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福祉・健康に関する記事

第62回 平井歯科医院 院長 平井正純さん

いつも患者さん目線で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

五條市初の歯医者さん

―平井歯科医院さんの開院はいつですか?
明治40年3月15日です。

―今から110年以上も前ですね。とても歴史がありますが、どなたが開院されたのですか?
ひいお爺さんです。当時、奈良県では4番目、五條市では初めての歯医者でした。

―開院当初からこの場所ですか?
はい、場所はここです。この建物は昭和36年に建て替えたもので、幼かった私も何となく建て替えの時の記憶があります。

―やはり、子供の頃からご自身も歯医者になろうと?
そうですね、小さい頃、ひいお婆さんから、自分は歯医者になるんだ・・・というような話をずっと聞かされて育ってきた印象があります。それを言われること、親類が集まったときなど、後継ぎだ・・・なんていわれるのが子供の頃はもう正直嫌でね・・・笑
でもその時代・・・昔は兄弟がたくさんいる中でもやはり長男には厳しく、家業を継ぐのが当たり前という感じで、そのために厳しく育てられるということを親父からもよく聞きました。私は姉と妹を持つ三人兄弟の真ん中でしたので、やはり自分はこの歯医者を継ぐんだという意識はありましたね。

―やはり、お父様は厳しかったのですか?
親父よりも祖父が厳しかったですね。よく叱られました。

―平井歯科医院を継がれるまでの道のりについて聞かせてください。
高校を卒業して歯科大学(親父の時代は専門学校)へ進学し、そこで6年間勉強し、卒業後、奈良の歯科医院で2年半ほど勤めた頃、突然親父が倒れ、急遽実家に帰ってくることになって、それで・・・。

―突然の事だったんですね。戻ってこられたときはどんな様子でしたか?
そうですね・・・普通、家業を継ぐというと、帰ってきてしばらくは親父に教えてもらいながらサポートもしつつ徐々に・・・って感じなんでしょうけど、私の場合、そんなんとは違ったのでねぇ。患者さんがいつも通り治療に来たら、いつもと違う先生が出てきて治療される訳ですから、表情がもう「えぇ・・・(汗)誰?」みたいなのが伝わってきたのを覚えてます。
機器類や材料も勤務してた奈良の歯科医院のものと比べると、うちは初代の頃から使っていたものもあったので、やはり古くて使い勝手が悪いなと思い、徐々にですが機器を入れ替え仕事をしていった記憶があります。親父が復帰し始めた頃に私自身も勉強会に参加するなどしてさらなる知識や情報を習得しました。

お恥ずかしながら・・・

―歯医者さんの治療と言えばまず「虫歯治療」が思い浮かびますが、その他にはどんな治療がありますか?
「歯周病」です。

―「歯周病」ってよく聞きますけど、どんな病気ですか?
歯を支えている組織が病気になるんです。

―最初はどういった症状で来院されるんですか?
歯がゆるんできたり、グラグラして噛めない、歯茎が腫れて痛い!と言って来院されます。その時点でかなり進行してる進行している場合もあって、歯周病から入歯になってしまう症例の方も多いです。

―原因は何ですか?
歯周病菌です。お口のなか、歯と歯茎の間に菌が溜まって炎症を起こすんです。
歯並びや噛み合わせの問題や、歯磨きが行きとどかず十分に磨き切れてないことなどが原因でお口に菌が残ってしまうんです。

―歯周病予防のために医院で取り組んでらっしゃることなどありますか?
昔は虫歯治療が完了したらそれで終わりだったんですが、今は、治療後もお口全体の様子を管理しながら診ていくためにも定期的な来院を勧めています。
歯周病は特に目に見えて悪くなったとか、痛いといった症状がないので放置されがちなんです。ですが、その少しずつの汚れが積もり積もって後に歯周病を引き起こすので、定期的なケアを行うことでいくつになってもご自身の歯を健康に保つことにつながります。保険制度も昔と比べて変わってきてますので、歯に対する意識と日頃のケア、検診の機会を取り入れていってほしいと思います。特に五條市ではかなり前から幼稚園、保育園、市内小学校にて児童へのフッ素洗口を行っています。大変いい取り組みだと思います。

―時代と共に歯に対する意識や取り組みも変わってきてるんですね
虫歯と歯周病は歯の二大疾患と言われてきました。昔は子供の数も多かった分、虫歯になる子供の数も多かったですが、少子化や時代の変化とともに歯科の啓もう活動も強化されてきたこともあって、子供の虫歯そのものは減少していると思います。また虫歯になっても放置されることなくちゃんと治療をされてますね。昔は学校へ歯科検診に行くと、なんぼほど虫歯あるねん・・・て子いましたけど笑、最近はそんなこともなく、ちゃんと治療されている様子がうかがえますね。

―学校を卒業すると毎年の歯科検診の機会がなくなり、私自身も大人になってから虫歯になってしまいとても後悔しています。
そうですね、学校での歯科検診は毎年あって、その結果をもとに夏休みに治療に来る・・・そんな流れは昔からありましたけど、卒業後はそういう機会もなく、ご自身で定期的に歯科医に行くという習慣もないですよね。痛くなって初めて歯医者へ、その頃にはかなり進行しているということ多いんじゃないでしょうか。今では節目検診や妊婦検診等、市から案内等が届くようになったりしてどんどん歯に対する意識付けの活動は増えてきてますけどね。

―食材、食生活も変わり、人生100年ともいわれる時代です。死ぬまで自分の歯でというのはとても大切であると同時にそのためのケアは大切なんですね。
寿命が延びたことで年齢と共に低下する生活レベルや体の機能、同時に噛む力や飲み込む力も弱くなっていきます。「フレイル」(口腔機能低下症)という病気や、昔に比べて小さくなってきている顎の大きさ・・・そういった昔とは違う現代のお口の病気、そのための治療も出てきています。五條市が今やっているような検診事業を今後も継続、普及させながら、高校卒業後や青年期の検診の習慣化といった新しい取り組みなども始めてほしいですね。

―がん検診等の案内にはとても意識や関心があるのに歯となると二の次になってしまいがちです。もっと、歯に対する意識を高めていかないといけないということですよね。
そうですね。歯のトラブルが原因で体に思わぬ病気を引き起こすこともありますからね。それに歯は「生きるために食べる・噛む」ということにつながる大切な役割ですからね。

―治療の技術の中で、昔とくらべて格段によくなったものってどんなものですか?
CAD/CAM(キャドキャム)です。「かぶせ」は今まで手作業で型をとって模型を再現していました。金属を一旦溶かしてから型に合わせて削っていきます。金属を熱で溶かす方法では、気泡ができたり、また金属の性質上、膨張や収縮といった実際に歯に被せたときの微妙な違和感があったりしたんですが、キャドキャムは金属を溶かすことなく型通りに削るのでそういった問題もないんです。

―歯医者さんは虫歯ゼロですか?
お恥ずかしながら・・・(汗)(笑)

―治療はよその歯医者さんに行くんですか笑?
はい・・・(汗)

常に患者さん目線で

―今まで歯科医を続けてきた中で、何か思い出は?
色々ありますけど、たくさん治療してきたなかで、うまくいかなかった症例の方が頭に残ってるんですよね。若くて経験も浅い未熟だった頃に治療した症例がいまだに脳裏に焼き付いています。
そして患者さんのことは、こわいほどよく覚えているもので、最後に治療してから十数年後に偶然往診でお会いしても、覚えてますね。よみがえってくるんですよね。歯の模型をみても、どの患者さんのものかお顔が思い浮かんだりしますしね。

―歯科医をしていて大変なことは何ですか?
経営ですね。治療ももちろん大変ですが、経営していかないといけない。こんなコロナウイルスといった経験したことのない事態が起こっても、やはり経営して、従業員を守っていかないといけない。そこはリアルに大変なことですね。

―歯科医としてのやりがいは何ですか?
「喜んでもらえたとき」ですね。治療をして、ありがとうございましたって喜んでもらえたとき、感謝されたときがいちばんですね。そしてまた、次につながっていくこと・・・ですね。どんな職業であってもそうじゃないですかね?ありがとうっていってもらえて次につながる、活力となる。だから、私が患者や、客の立場になる場合でもありがとうって、感謝は伝えるようにしてますね。
勘違いしてはいけないのは、うちに来られてる患者さんがすべて、ずっと自分の患者さんだと思ってはいけないということです。うちに来てくださってる患者さんが他の歯医者さんに行くことがあったとしてもまた、うちに治療に来てくれたときはあ、またうちを選んでくださったんだと、それほど嬉しいことはないです。

―私自身も、治療はもちろんですが、相談しやすかったとか、ちゃんと説明をしてくれた、そういったところで次も行こうと思いますね。
やはり医者と患者さんも「人間関係」ですからね。戻ってきてくださる患者さんもいれば、ちょっとした行き違いで患者さんが離れてしまって再構築できないこともあります。私自身も患者さんから教えてもらうことがたくさんあって、そこは真意にこたえていけるところはこたえていかないとと思いますね。あえて言いにくいことでも言ってくれる、そこを患者さん目線として聞き入れることは大切だと思います。

―日頃の歯のケアについてアドバイスをいただけますか?
今、世間では新型コロナウイルスで大変ですが、これから秋から冬にかけてはインフルエンザが流行る季節です。お口のケアはインフルエンザ予防につながることから新型コロナウイルス感染予防に対しても何らか有効ではないかと思うので、そのあたりのケアについてのお話になるんですが・・・・。

インフルエンザは、ウイルスが細胞に侵入、増殖、放出を繰り返すことで病気が発症します。歯周病菌や歯垢内の細菌がのど付近に存在すると、このサイクルを手助けしてインフルエンザが発症しやすくなる可能性があります。お口の健康はインフルエンザ予防につながり、専門的口腔ケアでインフルエンザの発症が約10分の1に抑えれるというリサーチ結果もでています。日頃から、手洗い、うがいはもちろん、帰宅時にハミガキを取り入れたり、また、特に痛みや目立たった箇所がなくても定期的な歯科検診を生活の中に取り入れていっていただくことで、その他の体の病気を予防することにもつながるいうことですので、ぜひおすすすめします。

ーやはり、日頃からのケア、意識、習慣なんですね・・・。
そうですね。

―五條市でお仕事をしていて感じることは?
どんどん人口が減ってきている、人がいないと活気がなくなる、住みたいなと思える街としてなんとか策があればと思いますね。住んでもらう街づくりといいますか、ま、それは五條市だけでなく、全国的にも同じような問題がある地域はあると思います。人口が増え、子供が増えたらいろんなことが活気づくと思いますが、そういう問題を突き詰めると、なんか、日本の問題にもつながりそうですね。

 

リーダーシップに憧れて?

―ご趣味は何ですか?
音楽鑑賞です。

―どんなジャンルをお聴きになりますか?
ジャンルは幅広いです。好きなアーティストはBz・矢沢永吉・忌野清志郎・松任谷由美、倖田來未・・・。それから浜崎あゆみ、松田聖子・・・全部コンサートに行きました!

―ほんと幅広いですね!
実は私、楽器演奏も趣味でして。

―どんな楽器を?
ドラム、あと和太鼓。だから音楽を聴くのはもちろん好きですが、その聴いた音楽がドラムで演奏できないかっていうのが常に頭にあって、そういう観点で聴く音楽もあります。

―ドラムが趣味のきっかけは?
ただ単にかっこよかったからです(笑)
ドラムってバンドの中の要というかリーダー的なパーツだと思うんです。リーダーシップを発揮しないといけないというか、他の楽器と比べると、音階もなければ、音を長引かしたりということもできない、なのに重要なパーツ。私自身はリーダーシップを発揮するタイプの人間ではない、だからなのか楽器ではそういうものに惹かれるんでしょうね(笑)

ーいつ頃から始められたんですか?
実際本物のドラムを触ったのは大学生の時です。
仲のいい先輩が軽音楽部で、よく見学に行っていて・・・。そこのバンドのドラムが相撲部も掛け持ちしてて、彼が相撲の練習で抜けたときに叩いてみる?って言われて叩かせてもらって。それであぁ!やっぱりいい!と思ったんですよね。小学校のころからテレビで見るドラムに興味があって、箸で本やら机を叩いたりして真似事はしてたんですが、実物のドラムを叩いたその瞬間以来、生演奏を、それも間近で見たいと、ますます興味を持ち始めました。

―習いに行かれてるんですか?
いつだったか新聞の折り込みに通信教育のドラム受講講座の案内があり、受講し始めました。テープに録音されたものが送られてくるのですが、なかなか通信教育では感覚がつかめず、大阪のミキ楽器に習いに行くことにしました。そこで、やっぱり通信とは違う素晴らしさを体感しました。バスドラムとシンバルの兼ね合いなど、生で聴く新たな学びもあり、一変にドラムの叩き方に変化が起こりました。それ以来今もずっと習ってます。自宅での練習はもちろん大事なんですが、やはり誰かに聞いてもらって、見てもらって、ここをこうしてと指導してもらうことはとても大事で、それがないとやはり上達しないなと思いましたね。

―今後、ドラムでの夢は?
いや、まだまだ下手で夢とまではなかなか・・・笑 たまに知り合いの方のピアノ演奏に合わせてドラムを叩かせてもらったりしてます。

―休みの日はどう過ごされてますか?
ゆっくりしてます。たまに出かけたり、日曜大工とかします。

―歯医者としての今後の展望は?
いや、もう歳も歳なのでね・・・ゆっくりしたい?ですね笑 これから新しい時代の人に何か教えられることがあったらそういうことをしていきたいなと思ってますけど、無理かな笑

平井先生、本日はありがとうございました。

  住 所  奈良県五條市五條1丁目7-5
  電 話  0747-22-2107
  診療時間  AM9:00~PM7:00
  休診日  木曜・日曜・祝日
  駐車場  有

 


☆スタッフHのすぽっとwrite☆

インタビューの事前準備「シュミレーション」
業種やその方の印象等から質問内容を考え、
こんな感じで進めよう、進めるかな?いや、この質問はどうかな・・・と
想像する。

今回は仕事の話はもちろん、最後に必ず聞こうと決めていたことがある。
「趣味」の話。
なぜなら、平井先生は、聞く側が楽しくなるほど
嬉しそうに、頬を緩めて好きな音楽や楽器の話をする方だったから。

インタビューも終盤、「先生ご趣味は?」
そこからドラムや、CD、動画を見せてくださり、そのご様子と
いったらまさに「シュミレーション通り」でした笑

 

 

 

 

 

 

 

 

第30回 社会福祉法人 祥水園 理事長(園長兼務)塩崎万規子さん

チャレンジすることを諦めない
私の大切な人 街 祥水園のために。

―「祥水園」が開設されたのはいつですか?

(理事長(園長兼務)塩崎万規子さん 以下園長)昭和51年2月1日に特別養護老人ホームと軽費老人ホームが同時に開設されたのが始まりです。

 

―園長ご自身がこのお仕事に携わるようになった経緯について聞かせてください。

私が子育ても落ち着いてきた頃、前園長(私の主人なんですが)に、「働いてみては?これからは女性も活躍する時代だし、福祉の仕事は女性ならではの良さを活かせる仕事だからやってみてはどう?」という話を持ちかけられたんです。私自身それまで、福祉の仕事はもちろん、本格的に仕事に取り組んだという経験がありませんでしたから、私には無理かも・・・?もし無理だったらすぐ辞めよう・・・というのが当時の正直な気持ちでした。そして初めて配属されたのが軽費老人ホームでした。軽費というのは自立されているそれぞれの利用者さんの各お部屋があって、そこから買い物に出かけたり、畑に行ったりといった感じで過ごされているところです。

 

―初めての現場、お仕事、どうだったんですか?

それがね・・・のめり込んでしまったんです、この仕事に。主人も勧めてはみたが果たして3ケ月もつだろうかと内心思っていたらしいんですが(笑)
もう仕事するのが楽しくて楽しくて。知らない事、分からないことも当然ありましたので、「高齢者福祉」についてひたすら勉強し、いろんな資格をとり、そうすればそうするほど、またどんどんとのめり込んでいくといった感じでしたね。利用者さんや、そのご家族、今度新しく入所したいという方達と触れ合ううちに、より一層この世界に入ってよかったなと思う気持ちが強まっていったんです。

 

祥水園 野原西Villageについて

―本日お邪魔しましたこの祥水園野原西ビレッジは昨年度新規移転、それを機に施設規模と内容が大きく拡大され「閉ざされた老人福祉施設ではなく地域の方達に開かれた空間」だとうかがっています。その内容等について詳しく聞かせていただければと思います。

以前、京都のある老人福祉施設に研修に行かせていただいた時、衝撃を受けたんです。その施設は街の真ん中にありました。周りには住宅地や保育園があり、たくさんのボランティアが施設を訪れ、利用者さんと将棋をしたり、トランプをしたり、絵を描いたり、併設された食堂で一緒に食事もしていました。食堂は一般の方にもご利用いただけ、皆さんごく自然に食事を楽しんでおられました。何だかものすごい衝撃でしたね。

移転前の祥水園は小高い丘の上にあり、地域とは離れた場所にありました。その見学を終えてから、もしいつか自分が施設を建て替えるときにはこういう施設を、街の中に、地域に溶け込んだ施設を作りたい、地域の方達が自由に出入りできる、そして我々もそれを受け入れられる、そんな施設を作りたいとずっと思っていました。

 

―その思いが実現したんですね。

ここは旧野原小学校の跡地だったそうです。吉野川や金剛山が一望できる広い敷地を見渡して、もしこの場所で事業を展開できるのなら、いろんなことをやろうと・・・ずっと今まで私が思い続けてきたこと、こういうことをやりたい、ああいうことをああしてこうして・・・イメージが頭の中に浮かび膨らみました。ずっと思い続けてきた熱い思いに設計士さん達も賛同してくださって、利用者の方、そして地域の方々にとって快適に過ごせる、憩える空間が実現でき、とてもうれしく感謝しています。

 

―施設内はとても明るく、インテリアひとつひとつも素敵ですね。

老人福祉施設というと、イメージ的にですが、暗くて、閉鎖的で、世間とは遮断されたような・・・という印象があります。そして何かを諦める・・・そんな気持ちでここに入所される方もいます。ですが、「そうじゃない」ってことをアピールしたかったんです。壁の色や柄、カーテン、家具など、いかにも老人福祉施設というあつらえはやめたかったんです。それはこの祥水園の特徴でもあると言えますね。

 

―ではどのような施設があるのか詳しく聞かせてもらえますか?

カフェ 澪の街 

吉野川を眺められるこの場所を見た時、まずここ(川に面した場所)にカフェを作ろうと思いました。利用者さんとそのご家族、そして地域の方も憩える地域食堂、地域カフェを作りたいと思いました。今カフェはお休みしてるんですが・・・「食べ物がからだをつくる」「美味しくて健康的なものを食していただきたい」という思いから、薬膳、オーガニック、地産地消をコンセプトに管理栄養士と共にメニュー、企画を構想中です。7月のFMの開局と同時に再オープンしたいと思っています。

―澪の街というネーミングは?

カフェを始めるにあたり、バリスタの資格をとりに行ったんです。周りはほぼ若い方、立ったままの授業も多くてね・・・必死でしたよ~(笑)試験にも何とか合格できて、さぁどんな名前にしようかと・・・。
「私」。誰もがそれぞれの思いを持っている・・・私は、私が、私の・・・といったように。そこで、じゃあ「私」の大切なものって何だろうか・・・
「祥水園」その祥水園を支えてくれているのは・・・「この街」
「私の」はイタリア語でMio(ミオ) ミオか・・・うーん、ミオねぇ・・・みお・・・「澪」
「澪」を調べると運河、川の流れの路って意味があったんですよね。
川・・・「吉野川」
「澪の街!」資格をとりに通う電車の中で思いつきました。

深イイですね!すばらしいネーミングだと思います。


←吉野川と沈む夕日。ロケーションが最高です。

 

 

 

 

リラグゼーションスペースJADE  

利用者さんを始め、とにかく皆さん肩が凝ってるんですよね。何とかそれを改善、癒してあげられる空間をつくれないかと。そして女性はいくつになっても綺麗でいたいという思いをお持ちです。だからこそ美容に対しての悩みもよく耳にします。JADEは美容と健康をテーマにオイルマサージやエステで疲れや悩みを取り除き、心身共にリラックスしていただけるような空間です。


 

 

 

JADEでは、美肌エステ、オイルボディケアをはじめ
まつ毛エクステ、ネイルサロン、美容室、プライベートヨガスタジオなど、美容、健康、メンタル、トータルビューティを展開されているそうです。

 

スポーツジムMiracle 

利用者さんのリハビリとして、そして一般の方もご利用いただけます。理学療法士、スタッフが高齢者や初心者の方、それぞれの体力、ご希望に応じた筋肉トレーニングやプログラムを提案、サポートします。

 

さらに血流がよくなり、高血圧や心臓病にも効果があるといわれる炭酸浴泉もあり、特に女性の方に喜んでいただいています。現在、カフェ澪の街とのコラボ企画でデトックスコースも考案中です。他にも、ヨガ、フラダンス、子供のダンス教室などもこのミラクルが主体となってやっています。

 

 

 

 

 

 

 

託児室 楽柿(らくがき)

五條市の名産の柿と、子供達が楽しくらくがきをしているイメージを合体させてネーミングしました。
以前の施設で、小さい子供さんを持つ職員がどんどんと辞めていきました。育児休暇もありましたが、やっぱり無理・・・、託児所があったら続けられるのに・・・と言って辞めていった職員もいました。その経験から絶対作ろう!と、託児所は。
働くお母さんを応援し、雇用を生んでいくという点からも託児所はマストでした。現在、5~6人の職員のお子さんをお預かりしています。そして、JADE(マッサージ、エステ)やミラクル(スポーツジム)をご利用の会員さんの子供さんも一時預かりしていますので、子供連れでお越しいただいても安心してご利用いたけるようになっています。

 

野原ダイニング

野原ダイニングは以前からありました宅配弁当サービスの部門なんですが、以前の祥水園では特養、軽費、それぞれに厨房がありましたので、効率、リスク・・・それぞれに厨房をもつことのメリット、デメリット色々考えた末、セントラルキッチンとして、ここに集約することにしたんです。再度見直し改善したこと、新しく取り入れたサービス等、祥水園の台所としてはもちろん、地域のお弁当の台所としてお役に立てればと思っています。

―見直したところ、取り入れたサービスとは?

配食サービスとはいえ、独居老人のお宅などへの当初一日一食だった宅配に疑問を感じたんです。夜一食のみの宅配・・・。果たしてそれでいいのか・・・自分は三食食べてるじゃないか、本当に困っている人が一食でいいのか、いや違う・・・。年末年始は宅配休み?じゃ、その長い休みの間、何を食べているのだろう?年末年始だって、やっぱり三食食べるでしょう。お正月にはおせちやちょっと違ったもの食べたいじゃない?そう考えると胸がいっぱいになってしまって・・・。やろう!!と思いました。「三食、年中無休、電話1本でお届けします。」を。

そして、高齢者だけではなく、働くお母さんや、体調が悪くて今日はご飯が作れない、買い物に行けない、夏休み中の子供のお昼ご飯に、そして、企業さんの毎日のお昼ごはんにとご利用いただいています。管理栄養士と共に栄養バランスのとれたメニューを考え、薬膳や旬の食材を取り入れたお弁当は、すべての皆様に安心して食べていただけます。

私も子供が小さい時、家事に育児にクタクタになった時がありました。そんな時「そうだ!野原ダイニング!」と思いついてもらえるようになればと思っています。

←ある日のメニュー♪

園長はたくさんのメニューの中でもメンチカツが大好きということで、献立表にも「園長大好きメンチカツ」笑
その他にも、「フレッシュマンを応援!たけのこご飯」

「俺の愛した豚カツ」「孤独のグルメ黒炒飯」等々、ユニークなネーミングが(笑)メニューを見て、「俺の・・・豚カツ」って、どんな豚カツですか?と問い合わせがあったとか・・・
私も気になります、「俺の愛した豚カツ」 愛された豚カツを食べてみたいですね♪

 

―すべての施設が母体である老人福祉施設とうまくマッチしていますね。

そうですね、やはり、方向性が全く違うものを目指しても仕方がないですよね。主軸である老人福祉施設とうまく融合できるものを作り、我々の方からお越しくださいという声をあげられる施設を作りたかったんです。皆さん、とても楽しんでくださり、ここで一日居られるとおっしゃってくださったご家族さんもいました。今までは面会に来られてもどこか気忙しく帰っていかれた様子もありました。ゆっくりしてもらうスペース、居場所がなかったからかもしれません。ですが、今では家族さんの面会が非常に多くなりました。本当に良かったと思っています。

 

FM五條 

FM五條は、まず第一に防災情報、そして県政、市政だよりやイベント、ニュース、福祉、医療、健康、学校、施設、企業、他にも音楽や体操など、奈良県や和歌山県のラジオ局さんと連携をとりながら、たくさんの情報をお伝えしていきます。

現在、取材に出かけたり、ゲストをお招きしたりして、収録をしています。周波数は78MHz 7月8日開局します。

―なぜFMを?

台風により五條市にも甚大な被害をもたらした平成23年の紀伊半島大水害。その時、祥水園は何もできなかったんです。社会福祉法人 祥水園として、五條市の皆様に大切にしてもらってきたのに、何もできなかったんです。あの時、施設は今にも窓が割れそうなほどの強風と、ひどい雨漏り・・・。二次災害の恐れもあることから、とても避難してきてもらえる状態ではありませんでした。その時の体験から思ったこと気づいたことがずっと胸にありました。だから、防災情報を流せる局としてスペースだけはとっておきたかったんです。もし私の代で実現しなくても、その意志を引き継いでやってもらえる時の為にと。それが、市制60周年という記念の年に、開局できることになりました。 過疎化、少子化、人口減といった暗いニュースを耳にしますが、歴史あるこの五條市で、がんばっている人たち、企業さん、元気な子供達の声を電波にのせてお届けし、五條を元気にしたいんです。

 

―ひとつひとつに園長の思いのつまった祥水園であることが、とてもよくわかりました。最後にこれからの思いなどをお聞かせください。

チャレンジすることを忘れず生きていきたいんです。 前園長は主人であり、私にこの仕事をいちから教えてくれた師でもありました。56歳でこの世を去って、私にはいつもそばで教えてくれ、相談できた人はいなくなりました。でも、だからといって下を向いているのではなく、何かを始めようとか、問題にぶつかった時や、決断する時、常にもう一人の自分に問いかけるようにしています。「本当にそれでいいの?私」と。そうすることで、気づかなかったことや、アイデア、違った考え方に気づくこともあります。

生きたかったのに生きれなかった主人。でも私は生きているじゃないかと。その根本を忘れず、いろんなことにチャレンジし続け、この祥水園と共に歩んでいきたいと思っています。

園長、本日はありがとうございました。

社会福祉法人 祥水園のHPはこちら

 

社会福祉法人 祥水園 野原西Village

住所 五條市野原西3丁目3番41号
電話 0747-23-0615(代表)

 

 

 

 


スタッフHのすぽっとwrite☆

「チャレンジすることを忘れない」その言葉がとても印象的でした。バリスタの資格の他にも、JADEを担当されているお嬢様と一緒にオイルマッサージの資格も取りに行ったそうです。そして、お二人ともX-JAPANのYOSHIKIの大ファンだそうで!彼に対する熱い思いも最後には聞かせていただきました♪
JADE、Miracleも実はYOSHIKIの楽曲にあるそうで、そこからネーミングしたそうです。FM五條の周波数78MHz。沖縄の那覇と千葉のFMも78MHzだそうです。
千葉といえば、YOSHIKIの出身地だそうで、そんな繋がりをたどって、いつかYOSHIKIが五條に来てくれないかと夢を語られ、お話をきいているうちに、何だか、その夢も実現するんじゃないかと、そんなパワーも感じさせてくれる園長でした。

 

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