第43回 ナイトスポット メイト マスター 山下 哲司さん

 食べて笑って元気になれる。「実家のような」スナック

ー マスター、本日は貴重なお時間ありがとうございます。まず、お店を始められたきっかけを教えてください。

私は、元々はコックをやっていました。出身は三重県ですので、三重県に始まり、大阪、姫路と渡り歩き、五條には、五條レストランがオープンした時、オープンが1965年(昭和40年)12月25日だから…その1か月前から五條に来ていましたね。

ー 元々はコックさんをされていたのですね。

そうです。五條レストランで勤めさせていただいた後、エトワールさん(旧五條座)でもお世話になって、その後、5年くらい大阪の方で勤めていたんです。そこでちょうど、お見合いの話が出てきまして、昭和47年に結婚をしました。その時ちょうど、五條レストランより、また仕事をしてほしいとの話があり、2年半ほど勤めさせていただきました。そこで一緒に働いていた人が、今ここの場所で、中華料理のお店をしていたんですが、その人が、橋本市のほうでお店をすることになったんです。それで、ここの場所が空いたんで、何か店をやったら?ということで、僕もいつまでも雇われではダメだということと、当時年齢も32~3歳だったので、ここにスナックをオープンすることにしたんです。ですから、今年の11月28日オープンしてから44年になります。

ー それでは、昔はここは中華料理店だったんですか?

そうそう。カウンターが12人くらいで、狭いスペースをいかに多くの人に入ってもらうか、ということと、当時はといえば、五條には怖い人も多くいたので、そういったかたにも靴を脱いで入ってもらったら、「家に帰ってきた」みたいな気持ちで行儀がよくなるかな、ということで、床はじゅうたんにしました。お客さんには、靴を脱いだり履いたり…というのは大変だったでしょうけど、「靴を脱いだらクツろげる」ということで。まあ、シャレじゃないんですけど(笑)、「家に帰ってきた」気持ちになるんではないかと。また、席を詰めれば、一人でも多くのかたに(店に)入ってもらえると思いまして。

ー そうですか。当時はマスターも色々と苦労、工夫をされてきたわけですね。

「靴を脱いで」ゆっくり、「クツろげる」店内。現在に至るまで、6回もの改装を行ったそう。整然とされた店内は「お客様を少しでも満足に」というマスターのこだわりが感じられます。

 

ー あと、元々コックさんをされていたという事ですが、五條に来られて、レストランでもなく、洋食店でもなく、お昼のお店でもない…この、夜のスナックにしようと思われたのはなぜですか?マスター自身、各方面でお料理の修業も多く積まれて、様々な料理をこなせると思うのですが…

そうですね…まあ、たまたまここのお店が空いたのと、食堂にしては狭いかな、ということと、かといって本格的なレストランにしようとすれば設備などにもお金がかかります。でも、当時の私はと言えば、お金を借りる担保もなかったわけで…しかし家内は料理も好き、(お酒を)飲むのも好き、歌うのも好き、ということなのですが、当時は五條にもカラオケ店はありませんでしたので、スナックが一番手っ取り早いかな?ということですかね…

ー マスターはもう若い頃より、その道(料理)を志されてこられたのでしょうか?

はい。最初の頃は、大きなレストランでの見習いから始まりました。それからは、料理の腕を磨くため、いろいろな所で修業しました。

ー それでは、大変厳しい修業をされてこられたのですね。

当時は、誰も教えてはくれませんし、何せ、「見て覚えろ」の世界です。先程も申したように、私の出身は三重県なのですが、津市で見習いをさせてもらっていた時は、フライパンをふる練習でも、本物のご飯は使わせてもらえないんです。そこで、周りは海辺でしたので、よく、砂浜の砂を材料代わりにして、練習していましたかね…当時はこんな感じが当たり前でしたから、まあ…厳しいとも思いませんでしたけどね。

ー そうですか…今のマスターのお話だけでも、当時の料理人の修業というものの厳しさが垣間見えます。では、次の質問なのですが、この「メイトさん」ならではのお店の特徴、ここだけは他にはない、ということと、あと、「メイト」というお店の名前の由来についても教えてください。

どうですかねぇ…まぁ、普通のスナックでしたら、おかきやスルメといった、所謂「乾き物」を出していらっしゃるところが多いんでしょうけど、うちの場合は一品料理や、お肉を提供させていただいております。その中でも一番のメインは、やはりお肉(ヘレステーキ)ですね。お店としては一番儲からないんですけども(笑)。お店の名前の由来は、クラスメイトの「メイト」です。来店されるお客様がお友達みたいになれるように、という意味を込めています。

ー そうなんですか!メイトさんのステーキが食べたいがために、お店に足を運ぶお客さんも多くいらっしゃると各方面で耳にします。メイトさんの名物的な感じで。 

                                                        

メイトさん名物の「ヘレステーキ」。一度食べればやみつきになるそのお味は、多くのファンがいることも頷けます。是非ご賞味あれ。

 

いや~、別に名物でもないんですけどね(笑)。でも、ステーキのタレやドレッシングといったところは実は全て手作りなんです。お店のオープン当時はマヨネーズも作っていたんですよ。レストランで勤めていた経験を生かしてね。でも、今も毎日が勉強だと思っています。人間、これで終わり、というものはないと思いますんで。自分で、「これは美味しい!」と思っても、お客さんの口に合わないとダメですし、お客様一人一人にも当然、好みがありますしね。お肉の焼き加減においても、ミディアムが良いとか、ミディアムレアとか…お肉の調理も簡単なようで実は難しいんです。調理場にいる時でも、お客さんのお顔を拝見させてもらって、この人の好みはこうだな、とか、女性のお客さんならば、お肉でも生焼きはダメだな、ということを考慮したり、他にも、いわゆる「通」のお客さんには、あらかじめ、うちの料理の特徴を伝えておいて…本当にいろいろなお客さんがいてるんですが、特にうちは、おかげ様で、いいお客さんに恵まれてまして、その「良いお客さん」が「良いお客さん」を呼んでくれるんです。でも、やっぱり客商売というのは難しいですし、数あるお店の中からうちを選んできて下さる訳ですから、常にお客様の立場に立って、少しでも満足いただき、次も「また来たい」と思っていただけるように心がけています。

ー でも、「良いお客さん」が来られるということは、やっぱりマスターの人柄によるものが大きいと思います。どんなに美味しい料理を提供されていても、やっぱりそのお店の店主の人柄が悪いと、次また行こうとは思わないですし。

いやいや、そんなことはないですよ(笑)。僕も気が短いんで、どこへ行ってもあまり勤まりませんし、何せ昔気質の職人ですから(笑)。でも、お店というのは働いてもらっている従業員の仕事ぶりにもよりますよね。お金を使うのは簡単ですけど、「人」を使うのは難しいですからね。でも、おかげ様で、この歳になっても商売をさせていただいている、という事は、本当に有り難いことなんです。ですから、先程も申したように、やはり、毎日が勉強ですね。

ー そうですね…これだけ長年、お店をされて、まだまだ勉強、というマスターの向上心、私どもも見習わなければ、と思うところです。

でも、昔と比べてずいぶんお店をとりまく環境は変わりました。特に飲酒罰が厳しくなってからはもう大変で。よく巷から、「メイトさんはよう流行っとるし、よう儲けとる」なんていうことを聞くんですが、先程の飲酒罰が厳しくなったことによる、お客さんの送迎もあったりで、運転代行が出来ない時間ともなれば、(お店の)近所のお客さんならば、息子と2人で運転代行をしたりします。でも、人の車を運転する、ということはやっぱり気を遣いますね…これからも、可能な限りのサービスは続けていきたいと思います。

ー ありがとうございます。(店内を見渡して)こちらに大変趣のあるイラストの、メニュー表があるのですが、おすすめのメニューはやっぱりお肉(ヘレステーキ)なのでしょうか?

 

 

全て手書きのイラストのメニュー。いろいろと想像もかきたてられます。

 

 

そうですね…よく出るのは、お肉、だし巻きたまご、ピザ、焼きそばですね。時々、オムライスやドライカレーとかも。

ー マスター、やはり何でもお作りされるのですね。

いえいえ、まあ一流じゃないですけども(笑)。

 

 

ハムエッグにピザにドライカレー…飲んで歌ってお腹いっぱいになれます。

 

 

 

 

 

 

 ー ちなみに、このメニューのイラストはどなたが描かれたものなのでしょうか?

家内が描いたものです。数年前に亡くなってしまったんですけども…家内はこういった絵を描くのが好きだったんです。この間も、YAKKOさん(すぽっとらい燈 第29回に掲載)に行った時、メイトさんは、メニュー表の絵が上手に描かれてますね、なんて話をしてたんです。

ー 何か、心が和んでいくような絵ですね。メニューの想像もかき立てられます。「どんなのが出てくるんやろ?」って。

ありがとうございます。家内も喜んでいると思います。

 

大人気の個室ブース。仲間同士で、気兼ねなくゆっくり過ごせます。ご家族でのご利用もOK!

 

                                   

—  ところで、お肉に関してなのですが、マスターの目利きは確かであると思うのですが、お肉の仕入れに関して、こだわりはありますか?

いや、特にこだわりというのはないのですが、もちろん、いいお肉をできるだけ安く、ということは心がけています。でも、1本で3~4万円が相場ですからね。だからいかに原価を削るか、ということですね。寿司店のウニやトロと同じようにね。

ー 次のご質問なのですが、開店された直後の苦労話などをお聞かせいただければ…

う~ん、当時の五條はと言えば「怖い人」が沢山いてて、そういう点では苦労しましたね…。今ではいい思い出となっている話もあるんですけどね(笑)。

ー そうですか…想像に余りあります。それでは、次の質問です。このお仕事(スナックのマスター)をされていて、得たことはございますか?

やっぱり、一番はいろいろな人にお会いできたことでしょうか。例えば、市長さん、県議会議員さんや学校関係のかた…でも、そういった方々も仕事から離れれば、我々ももちろん、お客さんの一人として接していますし、他のお客様と分け隔てたりはしません。だから「いいお客さん」が、「いいお客さん」を呼んできてくれるんです。それと、学校関係のかたには、学校の運動会の打ち上げは、みんなうちでしていただいて。特に、五條市の中学校の運動会は、日取りがどこの学校さんも同じなので、取り合いになるんですよ(笑)。でも、本当に有り難いことなんですよね。

ー そこはやはり、マスターの人柄と心意気、ということなのでしょうね。

いやいや(笑)、僕もいい加減な人なんで(笑)。

ー ありがとうございます。次に、マスター個人のことについてお聞きしたいのですが、お店以外の地域活動にもすごく熱心にされておられるということは、存じ上げておりました。そのお話についてお伺いしたいのですが…

そうですね…学校の役員については、子どもが二人いましたから、幼稚園から高校まで、18年間連続でさせていただいておりました。ボーイスカウトも、今年で38年目になるかなぁ…もう今年で、ぼちぼち引退させてもらおうと思っているのですけども。

ー そうですか、小中学校の役員はといえば、すごく大変な役回りであるとは思うんですが、マスター自身はやはりこういった活動は「好き」でやっておられるのでしょうか?やはり好きでないと、ここまで長年やってこれないのではないかと思うのですが…

それはよく言われます(笑)。平成元年に、五條小学校のPTA会長をさせてもらったんです。その当時で児童さんの数が850人くらいだったかな…その年の役員を決める時、僕は仕事上、昼は空いているんだけど、サラリーマンのかたは普通は平日は活動ができないじゃないですか。そこでもう、「僕がやります」って言ったんです。いずれ、誰かがやらないといけない訳ですからね。でも、口下手でしたし、大人数の前でしゃべったこともないんですけど、他の皆様に助けていただけるなら、させていただきます、といった感じで。それからずっと、高校まで、子どもがお世話になっていた間は、ずっと役員はさせていただきました。あと、ボーイスカウトにかんしても、最初、2泊3日で研修所へ行って、資格を取らさせていただいてからは、それから38年間ずっと続けています。他に、五條市の雪中登山のお手伝いは、35年間させていただいております。でもここ2年は、周りから、「もうそろそろ…」と言われてて、その代わりに、炊き出しや荷造り等は全てさせていただきました。でも昨年は風が強くて、ロープウェーが動かなくて大変だったんですが(笑)。それと、公民館での料理教室も、38年間させていただいています。

ー 改めてお話をお伺いすると、本当に、お店の仕事以外に、精力的にいろいろな活動をこなされているのですね。

いえいえ。他にも、23年前の神戸の大震災のときも、ボーイスカウトで、3日間、被災地で炊き出し等をさせていただいて。でも僕自身、37年前、自宅の火事で、いろんな方に本当にお世話になって。そのおかげで、命も助けていただいたんです。でも、住む家も失い、お金もなくし、まあ、元々(お金は)なかったんですが、この、「いただいた命」を世のため人のため…そういう思いでいろいろな地域活動をさせていただいております。

 

 

 

 

 

店内のところどころに、「相田みつを」さん。心に沁みます。

 

 

 

ー ありがとうございます。本当に頭が下がる思いです。次は、再びマスター個人のことにかんする質問なのですが、前にお話しいただいた、地域活動のほかに、お休みの日はどのようにお過ごしでしょうか?特にたしなまれている事や、趣味など…

まあ…若い頃はゴルフもよく行ってたんですけど、腰を痛めてからは行かなくなりましたね。あと、観劇とか。映画も好きなんですけども、なかなか一人で行けないんですよね(笑)。あとは…年に3~4回、食品衛生協会や、飲食店組合の研修旅行に行くくらいですか。まあ、時には息子と、知り合いがやっているお店へ食事に行ったりするんですが、家内が亡くなってから、今は何もかも、炊事や洗濯とか、自分でしないとあきませんし。

ー では、次の質問になるのですが、本業(スナックのマスター)において、これから先、実現したいことや、目標はありますか?

難しい質問ですね(笑)。まあ、僕も歳ですから、こうやって元気にしている間は、「生涯現役」のつもりで、頑張っていきたいと思っています。ただただ、皆に愛され、親しまれ、「来て良かったな」といつまでもお客様に思ってもらえる事ですね…ただ、お店の従業員が人手不足なことや、他に家賃のこと、特にカラオケの維持費だけでも月数十万円要りますし…だから、自分の車の話になるんですが、今の車も、もう16年半乗り続けているんです。いつかはクラウンに、と思っていたのですけど、やっぱり無理でした(笑)。

ー そうですか、でも同じものをずっと大切に、というのも大事なことだと思います。

まあ、「細く長く」ということですね。でも、僕自身、お客さん、お店のスタッフには、本当に恵まれてきたんだな、と感じています。

ー そうお感じになるのも、やはりマスターの人柄ですね。さっきから何回も同じフレーズなんですが(笑)。

そんな事ないんです。こっちも、さっきからお話しするように、僕もいい加減な男なんで(笑)。

ー 今回、こうやってご主人といろいろお話をお伺いさせていただいて、何か、商売人という感じ?が全くされないんですよ。やっぱり、お商売をされておられるかたは、少しでも儲けよう、といった姿勢のかたが多いと思うのですが…あと、地域活動や、学校等の役員も、「やらされている」感が全く感じられないんです。ですから、そういうところが、マスターの人柄であり、それが、良いお客さまを呼んでいる、ということにつながっていると感じます。

僕は、商売人のそういったところが嫌いなんです。やっぱり、お客さんあっての店だし、店があってのお客さんということで、高いお金を払って、数あるお店から選んでいただいている訳ですから、少しでも楽しく、満足して帰ってもらえるようにですね。あと、お客さんどうしでふれ合って、仲良くしていただくのは一番いいですね。だから、うちで知り合ったお客さんどうしが、何組か結婚した事例もあります。年賀状に子どもの写真をつけてくれたりとか…嬉しいですね。

ー 心温まるエピソードですね。聴いているこちらも何か嬉しくなってきます。

他に、親子4代で来ていただいているご家族もおられます。お爺ちゃんからひ孫まで。だから、毎日毎日が勉強のつもりでいてますし、体が元気なうちは、まだまだ頑張らなあかんな、と思います。

ー 次の質問なのですが、逆に、マスターから五条ガスに聞きたいことはありますか?

すいません、別にないんですが(笑)。五條レストランで勤めさせていただいているときから今までずっとお世話になってますし、安全、安心で日夜頑張っておられる印象です。あと、災害時の対応等においても、大変なお仕事をされていると思います。まあ…仕事に楽なことはないんでしょうけどね。でも、中には僕の仕事(スナックのマスター)は楽そうでいいなぁ、とか、夜4~5時間の仕事で家まで建てて…とかいう人もいるんですけどね。

— でも、今までのご主人の苦労話などをお聞きして、とてもそんな、楽そう、とかは考えられないですよね。

まあ、楽そうに見える仕事ほど大変、というのもありますしね。

ー そうですね。マスターのおっしゃる通りだと思います。私どもも、今回のインタビューを通じて、本当に多くのことを勉強させていただきました。マスターの、この仕事に対する心意気に、少しでも近づくことができるように頑張ります。

ー それでは最後に

僕自身、流れに流れてこの五條に辿り着いて、学校の役員やボランティア、地域活動、もちろんお店での仕事を通じて、「人もうけ」ということはたくさんさせていただきました。お金儲けはあまりできませんでしたけど(笑)。そういうことから、一時期、五條市の市議会議員の選挙に出ないか、と薦められたことがあったんです。私は五條出身ではないのですが、五條出身の人以上に、五條のことをよく知っているということでね。まあそういったお話は嫌いじゃないんですけれど。あと、お店の運営に関しては、このまま末永く愛され親しまれ…というところでしょうかね。

ー マスター、本日は貴重なお時間、本当にありがとうございました。

(編集後記)

今まで、プライベート、会社の飲み会等で、メイトさんを度々ご利用させていただいておりましたが、マスターと、じっくりお話をお伺いさせていただいたのは今回が初めてです。何か、スナックのマスターはというと、自分の印象では、寡黙でちょっと近寄り難い、一見さんお断り的な雰囲気があるという感じでしたが、山下さんは、とても気さくでなじみやすく、物腰も丁寧に、じっくり語ってくれる様は、どこかシンパシーを感じるものがありました。同時に、今に至るまでの苦労は、多くは語らないものの、マスターの人生の年輪というものも感じました。マスターが、やりたいこと、周りに喜んでほしいことをどんどん積み重ねてきた結果、ここまで続けてこれたのだなあと頷けました。

 

ー 余談ですが、マスターはお酒を飲むのも好きなのですか?と聞くと、「いや、僕も息子も飲まない」とのお答えが意外でした(笑)。