求められる間は続けたい「美と癒しのお手伝い」
それが私達の活力
左:原谷裕子さん 右:山本智子さん
重伝建の街並みに溶け込む店先に暖簾が揺れる。何屋さん?興味から中の様子を伺う方も・・・と話す2代目裕子さん智子さん姉妹のお店は一見「美容室らしくない」。が、取材後には一転、外観も暖簾も全て「山本美容室らしさ」に感じられる。
まつ毛エクステ「Lash fully」を併設する裕子さんの長女佳苗さんと共に営む山本美容室は、歴代ワンコと新入りニャンコ、ここに居る方、訪れる方が癒し癒され歩んできた場所。これまでの歩みや思い出、ご趣味や楽しいトークを聞かせていただきました。
それぞれの思い出
―山本美容室の歩みについて聞かせていただけますか
長女、原谷裕子さん:以下裕子さん)母が美容師の免許取ってすぐにお店を始めたんじゃないかな。母の修行先でもあった3件隣の小林美容室さん(現在は駐車場)の移転をきっかけに、その店舗を引き継いで昭和24年に開業しました。ここに移転したのは昭和33年・・・、その翌年に伊勢湾台風の災害にあったんです。
―移転した翌年に・・・。そのときのこと覚えてらっしゃいますか?
裕子さん)覚えてます。そのとき私は小学校1年生で、それはもうすごかったことを覚えています。ほんとにすごかった・・・。上まで浸かって。だから壁に浸かった跡の筋がついてたよね?
次女、山本智子さん:以下智子さん)そう・・・、そのときにお雛さんが流れてしまってね。だから、うち三人姉妹なんだけど、お雛さんの思い出がないんです。
―その後ずっとお店を守り続けてるんですね。とても素敵なお店ですが、改装を?
裕子さん)新町通りが重伝建に指定されたとき(2010年)に改装しました。改装中、壁を一旦取っ払ったときは焼け跡のような真っ黒な骨組みが出てきてびっくりしました。当時で築160年くらいだと聞きました。
智子さん)隣と奥の建物は昔はつながっていて、ここは料亭だった様です。この辺りは宿場町だったので舟から上がって来た方達が利用してたんじゃないでしょうか。
―宿場町でとても賑わってたんでしょうね。
裕子さん)そうですね。河原に舟がとまってた風景を覚えてます。
智子さん)上の方から木を組んで筏にして流れてくるのね。トラックじゃなく当時は川を流して運んできて。その先の川端二見の貯木場に集まった木を今度は汽車に積んで・・・。ほんとに昔ですね、昭和30年代かな。この通りにも魚屋さんとかすごくたくさんのお店があったよね。
裕子さん)そうそう、お風呂屋さんとかもあったよね。
―裕子さんがお店を引き継いだのはいつ頃ですか?
裕子さん)平成10年に、母が引退するタイミングでお店を継ぎました。
―裕子さんはやはり小さい頃から美容師を目指してたんですか?
裕子さん)もうずっと洗脳されて育ったって感じですよね笑 高校出て美容学校行ってインターン行って2年ほど大阪に居て22~23歳くらいに帰って来たのかな・・・。子供の頃、お店がすごく忙しくて、私が小学校2~3年の時から家事、ご飯作りとか結構言われてね笑。
智子さん)年末とか、季節の行事のときはほんとに忙しかったから、私の小学校の入学式はこの人(裕子さん当時4年生)が付き添いしてくれましたから笑
裕子さん)しっかり覚えてるな~笑 私があんたの入学式の付き添い行ったの?笑
智子さん)そうやで笑
―智子さんは美容の道へは進まなかったんですか?
智子さん)はい。お店は姉が継ぐもんだ、私は外へ出るもんだみたいな感じで、自然とそうなりましたね。高校出てから京都に居てて、そこで色々して、いつこっちに帰って来たんだろ?そうそう、平成7年に帰ってきたんです。父親の具合が悪くなったのもあって戻って来て。そのときは継ぐ気も何もなかったんですけど、母も父に付きっきりになりましたので、お店を手伝ったり雑用係みたいな感じで。
裕子さん)そうやったね、旦那も連れて帰って来たのよね笑
智子さん)そうそう笑
―時代と共に美容室のスタイルも変化しましたか?
裕子さん)母の時代は結い上げ、アップといったセットの時代ですよね。当時はまだお正月に着物を着る習慣が残ってましたので、そのセットとかね。
智子さん)花嫁さんがお家から嫁いでいった時代なのでお家にお邪魔して着付けや化粧、かづらのセットもしてましたね。
裕子さん)徐々にセットのスタイルはなくなって、パーマでもこういう中に入るっていうのもなくなりましたよね。今では当たり前ですが、予約制を取り入れた当初はお客様に怒られたり。「すぐ行かれへん」とかって。
智子さん)昔は美容院て、何だろな・・・文化というか一種の社交場だったんですよね。ここへ来て順番待ちながらお話して、そこで息抜きするみたいな場所。だから予約制にすると、ここで近所の方と会う機会がなくなってしまったんですよね。こちらとしては効率化も考えて取り入れたんですが、お客さんにとっては寂しかったのかもしれませんね。
趣味と癒し
―智子さんは鞄作家とお聞きしましたが?
智子さん)いえいえ、作家ではないですないです。趣味でしているだけです。ただ編み物が好きなことから始めたんです。
―セーターとかではなくて鞄を編むって難しくないですか?
智子さん)笑笑 セーターだと、前身ごろと後身ごろと袖を編まないといけないじゃないですか・・・それめっちゃ苦手で笑 一発で作り上げたい・・・それが理由です笑 だいたいのイメージで作ってるんだけどイメージ通りいった試しがない笑 以前は大きいバッグを作ってたんですけど、最近は小さいバッグをいろいろ挑戦しています。セーターだと主に毛糸で編みますけど、鞄だといろんな素材で編めますからね。
裕子さん)これなんかは和紙でできた紐で編んでます。だからすごく軽いんです。何回もほどいては考え・・・ってやってるよね。
―裕子さんも鞄を作ってるんですか?
裕子さん)はい。私はミシンで作るタイプの鞄です。20年ほど前はこういう人形を作ってたんですよ。それが何で鞄になったん?て皆に言われるんですけど、細かい作業が大変になって。でも、こういう何か作るっていうのが好きで時間があったらひたすらミシンを踏んでます。
―作品は展示や販売などされてるんですか?
裕子さん)はい、今は月に1回のイベントによんでいただいて販売しています。
智子さん)近くに刺繍作家の方がいらして、その方のイベントに参加させていただいたり、以前は高野山で開催されるクラフト作家のイベントにもよんでいただきました。
―ほんとにお好きなんですね。そしてお二人とも器用でいらっしゃいますね。
裕子さん)いえいえ、そんなことないです。やっぱり、極めてないのよね笑
智子さん)そうそう、器用貧乏っていうのかな笑。
裕子さん)もうほんと、楽しんでるだけで結果はついてきてないんです笑。いろんなお客さん来てくれて出会うのが楽しい・・・そんな感じですね。うちってお客様を待つ商売じゃないですか。その待ち時間とかお昼休み、合間合間の時間を使って編んだり、ミシン踏んだりしてるんです。
―ワンちゃんのお写真がたくさんありますが?
裕子さん)うちの歴代犬の写真です。この子が去年の夏に亡くなって。いつもここで一緒に居た子だったからお客様も「あれ?わんちゃんは?」って気にしてくれて。20年くらいずっとうちにはわんこが居ましたから。うちの美容室=犬だったんです。
―大きくて存在感があって、癒しですよね。
裕子さん)そう、すごい癒しです。すごくおとなしくて、じっと見守ってくれてる感じで。
―今は猫ちゃんがいるとか?
智子さん)そうなんです。生まれてすぐ親猫がいなくなってしまったのか一晩中鳴いてたのを保護したんです。
裕子さん)冷たくなっててもう助からないと思ったけど、もうほんとに小さくて、87gだったかな、なのにしっかり鳴いてて。夜中2時間おきにスポイドでミルクあげて無事大きくなってくれました。
智子さん)すごいやんちゃで、仏壇が好きで暇さえあれば仏壇に入ってる笑
裕子さん)あれ、狭いから落ち着くのかな笑
智子さん)位牌は倒すし、線香立てはひっくり返して灰まみれにするしでもう大変・・・笑
―でもかわいいですよね。
裕子さん智子さん)はい笑
まつ毛エクステ「Lash fully」
岡佳苗さん
私ができた旅立ちのお手伝い
―佳苗さんが美容の道へ進まれた経緯についてお聞かせください。
私はもう決まっているかのように、ここで母と一緒に働くんだと子供の頃から思ってたんです。祖母にも子供の頃から、あんたが継ぐんやで~ 代々そうやっていくんやで~みたいにずっと言われてて笑 母がめちゃくちゃ忙しかったんで、祖母が母親変わりだったんですよね。美容の仕事が好きというのは大前提ですけど、私は髪の毛よりもまつ毛とかエステとかの方が好きだったんで、美容師免許取得後、ずっとまつ毛のお仕事をしています。美容室には既に母にお客さんがついてましたし、私は何か違う方でお客さんを広げようと思ったんです。
―美容師免許取得後すぐにこちらでお店を?
いえ、大阪のエステサロンで勤めていて、そこでまつ毛エクステと出会いました。いつかは独立しようと思ってたんですけど、そうですね・・・、そのタイミングが26歳の時にきて、ここでお店を始めました。早い独立だったので色々心配もありましたし、まわりから田舎では失敗するやろう・・・とか言われたりもしたんですが、ちょうどマツエクが流行り出した頃というのあって、お客様も来てくださって、結構こっち(五條)でも需要があるんだって思いましたね。
―都会でされてたときと比べてどうですか?
そうですね。流行りを追う都会に比べると、髪が伸びたら切るのと同じ感覚というか、マツエクが外れたら行くって感じで生活の一部として考えてくれてますので、「定番」の気に入ってもらったものをつける、っていうスタイルでさせてもらっています。
―店名「Lashfully」の由来は?
ニューヨークの「Lashfully」というお店をネットで見つけて何かいいなって思って。Lash(まつ毛)がfull(フル)ってことで。若い頃、ニューヨークへ旅行して以来、ニューヨークが大好きなんです。
―どういったお客様が多いですか?
高校生から上は80,90代の方まで、幅広い年齢層の方に来ていただいてます。都会では来店客の年齢層が割と区切られてたんですけど、こっちではいろんな年代のお客さんと接することができるのでそこがいちばん楽しいというかいいところだなと思っています。
―お店の紹介は主にSNSですか?
SNS、めっちゃ頑張りました笑 ブログ書いたり、リーフ作って駅で配ったり、ポスティングしたり。でも一番強かったのは新聞でしたね。当時新聞に載せるのがこの辺りではいちばんいいって聞いて、ちょうど何かのキャンペーンだったかな?母の方の美容室を掲載する時に一緒に載せてもらったら、それが一番反響があって。時代や地域性だったのかもしれないですけど、新聞をみていただいて広まったって感じですね。
―1日どれくらいのお客様を施術されますか?
今は子育て中なので1日に3組と決めさせてもらって、週5日しています。
―今までで印象に残った出来事はありますか?
もう亡くなられた方なんですが、ちょっと遠いところからずっと歩いて通ってくださってた80代後半のお客様がいらしたんです。最後にいらしたときは施術ベッドからひとりで起き上がれなくて、初めて「タクシーよんで」っておっしゃったんです。その1週間後にその方は亡くなられたんですけど、そのとき「美」って女性にとってすごい大事なんだなってほんとに思ったんです。私、お葬式に行かせていただいたんですけど、後に、最後の旅立ちに立ち会った方から、死に顔がとても綺麗だったよ、良かったねって言っていただいて、何か嬉しいって言ったら言葉が違うかもしれないですけど、このお仕事してて、何か自分にもできることがあるんだなって。お客様が亡くなられた後のお話まで聞かせてもらって、お役に立てたことがあるんだなって思いました。
―佳苗さんのところに綺麗にしてもらいに行くことが気力、楽しみだったんでしょうね。
そうですね、うれしいです。
―施術中はお客様とどんなお話をされますか?
今日の夕飯何作るんですか?とかそんな話ですよ笑。主婦の会話です。白菜あるんですけど、どう(調理)します?とか笑 最近流行ってる美容の話をしたり、海外ドラマの話とか色々・・・ほんと普通の女子トークです。寝はる人はすぐ寝ますね笑
―どういったお店にしていきたいですか?
求められる間はずっと続けたいなって思ってます。今来ていただいてるお客様もほんと長く来ていただいてる方多いので。あとは有資格者の方に技術のレクチャーもしていきたいです。
―お母さまは鞄作りがご趣味でしたが、佳苗さんは?
私は結構アウトドア派なんですよね。海行ったりとか、そっちの方が好きです。自然に癒されに行きます。今は子育て中なのでなかなか行けないですが、休みの日は公園に行ったりします。
ー佳苗さんありがとうございました。
お客様と共に歳を重ねて
―これまでの人生を振り返ってみていかかですか?
裕子さん)とにかく忙しすぎて駆け抜けてきた感じ。だからほんと子育てとかあまり覚えてないのよね笑 ご飯作りはずっと妹がしてくれてたし、習い事も全部母が連れて行ってくれて。上靴とか私、洗ったことなくて笑。ほんとみんなに助けられて、ただただ感謝です。今度は私が娘の子育てを手伝ってあげないとね。
―五條市についてどのように感じますか?
裕子さん)そうですね、閉鎖的だなと思います。
智子さん)人口も減ってきてるし交通のアクセスも悪い。最近新町通りでも増えてきた空き家問題。それでも何かできることはあるんじゃないかなと思います。何か新しいことを始めるときにはもっと女性の意見を取り入れてほしいなと思います。昔、新町の良さを発信したくてかげろう座の前身『ワンデーズギャラリー』を立ち上げました。その後数年間はかげろう座でにぎわいを見せましたが、いつしかそれもなくなり、あれほどのにぎわいは未だないですよね。かげろう座はとてもいいイベントでしたので、ああいうのをまた考えてほしいなと思いますね。
裕子さん)かげろう座では、ここも喫茶店にしたんですよ。たくさんの方が来てくれて、楽しかったってみんな言ってくれました。たった1日だったけどすごく楽しかったって。
―お二人姉妹とても仲が良いですね。
智子さん)親が忙しかったから昔から何でも自分達女3人でやってきてたからかな。
裕子さん)彼女(智子)は真ん中で一番しっかりしてて、私は長女でなんかずっとぼーっとしてましたけどね笑
智子さん)歳取ってくると特に、お互いしかいないしって感じですよね。何となく流れで私が山本の姓を継いでますし、何となくそうなっちゃったんです笑。だから、私の方が「お姉ちゃん?」ってよく言われます笑
―そして、お二人ともとってもおしゃれで素敵です!
智子さん)いえいえ・・・そんなことないですよ。ただ好きなんです。お洋服とか。
裕子さん)元気になりますやん。お洋服の力っていうのかな。
―ではお洋服などお買い物は一緒に?
裕子さん)はい、鞄作りの材料を仕入れに本町(大阪)へ行って、そのついでに。でも好みのお店のお洋服もだんだん似合わなくなってくるのよね、体型がほら、下がってくるでしょ笑
―お料理なんかもお好きで?
裕子さん)この人(智子)はね。だから18日はお味噌作り。二人で毎年仕込むの。今度、18日やんな?
智子さん)そう、18日。
―今後はどういったお店にしていきたいですか?
裕子さん)私も70歳なのであと10年はできるかな・・・ていうかしたいなって。といって、もうちょっと頑張ってるかもしれないし、早めに引退してるかもしれないし。今でも目が見えにくくなったり、ブローしながらの会話が聞こえにくくなったり・・・いろいろありますけど笑
智子さん)お客様がいらっしゃる限りはやっぱり続けていきたいですね、たとえ一人になってもしようなっていつも話してんねんな?
裕子さん)そうそう。吉行あぐり※みたいに生涯現役で笑
※90歳を過ぎても、馴染み客限定で美容師として仕事を続けていたが、2005年(平成17年)に閉店。日本の美容師免許所持者最高齢だった。
智子さん)お客様も高齢化で、最近お顔見ないなと思ったら施設に入られたとか、「入院してたの」「骨折して・・・」そういうの最近増えてきました。仕事が先細りになるのは確かですが、我々も歳とっていきますんで、お客様と一緒に歳を重ねていくって感じですね。
裕子さん・智子さん)長引いたコロナ禍で、久々にカットに来られたお客様は何となく元気がなく、疲れたご様子なんですよね。お出かけできなかったり、人と会う機会が減ってしまったからでしょうか。でもヘアを整えると驚くほど元気になって帰られるんです。そういった姿を見ることで私達も元気になれるし活力なんですよね。これからもお客様の美と癒しのお手伝いができればと思っています。
―裕子さん、智子さん、佳苗さん、本日はありがとうございました。
山本美容室 | |
住所 | 五條市新町1丁目10-14 |
電話 | 0747-22-5421 |
営業時間 | 8:30~17:00 (予約優先) |
定休日 | 毎週月曜日・第2月・火曜日・第3日・月曜日 |
駐車場 | 有 (店舗横) |
☆スタッフHのすぽっとwrite☆
「鞄作家」「子猫の保護」すぽっとらい燈ファン?の方から山本美容室についてこの2つの情報を入手しました。一旦持ち帰ることなくその場で取材の取り次ぎを依頼したのは、取材歴8年のワタクシの直感とでもいいましょうか?笑 でも、ほら的中。こんな素敵な方達と出会えました。おふたりが作った鞄はもちろん素敵で取材時一目惚れした大きなバックは買い物に旅行にと大活躍中です。
まわりから姐さん姐さんと呼ばれている私ですが兄弟は兄二人。女姉妹、特に姉が欲しかったんですよねー。姉妹で買い物、姉妹で味噌作り、鞄作り。ほんとうらやましい。裕子さん、智子さん、どうか「姐さん」と呼ばせてください。そしてこんな私を「妹」だと思って?(笑)これからもよろしくお願いします(⌒∇⌒)