始まりは譲り受けた古民家から。
阪合部CLASSが目指す「当たり前の福祉」
左から3番目:松本昇さん(祥水園特別養護老人ホーム・水社水がたり施設長・社会福祉士・精神保健福祉士・介護福祉士・介護支援専門員)
土塀に囲まれた広い敷地に建つ築100年以上の古民家は、「暮らす」と「CLASS」を掛け合わせた地域交流拠点「阪合部(さかあいべ)CLASS」として、2022年に生まれ変わりました。
メディアでは「子ども第三の居場所」として紹介されることが多い阪合部CLASSですが、目指す先は、子どもも高齢者も地域住民も自然につながる「ごちゃまぜ」の地域づくり。
その原点には、「介護や福祉を暮らしの中に当たり前にしたい」という思いがありました。古民家との出会いから地域とのつながり、そして未来への思いまで。
阪合部CLASSの歩みについて、管理者の松本昇さんにお話を伺いました。
「地域の福祉のために」から始まった企画
ーまず「阪合部CLASS」ができたきっかけを教えてください。
コロナ禍の頃、祥水園(高齢者福祉施設)が元診療所だったこの古民家を譲り受けまして。「地域の福祉のために活用してほしい」という思いを受け、ここで何ができるだろうと考えたのが始まりです。「介護や福祉をもっと暮らしの中に当たり前にあるものにしたい。」そんな思いから「阪合部CLASS」というプロジェクトが生まれました。
ー「介護や福祉を暮らしの中に当たり前に」とはどのような思いなのでしょうか。
地域の希薄化といいますか、子育てを一人で抱えるお母さんや、家に閉じこもる高齢者・・・。そういった方達を地域で支え合える環境があれば、子育て世代は孤立せず、高齢者も住み慣れた地域で暮らし続けられると思うんです。そうした思いから僕達自身も、以前から「地域に出たい」と考え、入居者さんの「行きたい」「やってみたい」という希望にはできる限り応えてきました。その中で見えてきたのが身体的なサポートだけでなく、「地域へ出る事への不安」や「自信の無さ」といった精神的なハードルを下げることの大切さでした。
ー「阪合部CLASS」をつくるうえで大切にしていたことはありますか。
「ごちゃまぜにつくろう」ということですかね。
ー「ごちゃまぜ」?ですか。
はい。高齢者だから、子どもだから、障害があるから、地域の人だから。そういう区別ではなく、みんなが自然に交わる場所にしたかったんです。子どもは高齢者から知恵や文化を教わる、高齢者は子どもたちから元気をもらう。誰かが支えるだけでも、支えられるだけでもなく、お互いが支え合える関係をつくる。そんな「ごちゃまぜ」をつくりたかったんです。
地域のみんなで育てた古民家
ー初めてこの古民家をご覧になったときはどんな印象でしたか。
正直、「どうしよう・・・」でした(笑)。 広い庭に段差だらけの建物。「ここで何かできるんやろ」って感じで。掃除を始めてもさっと一拭きで雑巾が真っ黒で(笑)、なかなか手強かったですねぇ。
それに、これまで地域との繋がりがなかった施設の職員が、急に出入りし始めたので「ここで何するんやろ」っていう地域の皆さんの警戒心も感じました。そんな時、隣の古澤さんが「大丈夫か?」って声をかけてくださったんです。その一言がきっかけで少しずつ地域との繋がりができていきました。
ーこの古民家をどんな場所にしたいと考えながら改修を進めましたか。
「静」と「動」のバランスというか、にぎやかに過ごせる場所だけでなく、一人になれる場所や落ち着ける場所もあえて作りました。子ども同士の関係や近所付き合い、人それぞれ得意、不得意があって、それが理由でここに来ることを諦めてほしくなかったからです。別棟にもあえてキッチンをつくったり、離れにも居場所をつくったりして、それでいてどこにいてもお互いの気配を感じられるよう、設計段階から何度も話し合いました。
ー地域の皆さんと活動を始めるきっかけは何だったのでしょうか。
この古民家を譲り受けた後、まず地域の皆さんと『サミット』を開きました。そこで『ここがどんな場所になってほしいか』『地域の宝物は何か』などを自由に話していただいたことが、地域とのつながりを深めるきっかけになりました。「養殖所を作ろう」「10キロ痩せたいわ(笑)」なんて声まで飛び出して、この地域がどれだけ愛されてるのかがすごく伝わってきたんです。じゃあもう一度、この地域をみんなの手で、みんなの大好きな場所にしようー。そうして始まったのが多世代交流イベント「よってきいや」です。地域の高齢者から昔の知恵や文化や教わりながら楽しもうというイベントなんです。
ー「よってきいや」の内容はどのように企画しているのですか。
思いつきです(笑)。「夏やなぁ。何する?」そんな会話から始まるのが多いですね。壁を塗ったり、野草を探したり、かまどでご飯を炊いたり、あと、お餅つき。お餅つきとなると、「あんこ作ったろ、きなこ作ったろ」とか、おじいちゃん、おばあちゃん張り切ってくれます(笑)。
特別なイベントというより「暮らし」の延長なんです。そうすると地域のおじいちゃん、おばあちゃんが自然と先生になってくれるんです。障子が破れたら「張り方知らんやろ」と教えてくれますし、野草を見つけたら「これは食べられるで」って教えてくれます。
僕達も初めてここに来た時、知らないことだらけでしたが、不便だからこそ「教えて」が生まれ、その積み重ねが地域とのつながりになっていきました。

「子ども第三の居場所」が生まれた理由
―「子ども第三の居場所」という活動を始めた背景には、どのような子どもたちの現状があったのでしょうか。
お風呂はシャワーだけ、夕食は菓子パンで済ませる、放課後はスクールバスで帰って交友関係は学校の中だけになりがちです。地域で遊ぶ機会や生活習慣を学ぶ機会が減ったまま大人になったら、その生活が次の世代にも引き継がれてしまうかもしれないことに危機感みたいなものを感じました。それなら僕たちが地域の方から教わったことを今度は子どもたちへ伝えて、次の世代へつなげることができたらと思いました。
― その思いを、どのように現在の「子ども第三の居場所」という形につなげていったのでしょうか。
「よってきいや」など地域での活動を続ける中で、「ここが子どもたちにとっても大好きな場所になれば」という思いが強くなりました。そんな時、日本財団の「子ども第三の居場所」事業を知り、「この場所なら自分たちがやりたいことを実現できる」と考えて応募し、現在の形になりました。
ー「子ども第三の居場所」で子どもたちはどのように過ごしているのでしょうか。
平日は放課後から開所していて、月・水・金は午後8時まで、火・木は午後6時半まで、長期休暇などは朝8時半から開所しています。イメージとしては食事・お風呂付の学童という感じで、学校や家庭だけでは経験できないことを通して生活習慣や考える力を身に付けてもらいたいと考えています。
ー例えばどのようなことですか。
食事はメニューを考えるところから片付けまで子どもたちと一緒にします。包丁や火の使い方だけでなく、「いただきます」の意味や食事の楽しさ、生活習慣も自然に身に付けてもらえたらと思っています。
ー放課後の過ごし方、例えば、まず宿題をするなどのルールはありますか。
宿題をする子もいれば、先に遊ぶ子もいます。全部終わらせる子もいれば「残りはお母さんとやる」と決めて帰る子もいます。
― 子どもたち自身の判断を大切にされているんですね。
本人に任せてます。「先に宿題しなさい」とかは言わないようにしていて、遊び始めたら「今日は先に遊ぶんや」と声をかけるくらいです。遊んでる途中で「やっぱり宿題してくる」って自分で切り替える子もいますし、「先にやっといたらよかった」って思うことも経験だと思うので。ま、僕も宿題より遊ぶのが先の子どもでしたから(笑)。
ー子供達を支えるスタッフはどんな方ですか。
祥水園のスタッフに加えて、地域の元保育士さん4人にも協力していただいてます。地域の雇用にもつながっていますし、僕達も本当に助けられています。外遊びが得意なスタッフもいれば、料理が得意なスタッフもいるので、その場にいるスタッフがそれぞれの得意なことを生かして子どもたちと関わっています。
ー「阪合部クラス」の活動の中で印象に残っている出来事はありますか。
一番最初に声をかけてくださった古澤さんの言葉です。地域の皆さんと夜に集まって意見交換をしたとき、古沢さんが言ったんです。「生きててよかった。」って。「もう隠居して終わるんやって思ってた。でも『古澤さん、古澤さん』って頼られて、子どもたちにもいろんなことを教えられる。長生きして、生きててよかった」。その言葉を聞いたとき、本当にうれしかったですね。こういうことをするために地域に出てきたんだと思いました。ひとりの人をそんな気持ちにできたことが何より嬉しかったです。
支える側・支えられる側を超えて
ー高齢者がここで子供達と関わることでどのような変化がありますか。
施設の中ではどうしても僕達は「介護する側」、高齢者は「介護される側」という関係になりがちです。でも地域へ出たり、この古民家のような昔ながらの道具や自分達が知っている暮らしの知恵に触れると、「そんなことも知らんのか、これはな・・・」って高齢者が教える側、要するに受け身じゃなくなるんです。
ー子どもたちにはどんな変化がありますか。
核家族化が進んで接する機会が減ってきた高齢者と子どもがここで一緒になることで、子どもたちは「高齢者には優しくしよう」とか「困っている人がいたら手伝おう」と自分で感じ取り考えるようになります。ピザを焼いたときも、「あのおじいちゃん、まだ食べてないから持って行ってくる」とか、「お箸よりスプーンのほうがいいんちゃう?」とか。子どもたちなりに気づいたりするんですよね。誰かに教えられたからではなく、相手を思いやる気持ちが自然と表れるというか。そうした経験が、大人になったとき、高齢者を支えることを特別ではなく当たり前に感じられることにつながってほしいと思います。
ー地域へ出たことでスタッフの皆さんも学ぶことが多かったのですね。
本当に毎日です。地域の皆さんから教えていただくことも多いですし、子どもたちから学ぶこともたくさんあります。
「子どもだから」「高齢者だから」と分けてしまいがちですが、経験の差はあっても一人ひとり違う経験を積んできた「一人の人」として、その人が感じることや考えることに触れるたびに学びがあります。
地域に根づき、次の地域へ。
― 今では地域の皆さんにとっても大切な場所になっていますね。
そうですね。目指していた「地域の居場所」「地域の拠点」というのをメインに子どもたちの課題に向きあう一方で、「最近は子どもの声を聞こえなくなって寂しい」という地域の声もありました。それらがうまく重なったことで地域の皆さんも「子どもたちのためなら」と力を貸してくれるようになりました。
「よってきいや」も4年目になり、第二土曜に開かれることが地域に定着してきました。なので平日に開いてると、「今日は何で開いてるん?」って聞かれることもあるくらいです(笑)。
ー今後、活動をどのように広げていきたいと考えていますか。
どう広がるんでしょうね(笑) この場所が地域からいただいたものだからこそ、いつか地域の皆さんが主体となって盛り上げていってくれる場所になればそれが一番だと思っています。そして阪合部だけでなく「うちの近くにもこんな場所があったらいいのに」という声にいつかこたえられればと思います。
― そのために、今課題に感じていることはありますか。
「こども第三の居場所」の認知度がまだまだ低いことです。建物が塀に囲まれていることもあって、「中で何をしてるのかわからへん」「入りづらかった」という声をいただくこともありました。行政や学校へのチラシ配布、SNSでの発信もしていますが、「阪合部は少し遠い」「子ども第三の居場所という言葉自体を知らない」という方もまだ多いです。
最初はやっぱり口コミが大事だと思っていますので、今ここへ来てくれている子どもたちが一番の宣伝部長です(笑)。
まずは気軽に一歩を踏み出してもらえるような工夫をしていきたいですね。
それから平日午前中の活用方法も考えていきたいです。地域のためにまだできることがあると思いますし、今もまだ手が届いていない子どもたちへどうつなげていけるかも課題だと思っています。
ー子どもたちが大人になった時「阪合部CLASSの経験」がどのように残っていてほしいですか。
子どもたちに何を残したいかというより、「僕たち大人が、子どもたちに『あんな大人になりたい』と思ってもらえる存在でおらんとあかんよな」っていうのは、スタッフともよく話しています。ここでの出会いが、子どもたちが新しい一歩を踏み出すきっかけに、そして「困っている人を支えることは特別なことじゃない」と自然に思える大人になってくれたらうれしいですね。だからこそ、まずは僕たち自身がそんな背中を見せ続けていきたいと思っています。
ー松本さん、本日はありがとうございました。
| 社会福祉法人祥水園 子ども第三の居場所 阪合部CLASS |
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| 住 所 | 奈良県五條市中町112 |
| 電 話 | 070-1260-4174(松本) |
☆スタッフHのすぽっとwrite☆
放課後時間にお邪魔し、「それでは・・・」と取材を始めると、ボーン、ボーン・・・と柱時計が鳴りました。取材も終盤、再び鳴った柱時計の音に耳が向き、昔、父が手巻きしていた振り子時計を思い出しました。尋ねてみると、やっぱり手巻き式。
ボーン、ボーン、ボーン・・・?夕方にしては鳴る回数が多いことに二人して気づくと
「巻くだけで時間合わせてないな~。ハハハ」と笑う松本さん。
そのおおらかさが、この場所の居心地の良さを、そのまま表しているように感じました。
「ここで何ができるんやろ」から始まった阪合部CLASS。取材を終えるころには「ここなら何でもできそう」と感じたインタビューでした。











