多いと思うんです。五條市でも柿をメインにしたケーキや、スイーツを出されてるとこってあまりないんです。お店に来てくださる方には「ここら辺に柿売ってるとこないの?」って結構聞かれるんです。例えば駅からここまでの道中にはその案内をできるところがないので選果場を案内するんですが、そしたら選果場へ行った帰りにここへ寄って柿をつかったスイーツを食べてくれるんですよね。「柿を使ったものを食べれるお店がないのよ」って言われて、あ、それやったらここでそれをお出しして、その美味しさを分かってもらえるのがいちばんいいなぁって思って。五條市の人をはじめ多くの人に柿ってこうやって食べたら美味しいんだよってことを知ってもらいたいですし、五條市の活性化には柿をもっと宣伝したらいいんじゃないかと思っています。柿は割とご年配の方が好まれるので、若者にももっと知ってほしいなって思いますね。

―例えばどんな食べ方があるんですか?
桝田さん)生で食べるにしても、ヨーグルトに入れたりされる方はいらっしゃるかもしれないですけど、例えば、柿はクリームチーズとすごく相性がいいですし、あと、ここでは柿プリンや柿スムージーもお出ししています。生で食べるにしてもパフェにしてお出しするなど、五條の方にも知ってほしい美味しい食べ方を発信していきたいと思っています。

園田さん(meguruめぐる)私は柿や梅を桝田さんのところから分けてもらって、それをアレンジしたものをお出ししていますが、どうしてもよく似たものになってしまいます。ですので私は五條市で獲れる美味しいイチゴや桃、マスカットや梨といった果物を使ってちょっと違うものもやってみようと思っています。あと、栗なども取り入れたものも考案中です。桝田さんの「musubiむすび」とは違う特色をあえて出していきたいな・・・と思っています。

ー最近、モンブランなども話題になってますよね。ぜひ、栗を使ったスイーツも考案してほしいです。
桝田さん)柿農家の私は、廃棄されるような柿がいちばん美味しいと思っています。少し傷があるものはそこから甘味が増しますし、既に赤く色づき今から市場に出せない柿はその時が一番甘味みのピークだったりします。五條市の人は柿を袋や箱にいっぱいもらえたりってことも普通にあるので、それで十分って思ってしまうのかもしれません。広報で柿のスイーツを紹介させてもらってますが、どれだけの方に興味を持ってもらえてるんかなって思います。難しいですね。柿を五條市に発信したいのか、五條市以外の方に発信したいのか・・・、そこが揺れるところです。

園田さん)柿が大好きで毎年、柿の季節になると大阪からお越しになるリピーターさんもいらっしゃいますし、若い方でも柿が好きって言ってくださる方もいますけどね。やはり市外、県外から来ていただく方が多いです。

―定番のシフォンケーキの他に夏はかき氷も人気だったそうですね。
園田さん)奈良市の方でかき氷がブームになってきてましたし、年々夏の暑さが増してきたのもあってかき氷を始めました。シロップにこだわって特色を出していこうということで、柿、梅のほかに苺や桃のシロップを手作りし、徐々に種類を増やしていきました。すもものシロップもできて好評いただきました。

―柿や梅、すもものシロップのかき氷なんて、食べたことないです。よくある夏祭りとかのかき氷とは違うんですね。
桝田さん)そうですね。できたら五條産、できなくても奈良県産でいきたいというのがこだわりです。とっても美味しいのに廃棄されてしまう果実も、シロップ等、違ったかたちに加工することでまた美味しく食べていただくことができるので。

 

 ほっとする場所、ドキドキする場所

―日々の営業で感じることや、印象に残っていることなどはありますか
桝田さん)リピーターの方、ご近所のお年寄りの方がここでコーヒーを飲んでくれるとき、多分ホッとしに来てくれてるんだなって感じるんです。コロナでなかなか人と会えないとか、いろんな行事が中止になってるじゃないですか・・・。なので、ここに近所の人が集まって近況報告とか世間話とかしてるのを見るととても嬉しいんです。また、最近新町通りに新しくチョコレート屋さんができたり、ゲストハウスもできて人との繋がりをここでしてくれることが増えたんですよね。ここがあってよかったわ、ここでちょっとコーヒーが飲めてよかったわって言ってくださって、そういう人と人が繋がる場所として使ってもらえてるのが嬉しいです。

園田さん)先日、ご近所の方々が来られて「ここやったら感染対策ちゃんとしてるから安心やな」「近所の人と話するのってやっぱり楽しいな」「こうして1ケ月に1回集まれたら」「久しぶりにこんな感じで過ごせたわ」ってお話されてて。皆さん長引くコロナに飽きてしまってるんでしょうね。じっとしていることに我慢も限界なのかなって。ちょっとお出かけしたい、でも不安、あまり遠くにも行けない・・って感じですね。ここで集まって話ができたことにあんなに喜んでもらえるんなら、そういう場所としてこれからも使ってもらえたらなって思いました。

ー人との繋がりの大切さ、人と会える嬉しさを皆さん感じてるんですね。ご近所さんにとっても「ことほぎ」がほっとする場所として存在してる様子がわかります。園田さん)あと、観光客の方が、シフォンケーキやかき氷、柿ぷりんをお出しすると「わぁー!大きい!」とか「わぁー!かわいい!」って写真を撮って、インスタに投稿してくれたりするんです。そういった反応がとても嬉しいです。

森本さん)私は五條市で生まれ育ちましたが、今まで新町通りを通ることってなかったんですよね。それがここでお勤めさせてもらうようになって、あ、新町通りって久しぶり、あ、そういえば幼稚園の頃のお友達、この通りのこのおうちの・・・って色々思い出して、そういうのが個人的にはすごく懐かしいっていうのがありました。あと、趣味で日本中の重伝建を周ってらっしゃるご夫婦がお見えになって、「すごくいいですね」ってこの新町通りや五條市を褒めてくださるんです。私からすると、正直、すっかり錆びれてしまった・・・と思っていた場所を「いや、そこがいいんです。他の重伝建は観光地化されて、いろんなお店もあるんだけど、ここは静かに生活されてるそのままの様子がいいんです」って言ってくださって。自分の今までの間隔とは真逆の感じ方をされるそのご夫婦に、地元の者が関心なかったことに気づかせてくれた、あらためて地元を見つめるきっかけをいただけたことが印象に残っています。それから休みの日に、昔の通学路を歩いてみたり、路地に入ってみたりすると、”五條いいやん”って思いましたね。観光客の方がインスタにあげてる吉野川の写真を見ると、めちゃめちゃいいとこやんって思って笑

―新町通りはあらためて五條市を見つめる、魅力に気づかされるきっかけとなる場所ですね。
園田さん)2~3か月に1回東京から来てくださるお客様がいらっしゃるんですが、いつもカウンターに座られて、格子越しに外をながめゆったりとここでの時間を過ごしてくださいます。

桝田さん)ちょっと時間ができたら1ケ月に1回来られるときもあります。

―東京からそんな頻度で五條にこられる目的は?
皆さん)ここ、五條なんです。

園田さん)
五條に来たら、必ずここへ寄ってくださいます。五條の事は私達よりよくご存じです。金剛寺のボタンが・・・とか生連寺のてるてる坊主が・・・とか。奈良が大好き、中でも五條が大好きな方なんです。

桝田さん)奈良や五條へのルート、交通手段なんかもすごい熟知されてて、私達が色々教えてもらってるくらいですよ。

森本さん)きっかけは吉野川のこいのぼりだそうです。吉野川でこいのぼりがたくさん泳ぐ写真を見て五條に行きたいと思ったのが最初だそうです。こいのぼりをあげるところを見たかったそうで、あげる日の前日から五條市に泊まって準備されて。ここを拠点にいろいろおでかけもされますが、1~2日は五條でゆったり過ごし、河原や新町通りを歩いたり散策しながらここで休憩してくださるんです。

―こちらには展示スペースや飲食ブースがありますが、そこへ展示や出店される方との繋がりなどは?
桝田さん)いろんな方と知り合えますし、展示等も見れて楽しいですね。先日、初出店の店主さんが来られたんですが、坊主頭で髭を生やした結構体格のいい方で、もう私達最初ドキドキで、どうしようっっ(汗)、ちょっと絡みにくいかも~って思ったんですが笑、その方はその方で、帰り際に「いいんですか、僕たちなんかがここに来ていいんですか?」みたいな感じで笑。

お店は盛況でバタバタした日は私と森本さんもそちらのお店を手伝って笑 最後には色々お話して、売り上げはどうでしたか?て聞くと、「いや、違うんです、僕は人のつながりが楽しいんです。ここに来ていろんな人との繋がれることが楽しいんです」っておっしゃって。ここで出店される方にはそういうことを楽しまれる方もいてるんだなって思いました。私達も刺激、勉強になりましたね。いや、でも毎回最初はほんっとにドキドキで。お互い様子をみながら絡み始めるみたいな笑

園田さん)ここでの出店を終えた後もSNSでお互いフォローし合って、今日はここで出店してますとか近況を教えてくれるので、あ、今日はそこで頑張ってるんやなとか、ここで私達と出店者の方たちとの繋がりもできています。

桝田さん)お店に来られた方にあのスペースは何?って聞かれることもあるので、(チャレンジショップの)説明をすると、一度やってみよかなっておっしゃる方もいらっしゃいます。

歩いてみませんか 

―コロナ禍での引継ぎ、そして今もまだその中での営業かと思いますがそのあたりについてはどう感じてらっしゃいますか?
園田さん)「ゆるり」のとき、コロナ感染予防対策に対して正和会がすぐに反応、対応してくれたんです。検温、消毒をはじめ、ビニールカーテン、サーキュレーター、エアードッグ等の設置、徹底した感染対策のノウハウも教えてくださいました。その厳重な感染対策は、県の「感染防止等を行う飲食店等の認証制度の星三つ」をいただいています。ゆるりを引き継いだときからその感染対策の経験を大いに活かさせてもらっています。これからも正和会が築いてくださった感染対策の評価を維持しながら営業していきたいと思っています。

―何か困っていることはありますか
皆さん)駐車場・・・

園田さん)
お店の少し手前にあるんですが、「大野屋」と表示してるので「ことほぎ」という名前で来てくれる方にはわかりづらく、通り過ぎてから「駐車場どこですか?」って聞かれること、よくあるんです。この通りは一方通行でバックできないので1周まわってきてくださる方もいますが、諦める方もいらっしゃいます。大野屋は他の出店者様もおられて、それぞれの屋号がありますので仕方ないんですけどね。
桝田さん)新町通りにコインパーキングがあればなって思います。そしたら案内しやすいなって。皆さん観光地に出かけたときってお金払ってでも駐車場に車停めて観光しますよね。

―これからどういうお店にしていきたいですか?
桝田さん)皆さんに知ってもらって楽しんでもらえる空間にしたいですね。

園田さん)人と人との繋がりを増やしていけたら・・・その繋がりの場であれたらと思います。規模を大きくしてとかそういう野望は一切ないです笑。新町通りの活性化に少しでもお役にたてたらと思っています。ここはチャレンジショップの場所なので、いつまでも居座る訳にはいかないんですが、いつまでもいさせてもらえるようなお店になれたら嬉しいですね。

園田さん)五條市の方でも新町通りを通るのが初めてとか、滅多に通らないって方多くいらっしゃいます。24号線や京奈和もありここを通る用事がないっておっしゃるんですが・・・もしよければ、用事がなくても一度歩いてみてください。

桝田さん)ここは四季それぞれの風景を楽しめる場所でもあるのでウォーキングをされてる方、堤防沿いを散歩されてる方も、ちょっとこの新町通りをコースに入れてもらえてたら、何か楽しいんじゃないかなって思います。

―皆さん、本日はありがとうございました。

住所 奈良県五條市新町2丁目5-12(大野屋内)
電話 070-3313-9148
営業時間 10時~17時
駐車場 有 新町通り松本燃料店駐車場3台
定休日 毎週月曜日
※musubi・meguru各担当日についてはSNS、お電話等にて確認できます。

☆スタッフHのすぽっとwrite☆

新町通りを通る度、次のインタビューはここにしようと決めていながら、自称引っ込み思案?のため、外から様子をうかがうにとどまっていた私でしたが、インタビューが実現するまでに偶然にもお店へ行くきっかけをいただいたり、ご紹介いただける人との繋がりがありました。そう、私にとっても「ことほぎ」は繋がりの場でした。

インタビュー後は、もう慣れた様子でお茶しに行けるようになったのも、あの何ともいえない落ち着ける店内の雰囲気とスタッフの皆さんの温かさ・・・ことほぎがかもしだす雰囲気であることに他ありません。柿のスイーツも美味しかったですし、また新町通りを歩く機会が増えそうです。「いいやん、五條」♪

 

 

 

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